私のバイト先(某スーパー物流センター業務を委託されている請負企業)では、以前から惣菜・弁当製造部門ではベトナム人労働者を大量に雇い入れて来ましたが、最近では、私の働いている日配・要冷部門にも、そういう動きが広まってきました。午後から夜間にかけての構内仕分け作業に、会社がベトナム人の作業員を大量に投入するようになったのです。
それらの作業員は、日本語を一応喋る事ができ、文字も数字と平仮名・カタカナの読み書きは一応できます。そして、作業のやり方も、出荷先店舗の店番号と出荷個数さえ分かれば、別に商品名や店名の漢字が読めなくても、一応は出荷作業ができるようになっています。仕分けラインのパソコンで商品のバーコードを読み込めば、その商品の出荷数量がラインの棚にデジタル表示されるようになっているし、手仕分けの場合も、1品目ごとに商品がカゴに積まれ、そのカゴに挟(はさ)まれた出荷伝票のシールには店番ごとの出荷数量が表示されていますから。
但し、作業は「ただ商品を分ければそれで良い」という物ではありません。破損や荷崩れしないように、それなりに綺麗(きれい)に積まなければなりません。それをベトナム人労働者に伝えるのが大変なのです。商品の積み方など少し細かい説明になると、もう生返事ばかりで、どこまで理解できているのか皆目見当がつきません。「細かい」と言っても、別にそんな難しい専門的な事を教える訳ではありません。(1)商品は棒積みではなく組んで積む、(2)ツラを合わせる(商品を積み上げる際は高さや幅をできるだけ揃える)、(3)違う種類同士を一つの箱に詰める際は硬い商品と潰れやすい商品の組み合わせは避ける、(4)詰め合わせしやすいように、端数は出来るだけ上の方に積む、(5)天地無用(上下指定のある箱を逆向きに積まない)、(6)空ケース等の備品はちゃんと種類別に数を揃えて所定の置き場所に保管しておく等々の、物流業界ではごく初歩的・基本的な約束事を教えるだけなのですが、その「組む」「ツラを合わせる」「詰め合わせる」「端数」などの用語や概念が理解できないようなのです。説明が一通り終わった後に「分かりましたか?」と聞くと、一応は「はい」と返事はするのですが。顔を見ると、見るからに怪訝(けげん)そうな表情をしているので、果たしてどこまで理解できているのやら。
仕事は真面目にテキパキとこなしてくれていて、私が見る限り、指示した事はちゃんと守ってくれているのですが。こちらからコミュニケーション取ろうとしても、カタコトの日本語しか喋れないので、はっきり言って会話になりません。ちょうど私たちが、中学一年生の英語の教科書に出てくる文章ぐらいなら今でも読めて理解できても、実際の会話となると、その何十分の一も喋れないのと同じ状態です。
だから、日常の作業指示も、「これをここに積め」程度の、ものすごく大雑把な内容しか伝達できません。「詰め合わす」「組んで積む」「端数」等の用語ですら理解が覚束(おぼつか)無いのですから。案の定、ベトナム人の大挙流入が始まってから、仕分け間違い等のミスが激増するようになりました。それも、「36番店の商品を誤って隣の37番店のカゴに積んでしまう」程度ならまだ「よくある話」と理解もできるのですが、「36番店の商品を全然場所も違う45番店のカゴに積んでしまう」と言った、従来ならまず有り得ないようなミスが頻発しているのです。作業で使用した空ケースも、何度注意しても、重ね置いたドーリー(台車)の上に無造作に置きっぱなしにしたままで。
それで、私が社員に、「受け入れ態勢も整えずに外国人をいきなりバイトに押し付けるな」と抗議した所、「教育は社員の方でちゃんとするから、バイトは何も心配しなくても良い。何かあれば社員の方に連絡して欲しい。ただ知らん顔だけはしないで欲しい」と返されました。
確かに、ベトナム人も同じ人間、同じ労働者、同じ職場の仲間なのだから、「押し付ける」等の「厄介(やっかい)者扱い」して差別してはいけない事は私も分かっていますが、それでも、いくら「社員が責任を取る」と言っても言葉だけで、いざ作業が始まると、何か起こって社員を呼ぼうとしても、社員もそれぞれ現場に出払っていて、一体どこにいるかも分からない。それで、ようやく社員をつかまえて指示を仰ごうとしても、日本人の普通のバイトもちゃんと使いこなせないような社員に、一体何が指示できるのか。今までも、そうやって指示を仰いでも、「それは俺の担当ではない。俺は知らん。あいつに言え」と、たらい回しにするだけだったじゃないか!ベトナム人を雇い入れ本気で育てるつもりなら、職場の朝礼でもその旨連絡なり報告があって然るべきなのに、そういう事も一切無かったじゃないか!
なぜ、ベトナム人労働者の大量流入が始まったのか。色々、各方面に聞いた所、今時、時給900円では若いバイトはこんな所には来ないという事のようです。少々仕事がきつくても、やはり時給千円以上の所に流れてしまうのだそうです。だから、いくらバイトを募集しても、最近は中高年や外国人しか来ないのだそうです。ただ、実際は労働者としてこき使いながら、名目は実習生扱いで、最低賃金にも満たない時給300円程度の額しか支払わないと言った、露骨で違法な搾取はしていないようですが。しかし、それならそれで、ちゃんと会社が最後まで責任もってベトナム人の人たちを教育すべきではないでしょうか。これでは私たちも大変だし、当のベトナム人自身が可哀想です。
ただ、そんな状態で数週間経つうちに、私自身も、次第にベトナム人労働者に対する見方が変わってきました。例えば、空ケースの片付けについても、最初は片付けも満足に出来ないベトナム人を見るたびに、イラっと来ていた私でしたが、次第に、そんな事で一々怒っていても仕方ないと思うようになりました。私たちが空ケースを片付けるのは、次の作業の段取りや効率を考えての事ですが、毎日が終わりじまいの派遣労働者のベトナム人にとっては、後の段取りの事なぞ自分には関係ないのです。それよりも、今目の前にある仕事を終わらせる事の方が、彼らにとっては重要なのです。その為には、空ケースを一々片付けるよりも、とりあえず目に付く所に置いておいて、いつでもまた使えるようにした方が、はるかに仕事がしやすいのでしょう。
それが、彼らにとっての「段取り」だったのです。もちろん、それでは仕事になりませんから、後片付けの重要性も教えなければならないのですが、ただそれを「いくら言っても全然出来ない」と頭ごなしに注意しているだけでは何もならないのです。彼らがなぜそうするのか?目の前の仕事を終わらせる事も重要なのだから、それで尚且(か)つ、片付けもスムーズに行くように、もっと片付けやすいレイアウトに変える必要があるのじゃないか・・・という事も、次第に分かってきました。
それに、今まではお互い仕事に追われ、彼らとまともにコミュニケーションを取る暇もありませんでした。しかし、そんな状態では、日本人の私たちが彼らベトナム人に何を言っても、面従腹背にしかならないでしょう。「自分たちの事を奴隷か何かのようにしか思っていないくせに、一々偉そうに色々言うな!」と。これも、相手の立場になって考えれば容易に想像がつきます。
そこで、「まずは挨拶(あいさつ)から」という事で、上記のベトナム語会話集を作ってみました。休憩時間にネットで検索してメモしただけの急ごしらえの会話集で、相手に話しかける時間もないまま推移していますが、今度時間が空いたときにでも、「シンチャオ!(おはよう!)」と話しかけてみようと思います。ベトナム語は発音が複雑なので、どこまで通じるか分かりませんが。