◎責任感はあってもアカウンタビリティがなかった
カレル・ヴァン・ウォルフレン著『人間を幸福にしない日本というシステム』(毎日新聞社、1994)の要所要所を紹介している。本日はその八回目。
本日は、第二部「日本の悲劇的使命」第三章「不確実性の到来」から、その一部を引いてみよう。
九〇年代初めに日本で起こったことの多くは、あいにくこの国の政治システムが「説明する責任」のない人々によって担われているため、わかりにくい。これらの出来事はひどくこみ入っていて、経済の解説書のなかでも、私の知るかぎり、本当に起こったことをすべて正確に読者に伝えたものはない。完璧な説明は決して与えられないかもしれない。
それでも、たとえば証券会社を巻き込んだスキャンダルを通じて、日本の一般の人々がいかに組織的にだまされていたかについては貴重なヒントが与えられた。野村証券社長の田渕義久は突然怒りを爆発させ、不正だと言われている損失補塡のことは内部の者はみんな前から知っていた、大蔵省の暗黙の承認のもとでやっていたことではないか、と広く公衆にぶちまけた。なるほどこうしたやり方で東京の株式市場は操作されていたというわけだ。またこうしたやり方なしでは、このヤミの経済力のシステムは崩壊していただろう。
「バブル経済」とその終息期を通じて日本の金融官僚たちが何をしたか、そのすべてを説明した本は日本人の手でまだ書かれてないと思う。しかしアメリカの金融専門家R•ターガート・マーフィー (R. Taggart Murphy)の来年(一九九五)刊行予定の本には、それがかなり説明されている。その本ではまた、官僚たちの行動を可能にした日本の金融システムのさらに大きな背景についてもたいへん詳しく書かれている。マーフィー氏との長年の会話から私が学んだことは本章の執筆にも大いに役立たせてもらった。
「パブル」終息の過程は、本書の第一部で触れたアカウンタビリティとリスポンシビリティの違いをはっきりさせてもくれた。しかしこの違いは、この二つの別の概念が日本語ではふつう同じ「責任」という言葉で訳されるため、日本の読者には見分けるのがむずかしい。
私は本心から大蔵省と日銀の金融官僚たちは強い責任【リスポンシビリテイ】感のもち主だと思っている。彼らは自分たちの本分だと思っている仕事、つまり大企業を保護して日本の経済を繁栄させる仕事を真剣に遂行している。ほかの人々や組織が官僚たちの正統性を信じているとすれば、それは官僚たちにはこの仕事をやり遂げる能力があると信頼しているからだ。これまでと同様、今後も産業発展という望ましい成果をあげてくれるだろう、と。
しかし、彼らにいかに責任【リスポンシビリテイ】感はあったとしても、説明する責任【アカウンタビリテイ】がなかったために、彼らは日本の人々を深刻な事態に導いてしまった。そして今後はさらに深刻な局面にさえ導くかもしれないと予測せざるをえなくなった。彼らは、自分たちの行動を説明する必要がなかったし、日本国民の代表である国会議員からも何を優先させるべきか指示されなかった。彼らの優先事項といえば昔ながらの経済力の強化だった。それは彼らが長年、奴隸のごとく仕えつづけてきた使命なのだ。
「バブル経済」の終わりは日本の経済システムを大がかりに改修【オーバーホール】する絶好の機会も与えていた。もし管理者【アドミニストレーターズ】たちが改革を決断していたら、この本があなたの目に触れるころまでには、日本のさまざまな大問題はたちどころに解決していただろう。不景気も去っていただろう。アメリカや他の貿易相手国との敵対的雰囲気も解消されていただろう。日本のばか高い消費者物価も下がっていただろう。そしてしばらくすれば、こうした経済構造の改修が、日本の一般の人々の生活を確実により暮らしやすく変えていたはずだ。
しかし、大蔵省の管理者たち【アドミニストレーターズ】は、こうした大事な主導権【イニシアテイブ】を発揮できなかった。個人的にはそれが必要になったとわかった官僚はいたかもしれないが、前述のとおり、彼らは組織の構造にがんじがらめになっている。多くの金融官僚たちは、日本経済が表向きはそうであることになっている自由市場経済の、真の意味での実現を怖がっていたのだ。〈220~222ページ〉
すでに見てきたように、本書においてウォルフレン氏は、「責任responsibility」と「説明する責任accountability」とを、明確に区別している。
カレル・ヴァン・ウォルフレン著『人間を幸福にしない日本というシステム』(毎日新聞社、1994)の要所要所を紹介している。本日はその八回目。
本日は、第二部「日本の悲劇的使命」第三章「不確実性の到来」から、その一部を引いてみよう。
九〇年代初めに日本で起こったことの多くは、あいにくこの国の政治システムが「説明する責任」のない人々によって担われているため、わかりにくい。これらの出来事はひどくこみ入っていて、経済の解説書のなかでも、私の知るかぎり、本当に起こったことをすべて正確に読者に伝えたものはない。完璧な説明は決して与えられないかもしれない。
それでも、たとえば証券会社を巻き込んだスキャンダルを通じて、日本の一般の人々がいかに組織的にだまされていたかについては貴重なヒントが与えられた。野村証券社長の田渕義久は突然怒りを爆発させ、不正だと言われている損失補塡のことは内部の者はみんな前から知っていた、大蔵省の暗黙の承認のもとでやっていたことではないか、と広く公衆にぶちまけた。なるほどこうしたやり方で東京の株式市場は操作されていたというわけだ。またこうしたやり方なしでは、このヤミの経済力のシステムは崩壊していただろう。
「バブル経済」とその終息期を通じて日本の金融官僚たちが何をしたか、そのすべてを説明した本は日本人の手でまだ書かれてないと思う。しかしアメリカの金融専門家R•ターガート・マーフィー (R. Taggart Murphy)の来年(一九九五)刊行予定の本には、それがかなり説明されている。その本ではまた、官僚たちの行動を可能にした日本の金融システムのさらに大きな背景についてもたいへん詳しく書かれている。マーフィー氏との長年の会話から私が学んだことは本章の執筆にも大いに役立たせてもらった。
「パブル」終息の過程は、本書の第一部で触れたアカウンタビリティとリスポンシビリティの違いをはっきりさせてもくれた。しかしこの違いは、この二つの別の概念が日本語ではふつう同じ「責任」という言葉で訳されるため、日本の読者には見分けるのがむずかしい。
私は本心から大蔵省と日銀の金融官僚たちは強い責任【リスポンシビリテイ】感のもち主だと思っている。彼らは自分たちの本分だと思っている仕事、つまり大企業を保護して日本の経済を繁栄させる仕事を真剣に遂行している。ほかの人々や組織が官僚たちの正統性を信じているとすれば、それは官僚たちにはこの仕事をやり遂げる能力があると信頼しているからだ。これまでと同様、今後も産業発展という望ましい成果をあげてくれるだろう、と。
しかし、彼らにいかに責任【リスポンシビリテイ】感はあったとしても、説明する責任【アカウンタビリテイ】がなかったために、彼らは日本の人々を深刻な事態に導いてしまった。そして今後はさらに深刻な局面にさえ導くかもしれないと予測せざるをえなくなった。彼らは、自分たちの行動を説明する必要がなかったし、日本国民の代表である国会議員からも何を優先させるべきか指示されなかった。彼らの優先事項といえば昔ながらの経済力の強化だった。それは彼らが長年、奴隸のごとく仕えつづけてきた使命なのだ。
「バブル経済」の終わりは日本の経済システムを大がかりに改修【オーバーホール】する絶好の機会も与えていた。もし管理者【アドミニストレーターズ】たちが改革を決断していたら、この本があなたの目に触れるころまでには、日本のさまざまな大問題はたちどころに解決していただろう。不景気も去っていただろう。アメリカや他の貿易相手国との敵対的雰囲気も解消されていただろう。日本のばか高い消費者物価も下がっていただろう。そしてしばらくすれば、こうした経済構造の改修が、日本の一般の人々の生活を確実により暮らしやすく変えていたはずだ。
しかし、大蔵省の管理者たち【アドミニストレーターズ】は、こうした大事な主導権【イニシアテイブ】を発揮できなかった。個人的にはそれが必要になったとわかった官僚はいたかもしれないが、前述のとおり、彼らは組織の構造にがんじがらめになっている。多くの金融官僚たちは、日本経済が表向きはそうであることになっている自由市場経済の、真の意味での実現を怖がっていたのだ。〈220~222ページ〉
すでに見てきたように、本書においてウォルフレン氏は、「責任responsibility」と「説明する責任accountability」とを、明確に区別している。
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