先日、友人のAさん(70歳女性)から、相談の電話がかかってきました。
「古い友人のBさん(71歳男性)が、今年になって脳卒中で入院したんです。車椅子になったそうですが、それでもちゃんと喋れるしまあまあの状態らしいです。ところが困ったことに、毎日のように私に電話をしてくるんです。
その内容というのが、端的に言えばデートの誘いなんです」。
写真は3月13日の城が崎海岸付近の様子
Bさんの話の内容は
・どうしてもAさんに会いたい。
・どこかのホテルまで来てほしい。
・こういう風な服装で来てもらいたい。
・永年の想いを遂げずにこのままというわけにはいかない。
あまりの電話攻勢に困ったAさんが、婉曲に断ると
・貴方に迷惑だろうと、家族が不審がろうと、私には関係ない。
Aさんの都合も気持ちもまったく気にせず、自分のことだけを一方的に要求してくるんだそうです。
今日は、「脳の働きとその後遺症」が、テーマです。
保健師さんたちも、卒中後のさまざまな相談を受けることがあるでしょう。
脳卒中と聞いたら、私たちはすぐに病巣がどこかを知らなくてはいけません。
今入院中なら、まずは二つの質問から行います。(以下は右利きの場合です)
「マヒはありますか?」
→左右どちらか?右マヒなら左脳障害、左マヒなら右脳障害ということになります。
マヒがあるなら
「手と足とどちらが状態が悪いですか?」
→手なら中大脳動脈中心の障害だし、足なら後大脳動脈中心の障害ということになります。
以前、卒中に襲われて、「さしあたり今はマヒもなく、言葉も喋れます」という場合は「ダメージを受けたのは右ですか?左ですか?」と聞いて答えられることのほうが稀です。答えられたら、それで障害箇所はわかりますが、なかなかうまくいきません。
そのときの質問法はこうなります。
(発病直後は本人には意識障害があったはずですから、家人に聞くほうが正確な情報になります)
「入院したとき、一人で歩けましたか?」
→歩けたなら、少なくとも足のマヒはなかったことになります。
危なっかしかったのなら、
「どちら側を支えましたか」の質問で右マヒか左マヒかはっきりします。
車椅子だったのなら、どちらがマヒだったかを、思い出してもらいます。
右マヒなら左後大脳動脈、左マヒなら右後大脳動脈還流域の障害が考えられます。
「食事の時には一人で食べられましたか?」
→箸で食べられたのなら、右手のマヒはなかったことになりますし、スプーンを使ったのなら、右手に軽い運動障害があったことになります。
食べさせてあげたのなら、右手にマヒが生じていたことになりますね。
右手マヒが起きた場合の障害箇所は、左中大脳動脈還流域が一番怪しいことになります。
こうして、どこの場所に卒中が起きたのかを推理していくのです。
運動障害があれば、上のように攻めていくと大体のことはわかります。
運動マヒを除いた後遺症を考える時、左脳障害は一言で言えば言葉の障害を起こします。
特に中大脳動脈がらみ(上肢マヒ)だと言葉がうまく言えなくなりますから、最もわかりやすい後遺症ということになります。
下肢マヒを伴うときはちょっと難しいのです。言葉の障害といっても入力障害が主になりますから、言われていることの理解ができません。
とても滑らかに話せるのですが、言いたいキーワードが出ませんから、結局意思疎通が困難な状態になってしまいます。(マニュアルC95p参照) 2/5のサクラはすでに葉桜でした。
もっとわかりにくいのが、右脳障害の後遺症でしょう。
言葉のやり取りにおいてはさしあたり普通です。日本語としておかしいわけでもなく、こちらの言っていることもわかっています。
でも、「何か変なんです」というふうに家族が言います。「とても世話ができません」と訴えることも珍しくありません。
・わがまま
・自分勝手
・状況に合わないことを平気で言う
・人のことを平気でけなす
・言葉に感情がこもってない気がする、平板な感じ
・些細なことで突然泣きだす
・そうかと思えば、急に泣き止む
・感情が通じないというか異星人みたい
リハビリ教室で、脳卒中の後遺症を持った方たちを知っている保健師さんは
「あっ、あの人のことみたい!」と思うでしょう。
よく考えてみてください、その人たちはどちら側にマヒがあるのかを。
どうですか?左マヒでしょう。
つまり上にあげた特徴は、その人の困った性格傾向というのではなく、本来は右脳障害の後遺症として理解されるべきものです。
右脳の機能として、一番簡単な説明はアナログ情報の処理といえばいいのですが、より具体的には日常生活上「言葉ではうまくいえないけど」と前置きしながら話すことを、右脳は処理しているのです。
色の違い、形の理解、音楽、感情などがそれに相当します。
左の花の絵を見ながら模写する課題に対して、三様の右脳障害の方が描いた図です。私たちはこのような絵を見ることで、はじめて、いくら言葉が話せても大変な後遺症を抱えたということを理解することができます。(左の方と、中の方はドクターから全く後遺症の説明がなかったケースです)
「左足マヒという後遺症を確認して、つまり右脳障害が起きたことを確認してください。
それが確認できたら、Bさんの電話は現状をきちんと認識して掛けられているのではないということに自信を持ってください。
対応としては、困るということを、婉曲にではなくはっきりと言うことです。言外のニュアンスを理解する能力は右脳にありますから、微妙な表現ではわかりません。
今、Aさんは言語能力だけでコミュニケーションを取っているのです。
『ありがとう』という言葉で『ありがた迷惑、もう二度としないで』ということすら伝えることができるのが私たちの持っているコミュニケーション能力です。
言葉は左脳から出てきますが、言葉以外の情報、声の調子・高低・大小、身振り、表情など右脳を駆使してコミュニケーションは初めて成立します」
はっきり拒絶したとして、電話は掛かってこなくなるでしょうか?
それはわかりません。
でもAさんを守るためには、この説明がどうしても必要だったということです。