船上最初の朝、目覚めると船がかなり揺れていて、手すりにつかまりつつ甲板に出てみると、すでにかなりの人々が島陰一つない海原を眺めていた。
子供たちは船酔いから覚めるとすぐ集団で船上を駆けまわった。
年長で体がでかかった二人で男の子たちの大将になった。
女の子のグループについては何の記憶もない。
恋する年齢の乙女たちのお喋りにちょっかいを出して大恥をかいたことがあった。
彼女たちはすぐにチャイナ系船員たちと打ち溶けてお喋りするようになった。
「大和撫子」のそんな積極性が「明治男」のわたしにはゆるせなかった。
あとでたまたま甲板で二人になったときにD家の次女に、恥ずかしくないの、と憎まれ口をたたいた。
番茶も出花の彼女、とっさに「君、素敵よ」とからかった。
思わぬカウンターパンチにあっけに取られて退散した。
体は大きくても12歳はまだこどもだった。
D家の三女についてはすでに書いた。
蚕棚のような二段ベッドの上で、日本では英語の勉強があると教えてくれた彼女である。