自分史 物怖じしない国際人を育てるヒント集

近現代史に触れつつ自分の生涯を追体験的に語ることによって環境、体験、教育がいかに一個人の自己形成に影響したか跡付ける。

ブラジルの軍事独裁/それもいいじゃないか、という学生が増加

2019-05-17 | 革命研究

私には祖国が二つある。2018年末、わが生国ブラジルは軍事政権による軍政令AI-5 発令50周年を迎えた。もし私が当時ブラジルに居たら30歳の私はどうなっただろうか。軍事政権反対の運動をしていた学生、知識人が日系人を含めておおぜい拉致され拷問され殺され「失踪」とされた。大統領は憲法の権利差し止め権をもち、大統領の権限が憲法を凌駕した。議会は1年間閉鎖された。人身保護令は停止され恣意的拘禁、拷問が日常化した。拉致、拷問後の殺害、死骸隠滅は特別の雇われ工作集団によって巧妙に行われ、「失踪者」の行方は杳として知れなかった。同時期の朝鮮国による日本人拉致に酷似している手口が多い。
  無法の全体像が想像できる好著  花伝社  2015年刊

民政化後2014年にようやく真相究明委員会が報告書を提出した。それによると軍事政権のトップから兵士までの337名が人権侵害に加わった。新たに施行されたアムネスティ法により誰一人罰せられなかった。「434名が軍事政権に殺害され、失踪させられた。その他、8,300人以上の先住民が殺害された。しかし、同委員会は、実際にはこの数はもっと多いと認めている」 出典:齋藤功高「ブラジルの移行期における軍事政権下の人権侵害の清算」pdf
下線部分の数字がブラジル軍事政権の性格、正体を物語る迷宮入口の鍵となる。軍事政権は単なるアカ狩りと治安維持ではなく開発独裁を目的とした開発戦体制であった。つまり禁じ手で資源開発をして産業近代化を図る革命的デザインの下に陸・海・空三軍が一体となってクーデタを起こしたのだ。そのデザイン「全国統合計画」の作成と推進は高度プロフェッショナル(ソ連時代の概念でいえばテクノクラート)に委ねられた。そのイデオロギーは、キューバ革命の防波堤を意図したケネディの「進歩のための同盟」である。
禁じ手とは、反対者をテロリストとして、あるいはコミュニストのシンパとして、反対運動のすべてを抑え込むことである。その結果アマゾンの密林と周辺州に、地下資源、原木資源、牧場開拓地を求めて野心的企業家とギャングが押し寄せた。いつの時代でも開発は道路のインフラから始まる。アマゾンを横断して高速道路がベネズエラに達した。上記のジェノサイドを想わせる犠牲者の数は反対運動の指導者もろとも殺されたインディオの数であろう。

文明人の入ったことのない秘境で何が起こったかは知るすべがないが、その一端を物語る二人の生き残り男性の生と死の日々が先日放映された。現場周辺の密林で発見された壮年兄弟の言葉は全く未知の言語で今日まで通話ができない。動画撮影時点では保護先で一人だけ生き残っているが他の先住民と交際ができなくて引きこもっている。保護士に向かって頻繁に発せられる恐怖を表現するコトバとジェスチャーから察せられるのは稲妻様の何かの襲来であった。彼は家族も身寄りもなく記憶を文明人に伝えるすべもなくこの世界で一人死を待つだけである。
私事にわたるが、そのころアマゾン周辺の奥地で大牧場を経営する日本人の実業家が日本にサッカーチームを連れて来たことがある。その人が所有する南部パラナ州のプロ選手養成のためのサッカー場と宿舎を見学したこともある。両国のサッカー界で名の知れたボスは不在だったが日本からの留学生が案内役を務めてくれた。
サッカー場があったバンデイランテス市は、独身時代の父が姉夫妻のもとで働いた因縁の地であり、訪れた私を父方のいとこ達がおおぜいで歓迎してくれた。1991年の帰郷時の出来事である。

軍事独裁政権は政党、労働・農民・環境運動等の反対勢力を恐怖で抑え込んで日本を含む米国中心の外資導入の地ならしを推進し工業化に成功した。ブラジルは世界有数の鉄鉱石と鉄鋼、航空機輸出国になり、2000年代初頭にはBRICの一角に名を連ねて工業先進国に仲間入りした。
1984年
に222%以上のハイパー・インフレとなり経済が破綻して翌年ブラジルの軍政は終わった。産業近代化には成功したが貧富の格差と自然破壊が耐え難いまでに拡がった。多国籍企業を含む大資本による土地集積と機械化された大農場は農業労働を一変させ土地、仕事を失った農民が都市に流れ込んだ。人口の集中で都市景観は激変し、近代的ビルとスラム(ファヴェーラ)の併存が富の不均衡を象徴している。
ブラジルの治安はさらに悪化した。金持ちの家は高い塀か鉄柵に囲まれている。富豪の豪邸は銃を携えたガードマンに守られている。わたしはそれを見てブラジルでは富裕層も「塀の中」に入っているという妙な感想をもった。
わたしの少年時代にはブラジルは治安が良かった。逆に日本の都会は夜歩きできないほどに悪かった。

昨年ブラジルでは揺り戻しが起きて軍政を賛美する歴史修正主義者が大統領に当選した。拷問と殺害、人種・性差別を容認する発言で「ブラジルのドゥテルテ、トランプ」と評されるボルソナーロ大統領である。その最初の仕事は「天然資源を繁栄に一変させるグローバル採鉱会社」(vale社HP)の鉱滓ダム決壊事件(犠牲者350名?)への対応だった。

グローバリズムと市場原理主義が世界を覆ったために世情が急展開しつつある。東京のいくつかの大学で軍事独裁のレクチャーがあった。授業後に学生の感想を聴くと、治安改善や産業近代化のためには軍事独裁もありの意見が「どちらかというと」を含めると半数近くあったそうである。