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天国に最も遠く、米国に最も近い国

2022年12月23日 22時26分42秒 | 戦争法ではなく平和保障法を

今、露のウクライナ侵略を盛んに非難する米国も、過去に今の露と同じ手口でメキシコからカリフォルニア・テキサスを強奪。どちらも元はメキシコ領だったが、米国は米系移民に反乱唆して傀儡政権樹立。当該政権の米国編入請願を口実に介入・併合。露と同じ穴の狢の米国言いなりで本当に良いのか?(12/20日の私のツイート)

上記のツイートにもある通り、テキサスやカリフォルニアは元々メキシコの領土でした。それを米国が侵略戦争で分捕ったのです。詳しくは下記の資料を読んで下さい。少し長くなりますが、「世界史の窓」という歴史学習用サイトの「アメリカ=メキシコ戦争/米墨戦争」のページからそのまま引用します。

19世紀前半にアメリカ合衆国は領土の拡大を続け、メキシコの領土を侵犯するようになった。メキシコ領であったテキサスにはアメリカ人が入植して、1836年に一方的にテキサス共和国の独立を宣言、さらに1845年、アメリカはテキサス共和国を併合した。メキシコが抗議すると、アメリカ合衆国はメキシコを挑発し、メキシコ側が先に領土を侵犯したと口実をもうけてメキシコ本土への侵攻を開始し、1846年5月、アメリカ=メキシコ戦争(米墨戦争)となった。
 アメリカで戦争を望んだのは、西部・南部のプランター、大地主階級の膨張主義者であったが、道議無き侵略戦争に反対する国内世論(若きリンカンなどは議会で反対した)があったが、民主党のポーク大統領は出兵に踏み切った。メキシコ側は共和政に移行していたが保守派と改革派が対立、同時にフランスの干渉、インディオの反乱、ユカタン半島のマヤ族の分離運動などがあって、かつて独立戦争でスペイン軍と戦ったサンタ=アナが大統領に復帰したが、全面的な抵抗を組織できなかった。

メキシコの敗北と領土縮小

アメリカの陸軍はニューメキシコとカリフォルニアを制圧し、海軍は海兵隊をベラクルスに上陸させ、首都メキシコ=シティまで攻め込んで攻撃した。メキシコ=シティでは六人の少年兵の英雄的な戦いがあったが、アメリカ軍の近代装備の前に敗北し、1847年9月14日、アメリカ軍が占領、星条旗が首都に掲げられた。
 翌1848年2月3日、両国は講和条約「グアダルーペ=イダルゴ条約」を締結、メキシコはカリフォルニアとニュー=メキシコの領土約240万平方kmを、1500万ドルでアメリカに譲渡し、両国国境はリオ=グランデ川とされた。
 さらにメキシコのサンタ=アナ大統領は、1853年にアメリカとガスデン協定を結び、国境地帯のラ=メシージャ地域を700万ペソで売却した。こうして一連の領土喪失により、メキシコの国土は建国時の約半分の約200万平方kmに減少した。

Episode 「天国に最も遠く、アメリカに最も近い国」

メキシコ国民は、このアメリカ=メキシコ戦争での、アメリカの不当な侵略と、それによる国土の喪失を当然忘れていない。メキシコ=シティで侵略軍と戦った六人の「英雄少年兵」の記念碑はチャプルテペック公園に作られ、毎年記念日には大統領が献花している。また、グアダルーペ=イダルゴ条約の締結された日は屈辱の日として記憶されている。

(引用)「天国に最も遠く、米国に最も近い国」という名言は戦争の後の両国関係を物語ったものである。ポルフェリオ=ディアスが言ったという両国の地政学的位置を示す言葉だった。現在でも、メキシコ国民がアメリカ合衆国に対して、一種独特の嫌米感情を抱く背景には、この時期の両国の戦争とその結果として生じた領土喪失が尾を引いている。<大垣貴志郎『物語メキシコの歴史』2008 中公新書 p.111>

今、ロシアのウクライナ侵略を米国は非難していますよね。そして日本も、この侵略を口実に、防衛費を倍増しようとしていますよね。ところが、その侵略を非難する米国自身も、ほんの180年ほど前に、メキシコに対して、今のロシアと同じ事をやっていたのです。当時メキシコ領だったテキサスに盛んに移民を流入させ、移民をそそのかして「テキサス共和国」という国をでっち上げ、「テキサス共和国が米国編入を望んだ」からテキサスを併合した…。

これ、ロシアがウクライナ侵略した時の手口と全く同じじゃないですか。ロシアもクリミア半島やウクライナ東部に侵攻し、住民投票や「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」などの傀儡(かいらい=操り人形)政権をでっち上げ、「住民投票の結果」や「傀儡政権からの併合要請」を口実に隣国の領土を強奪しましたよね。

米国が他国の領土を侵略した例は、この「米墨戦争」以外にも一杯あります。例えばハワイもそうです。19世紀末までハワイは独立王国でした。王国でしたが近代的な立憲君主制の憲法を持っていました。ところが太平洋への進出を狙う米国は、ここでも米国系移民をそそのかして、クーデターで国王を追放し「共和国政府」をでっち上げます。そして「共和国政府からの要請」でハワイを米国に編入してしまいます。(Wikipedia「ハワイ併合」参照

だからと言って、私は「米国が侵略したからロシアも侵略して良い」とは思いません。ウクライナに関しては100%ロシアが悪いです。しかし、それを非難する米国も「正義の味方」とはとても言えないのは、前述の事例からも明らかです。その米国の言いなりに、何でもかんでも従うのは、私は間違っていると思います。

ロシアのウクライナ侵略に抗議するなら、米国によるかつてのベトナム戦争や、今のイラク侵略戦争にも抗議すべきです。幾ら日本が日米安保条約で米国の庇護の下にあるとしても、それぐらいは言えるはずです。米国と同盟関係にあるドイツやフランスでも、イラク戦争の時は米国に反対したのですから。

ところが今の日本政府の体たらくと言えば…。日米地位協定の改定一つ言えないじゃないですか。その為に、米兵が基地周辺で犯罪行為を行っても、日本の警察は治外法権の壁に阻まれて捜査すら出来ない。沖縄の婦女子をレイプした米兵が、何食わぬ顔で米国に戻っても、指をくわえて黙って見ているだけです。こんな、まるで「米国の植民地」みたいな現状を容認して、何が「国防」か、笑わせるなと言いたいです。
 
ましてや、日本は「平和憲法」を持ち、「非核三原則」を標榜している国なのですから、その気になれば、もっと他にやれる事が幾らでもあるはずです。ただただ米国の太鼓持ちに成り下がるのではなく、もっと中立・公平な立場で、国際紛争の調停役を果たす事も出来るはずです。今、スイスや北欧諸国が果たしているような。それが「積極的平和主義」という言葉の本当の意味です。
 
「天国に最も遠く、アメリカに最も近い国」とは、米国に領土を奪われた上に、経済的に搾取される今のメキシコの現状を表現したものですが、私はむしろ今の日本の現状を表現したものに思えてなりません。今でも安い賃金で、税金や社会保障費ばかりふんだくられ、物価もどんどん値上がりしているのに、何故、防衛費だけ今の2倍も負担しなければならないのか?余りにも人をバカにしていると思いませんか?
コメント (1)
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