少し前になりますが、「築地ワンダーランド」という映画を観て来ました。築地市場の豊洲移転は、先の東京都知事選挙でも一大争点になりました。しかし、私は、そもそも築地市場とはどんな所か、卸売市場の仕事の内容についてもほとんど知りませんでした。そこで、まずは築地市場について知る所から始めようと思い立って、先日この映画を観て来ました。この映画に出て来るのは、ひたすら築地の日常だけです。豊洲の事も都知事選挙の事も一切出て来ません。築地の歴史や、そこで働く人々の日常が、淡々と語られているだけです。その事でかえって、この市場が日本で果たしてきた役割や、生産者にとっても消費者にとってもかけがえのない、無形文化遺産のような価値ある存在である事が、ひしひしと伝わって来ました。
築地市場の前身は日本橋の魚市場です。それが関東大震災による倒壊を機に、新たに公設の中央卸売市場として、1935年に当時の最先端の物流拠点として開場しました。今も取り扱いの主力商品は鮮魚や塩干物です。前日の夕方から夜にかけて、日本国内はおろか世界各地から、新鮮な魚介類が市場に運ばれて来ます。やがて、日付が変わる頃になると、仲卸業者も続々と市場に詰めかけて来ます。深夜の構内では、トラックやターレと呼ばれる小型運搬車が、ひっきりなしに行き交います。この時間帯が、いわば築地のラッシュアワーです。卸売場には魚介類が次々と並べられ、やがて早朝4時過ぎからセリが順次始まります。一流料亭の料理人や大スーパーのバイヤーから地方の小売店主まで、多くの買い出し人が、少しでも良い品を競り落とそうと、皆血眼になってセリに臨みます。その喧騒が翌日の昼頃まで続きます。
セリでは皆が真剣勝負です。元卸や仲卸は、産地の漁協や漁師さんの為に、少しでも良い品を高く買って貰うべく切磋琢磨します。他方で、買い出し人は、店に魚を買いに来るお客さんの為に、少しでも良い品を安く売って貰うべく、しのぎを削ります。そこには一切の妥協は許されません。でも、その勝負は、自分の保身や出世の為に人を蹴落とす為のものではありません。少しでも、生産者や消費者の為に、つまり自分たちのお客の為に、自分にできる精一杯の事をやろうとしているのです。全てはお客の為であって自分の私利私欲の為ではない。だから頑張れるし、食の安全を損なう築地市場の豊洲移転には、立場を超えて反対でまとまる事も出来るのです。
以上、まるで見て来たように書きましたが、この映画だけで築地市場を理解できたとは、おくびにも言えません。何せ築地はワンダーランドですから。でも、その片鱗に触れるぐらいの事は出来たのではないかなと思います。私は市場関係者ではありませんが、同じ物流倉庫で働く身として、早朝の凛とした雰囲気や、倉庫のコンクリートの冷たさ、それとは対照的なガテン系労働者の熱気などは、私も皮膚感覚で何となく分かります。
例えば、「築地では下を向いて歩いている人はいない」という、映画の中の台詞(せりふ)についても、そうです。確かに、ああいう場所では、メソメソしている暇なぞありません。そんな暇があるなら、少しでも工夫して仕事を終わらせようとします。そうしないと目の前の仕事が終わりませんから。他に、「築地は世界一ではなく世界唯一の市場だ。単なる世界一だけなら、その下に2位や3位の市場があるという事だろう。築地は、そんな他の追随を許すような市場ではない」という台詞についても。築地の業界人は決してインテリでもなければ聖人君子でもない。むしろ労務者と言った方が近い。普段は下ネタやギャンブルの話にうつつを抜かしている、そんな下っ端の業界人でも、仕事に対しては職人並みのプライドを持って臨んでいるのです。
この点については、私の失敗談も交えて、もう少し書いてみたいと思います。私がまだ若かった頃の事。当時私は、大阪の某生協の物流倉庫で働いていました。当時の生協職員の中には、学生運動上がりの活動家が大勢いました。私もその一人で、「生協運動でこの日本を変えてやる」と、今から思えば、まるで一端の革命家気取りでいたように思います。実際には、ブラック生協で長時間サービス残業でこき使われているだけだったのに。
そんなある日の事。物流センターの倉庫で、フォークリフトに乗って、農産物の荷受けや仕分けに走り回っていた時に、初めて納品に来た業者と言い争いになりました。言い争いの詳しい内容についてはもう忘れてしまいましたが、多分、積み荷の降ろし場所や積み方が、当初私が聞いていた話と食い違っていた、何かそんな話だったように思います。ただでさえ、ひっきりなしに荷物が到着し、一刻も早く荷受けを済まさなければならないのに、その運転手と来たら、狭い場所で、ちんたらちんたら荷物を降ろしているものだから、私がそれにブチ切れて、「降ろすのが遅い」の「積み方が雑だ」のと言い争うになった挙句に、「お前とこの会社はええ加減やのお!」と私が言ったのを、その運転手が自分の親方に「ボス、あいつ、こんな事言って、ボスの会社の悪口を言ってましたで」と告げ口したものだから、さあ大変。今度はそのボスから直接電話口に呼び出され、「お前、何、わしの悪口言うとんじゃ!今からお前に話を付けに行くからな!」と、わざわざ和歌山県の産地から乗り込んでくる騒ぎになってしまったのです。その後は、生協本部のバイヤーも血相変えて飛んでくるわで、もう大騒ぎになりました。その時も、そのボスは「わしはこの仕事に命を懸けているんだ!」と、えらい息巻いていたのを覚えています。
そんな業者でも、仲良くなって徐々に信頼関係が築けるようになれば、私を何かと助けてくれるようになりました。別の業者も、その業者もトラックのボディに日の丸のペインティングや「一生報国」のスローガンを掲げているような人たちでしたが、生協の倉庫が狭くて荷受けにも不自由している事は自分達も知っていたので、直ぐに生協の配送車に積み込めるように、先方であらかじめ行先別に仕分けして積んできてくれるようになりました。そういうのを経験してきているから、この映画を観ても、市場関係者の心意気みたいなものが、私も何となく伝わってくるのです。
築地市場の豊洲移転を巡っては、元・大阪市長の橋下徹が、「移転先の豊洲が東京ガス工場の跡地で有害物質に汚染されていると言うが、じゃあ築地はどうなのか。今でも大気汚染にまみれて、老朽化した施設で四苦八苦しているじゃないか」と、難癖付けているようですが。私に言わせれば、橋下徹の言う事こそ、よっぽど噴飯ものです。そりゃあ、築地は今でも問題大ありですよ。狭いのも汚いのも事実です。でも、だからと言って、有害物質にまみれたガス工場の跡地に移転して良い訳がないでしょう。仕事に対するプライドや、お客さんを大事にする姿勢があれば、そんな事なぞ絶対に出来ないはずです。橋下徹の言い分は、ただの揚げ足取りの屁理屈でしかない。
今、問題になっているTPP(環太平洋経済連携協定)についても、そうでしょう。「関税を全て取っ払って、どんな国からも安く輸入できるようにしよう。どんどん外国に輸出できるようにしよう」というのが、TPPを推進する政府の言い分ですが、その為に、国民生活や国家主権まで外国企業に売り渡してしまって良いのかどうか。全てを自由競争にゆだねてしまえば、その行き着く先は完全な弱肉強食です。「安かろう悪かろう」で、農薬まみれの輸入農産物や遺伝子組み換え作物が国内にドッとなだれ込んで来ます。公的な健康保険制度もなくなり、民間の医療保険に入れない人は盲腸の手術にもかかれないようになります。そもそも、プロボクサーと赤ん坊が同じリングの上で「自由競争」で戦っても、「公正な試合」なんかになるはずないじゃないですか。それで、もし、日本政府が公害規制やブラック企業規制をやろうとしても、企業側がTPP違反だと訴えれば、企業側の言い分の方が通ってしまうのですよ(ISD条項)。関税撤廃も、ハゲタカファンドみたいなブラック企業が、金もうけにまい進する為に考え出した事なのですから。そして、一旦決めた事は、それがどんなに酷い内容であったとしても、もう覆せないのです(ラチェット条項)。これも、仕事に対するプライドや、お客さんを大事にする姿勢があれば、そんな事なぞ絶対に出来ないはずです。
そのTPPの本当の姿が知れ渡るのが怖いから、政府は肝心な事は何も言わず、野党がいくら情報開示を要求しても、黒塗りの資料しか出してこないのです。そして、まだ審議が始まったばかりで、肝心な事はまだ何も分からないにも関わらず、TPP批准をいきなり衆院特別委員会で強行採決してしまったのです。マスコミも、政府に弱みを握られているので、与党がどう言ったの、野党がどうしたのと、そんな上辺の政局しか報道せず、肝心のTPPの恐ろしさについては何も言わないのです。日本は、民主的なのは上辺だけで、実態は北朝鮮や中国、アフリカあたりの独裁国家と何ら変わらない。今や、国民が大統領の不正追及に続々と立ち上がっている韓国の方が、日本よりもよっぽど民主的です。