先日行われた米国大統領選挙で、共和党のトランプ氏が大統領に返り咲きました。保守派のトランプ氏が大統領に返り咲いた事で、マスコミはあたかも保守回帰の風潮が米国の民意であるかのように報じています。しかし、私に言わせれば、この「民意」は必ずしも実際の民意を正確に反映したものではありません。はっきり言って、今回の選挙そのものも「茶番劇」でしかないと思っています。
何故なら、大統領選挙の仕組み自体が極めて非民主的だからです。米国の選挙は間接選挙制です。有権者は大統領を選ぶ「選挙人」を各州ごとに選出します。「選挙人」は誰に投票するか予め決めており、それを有権者にも事前に公表しています。「私はトランプに入れる」「私はハリスに入れる」という具合に。いわば「選挙人」は候補者の分身です。有権者はその分身に投票するだけです。
その「選挙人」も、必ずしも得票に応じて選出される訳ではありません。各州で一番数の多かった選挙人が、その州の定数を全て独占してしまう仕組みになっています。この「勝者総取り」方式の為に、最多得票者が実際以上の「議席」を得る事になってしまうのです。それを定数の多いテキサス州とカリフォルニア州の例で説明します。(上記NHKニュースの添付画像参照)
テキサス州の選挙人定数は40です。ここは長年、共和党が選挙人の定数を独占して来ました。今回も共和党トランプ候補の選挙人で40人全てが埋まりました。しかし実際の得票は共和党トランプ候補が約56%、民主党ハリス候補が約43%と接戦でした。得票に応じて選挙人を決めるならトランプ24人、ハリス16人となるはずです。
カリフォルニア州の選挙人定数は54です。ここは逆に、民主党が選挙人の定数を長年独占して来ました。今回も民主党ハリス候補の選挙人で54人全てが埋まりました。しかし実際の得票は共和党トランプ候補が約38%、民主党ハリス候補が58%でした。得票に応じて選挙人を決めるならトランプ20人、ハリス34人となるはずです。
選挙の結果、テキサス州ではトランプ氏が40人の選挙人を獲得。カリフォルニア州ではハリス氏が54人の選挙人を獲得。ハリス氏の方がトランプ氏を14も上回っています。ところが得票に応じて決めるなら、テキサスではトランプ24:ハリス16、カリフォルニアではトランプ20:ハリス34。両方足すとトランプ44:ハリス50と、その差は6に縮まります。
選挙人の多い2州だけで比べても、「44:50」が「40:54」に化けてしまうような選挙が、果たして民意を公平に反映していると言えるでしょうか?何故、シンプルに直接選挙だけで大統領を選ばないのでしょうか?それは、米国建国当時の18世紀には、長距離の移動手段は馬車しかなかったから、地元で選挙人をまず選んでから、選挙人を首都のワシントンまで移動させて、首都の議会で大統領を選ぶようにしたのです。
でも今はもう21世紀です。鉄道・バス・航空機と様々な手段で移動できます。インターネットもあります。別に選挙人なんか選ばなくても、有権者の直接選挙でいくらでも大統領を選ぶ事が出来ます。そうであるにも関わらず、何故いまだにこんな数百年も前の仕組みで選挙を行っているのか?それは、旧態依然たるこの制度の方が、大政党や強い候補者にとっては有利だからです。
民主主義は形だけで、いつも大政党や強い候補者だけが勝つ仕組みになっている。仮に負けたとしても、共和党か民主党の候補者しか当選できない。しかも、投票するには事前に有権者登録をしなければならない。投票日も11月第1月曜日の次の火曜日(平日)にしか行われない。不在者投票の仕組みも煩雑で、専用の投票用紙を自分で印刷して郵送しなければならない。
これでは平日休めないシフト勤務の労働者は投票にも行けません。共和党も民主党も似たり寄ったりの政党で、どちらもスポンサーは大企業なので、どちらが勝っても、大企業に有利な政治しか行われません。だから、貧しい人たちほど投票に行かなくなってしまったのです。本来なら、貧しい人たちにこそ、政治家が手を差し伸べなければならないのに。米国では大統領選挙も上下両院議員選挙も投票率は5割あるかないかです。
大統領選挙で移民問題や中絶の是非が一大争点になったのも、「それしか違いが打ち出せない」からです。共和党のトランプも、民主党のハリスも、バックについているのは財界・大企業です。大企業優遇の政治が長年行われてきた為に、他の先進国ではとっくに実現できている公的医療保険制度も、この国では製薬メーカーの反対で実施できずにいる。「大企業の営業の自由を侵す者は全て共産主義だ、アカだ」と呼ばれて。その為に、民間の高い保険料を支払えない人は、盲腸の手術も受けられずに死ぬしかない。金の切れ目が命の切れ目。まさに資本主義の究極の姿です。
でも、共和党も民主党も、大企業優遇の政党なので、目先のバラマキだけでお茶を濁し、根本的な格差是正策には手を付けようとしない。その中で、トランプが大規模減税を公約に掲げた。貧困層にとっては、中絶の是非なんかよりも、こちらの方がよっぽど切実な問題だ。他方でトランプは移民排斥も唱えているが、合法的に市民権を得て米国で何世代も生き抜いてきた移民一世にとっては、不法移民を取り締まってくれた方が商売もやりやすい。だから、貧困層の中にはハリスを見限りトランプに投票する人たちも出てきたのです。
トランプの主張する大規模減税も、所詮は所得税減税が中心で、富裕層がより肥え太るものでしかないのに。本来なら、貧乏人は盲腸の手術も受けられないような、そんな大企業優遇の政治こそ変えなければならないのに。「どうせ変わらない政治なら、少しでもおこぼれにあやかれる方が良い」と、ハリスではなくトランプを選んでしまうのです。これが「保守回帰」現象の正体です。
しかし、今回のトランプ勝利を単純に「保守回帰」とのみ断定してしまうのも、私は違うのではないかと思います。何故なら、トランプ氏には、故・安倍晋三や高市早苗に見られるような保守イデオロギー志向は、余り感じられないからです。ただ単に「保守回帰」なだけなら、ロシアのプーチンと仲が良かったり、北朝鮮の金正恩と首脳会談したりはしないはずです。今のイラン封じ込め政策のような、徹底した対抗措置で臨むはずです。
米国の中東政策にとってイスラエルは不可欠です。何故なら、イスラエルは中東において常に米国の露払いのような役割を果たしてくれますから。イスラエルのガザ虐殺も中東の原油確保の為なら容認する。そのイスラエルを叩き潰そうとするイランは徹底的に封じ込めなければならない。しかしウクライナはそうではない。米国にとってはお荷物にしか過ぎない。戦費負担を減らすためにはロシアのプーチンとはこの際、手打ちした方が得だ。
トランプ政治の真髄は、このような徹底した「損得勘定」です。だから、自国の権益を侵しかねない不法移民やイランに対しては強硬策で臨む一方で、一文の得にもならないウクライナ戦争にはロシアと妥協する道を選ぶ。台湾有事も同じです。日本にとっては死活問題かも知れないが、米国にとっては所詮、極東の島国に過ぎない。人口2千万に過ぎない台湾よりも、14億の中国の方がはるかに経済的魅力が大きい。もし中国が台湾に侵攻しても、昔は中国の領土だったのだから、ウクライナと同じように元の鞘に収まるだけではないか…そう考える可能性もゼロではありません。
もし、そうなったら、日本のネトウヨ(ネット右翼)は完全にトランプに梯子を外されるでしょう。左右のイデオロギーでしか物事を見れず、「保守派=善」「米国=善」の硬直した思考から抜け出せない日本の保守派にとっても、それは同様です。私はもちろんトランプなぞ大嫌いです。同様にプーチンや習近平も嫌いです。でも、そのトランプですら、日本の保守派やネトウヨと比べたら、はるかに有能に思えます。本当は有能であるだけでなく、思いやりや正義感のある人が政治家として一番相応しいのですが。