講堂で中三の女子学生が滝廉太郎の歌曲「花」を合唱していた。
♪春のうらゝの隅田川
のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る
ながめを何にたとうべき
長堤を埋め尽くす桜花の光景を想像するだけで心が浮き浮きするが
このときは合唱する女の子たちに心がときめいた。
はじめて女に色気を感じた瞬間だった。
はじけるような活力に満ちた歌声、生き生きと輝く目、彼女たちは
大人たちに観られない自信にあふれていた。
桜満開の発心公園で先祖祭りがあった。
遠方から樋口姓の大人たちが集って酒宴に興じた。
敗戦による失意で大人たちはどこか自嘲的で卑屈めいていた。
♪お酒呑むな 酒呑むなの 御意見なれど ヨイヨイ
酒呑みや 酒呑まずに 居られるものですか
祭りの閉めは先祖の墓参りだった。
我が家の近くの樋口さんの庭に苔むした大きな岩の墓碑が立っていた。
聞くところによると先祖は草野氏の刀鍛治だったそうだ。
草野氏は豊臣秀吉の「九州征伐」に抗して島津側について滅亡した。
当主家清は降伏したが服従を疑われて肥後南関で誘殺された。
それを知った一族は耳納連山尾根の発心城の地蔵鼻で自害した。
城の焼け跡を掘ると炭化した米が出ると聞いた。