◎上には上があるもんよ(ゴンタ英雄)
きだ みのるの『気違ひ部落周游紀行』(吾妻書房、一九四八年四月)を紹介している。本日は、その十二回目で、「66 英雄陳列館」の一部を紹介する。
最初にある「選挙当日」というのは、村会議員選挙当日の意味である。
遂に選挙当日の朝。
ゴンタ英雄は育【そだ】ちの悪い麦畑に出てゐる。私の近づくのを見て声をかける。
――やあ、先生よ。昨晩は大変だつたぜ。向ふの部落や上〈カミ〉の部落ぢやよ。部落の候補を落しちやなんねえちゆんで、青年まで狩り出して通りの向ふとこつちにかがり火を焚いて切り込みを一歩も部落内には入れめえと一晩中警戒よ。梅屋敷ぢや行くのには橋一つしかなかんベえ、あの橋の袂〈タモト〉でかがり火を焚く始末さ。今になつて折り鶴の百円札が飛んだり、租税が安くなるように掛け合つてやるとか、闇で捕まつても直ぐに出してやるとかで、予定有権者をさらはれて落選しちや敵はねえからよ。
実にやその光景は壮観血を湧かすものがあつたに違ひない。真田幸村の一党を祖宗に仰 ぐこの辺の英雄たちであつて見れば、選挙勝負にこのくらゐ力を入れても、過ぎたとは云へまい。
――ところがなあ。あのリンタ勇士よ。あの勇士はこの厳重な警戒網をかすめて、畑道を通つたり、川を裸足〈ハダシ〉で渡つたりして、一軒一軒雨戸を叩いてリンタです。宜敷く願ひますと云つて夜通し歩いたちゆうからな。上には上があるもんよ。昨日〈キノウ〉は徹夜の三晩目だとよ。これには皆おつ魂消【たまげ】ただ。いや昨日の晩もいろんな爆弾が飛んだんべえ。西部落ぢや候補が最高点だつたら焼酎を二斗振舞ふとよ。