教授は、ブラジル滞在中の4年の間(1935~1939)中部高原を1500km横断して、しばしば中西部マト・グロッソ州とアマゾン側で調査をおこなった。教授が指摘したことだが、多くの旅行者がMATO GROSSOを「巨大な森」と誤訳していた。私も既述の南部高原MATA ATLÂNTICA(マタ・アトランティカ)と同じ肥沃なジャングルだと誤解してきた。どんぴしゃりの訳がみあたらないので「広大な藪」としておく。地球温暖化と関連して、後章でどんでん返しの異称を紹介する。
これまた驚きだが、教授は東海岸から中西部まで、トラック、汽車、蒸気船、ときにはチャータ機を乗り継いで移動していた。なぜ文明の利器を、馬車、カヌーと併せて利用できたのか。
原因は、中部高原の土地の風土=気候・地味・地勢などの有様にある。気候は乾季と雨季、乾燥と氾濫を繰り返す熱帯である。地味はSERRADOセラード(現地発音ではセハード)でレンガ色、酸化鉄・アルミナが多く酸性土壌のため農作物に適さないとされていた。森やブッシュ、草原やサバンナなどの植生がモザイク状に広がっていた。地勢は南部高原よりやや低い無限の台地である。分水嶺を越えると大アマゾンに向かって緩やかに傾斜している。
マト・グロッソに限って言えば、高くはない分水嶺がアマゾン川とパラナ川の水系(パラグアイ川)を分けている。州都クイアバーの南西部に世界最大級の湿原パンタナルの一部が広がる。今も生物多様性の宝庫である点でパラナとは対照的である。
1500年にポルトガル人に「発見」されたブラジルは、パウ・ブラジル(芯が赤い染料になる樹木)を名称の由来とする。移住商人の目的はヨーロッパ向けの輸出産物であるパウ・ブラジルであり農業ではなかった。それが尽きるとサトウキビに目を付け、インディジェナの強制労働を使って砂糖プランテーションを経営した。
作物不毛の地セラードが活況を呈し始めたのは18世紀目前の世紀末である。ミナス・ジェライスで砂金が発見されたのである。人が移動すると道が開ける。沿岸部とポルトガル本国等から人口の大移動が起こった。ゴールドラッシュで100年間にブラジルの人口は10倍、300万人に増えた。ブラジル中部の内陸地方に経済活動の重心が移り、金を輸出し黒人奴隷と食料を輸入する港湾都市リオデジャネイロが首都に替わった。『ブラジルの歴史・・・50章』(明石書店 2022年)中の河合沙織氏論文より。
金鉱が衰えると町はさびれて荒野に点在する中継所同然になった。
教授が利用したことがある汽車の終点クイアバー(マト・グロッソ州都)も200年前に金で栄えた都市である。教授が出合った人々はみな挫折して夢が破れている。とくに一攫千金を夢見ていた砂金・ダイヤ探求者=ガリンペイロは敗残者そのものである。
ここから先の教授の紀行文は私の記憶の古層をくすぐって同時代を生きた気にさせてくれた。すこし寄り道をしたい。
サバンナでコブウシが草を食んでいる。屠殺場があり牛の肉と皮の乾燥場がある。数百メートルにわたって流れが牛の血で赤く染まっている。幼い記憶がよみがえった。Londrina市の名所 Igapo*湖公園はそのころ流れがゆるい沼っぽい川だった。その上流に屠殺場があったため流れは汚濁水と悪臭で満ちていた。木の橋板が朽ちかけた高い橋(Ponti Altaとよばれていた)が架かっていた。馬車で渡ったときラバが脚元を怖がって動こうとしなかったのを覚えている。
*Iguasuなどの字頭の Iはグアラニー語で水の意(漢字の氵偏に類似)
教授が使ったトラックも木の橋や泥濘で難渋している。後者では丸太をトラックの2倍もの長さに敷き詰めて車を前進させ、それを繰り返したと綴っている。私が10歳の時の引っ越しで、それに近い経験をした。土砂降りの中トラックが泥濘にはまって後輪が空回りした。そのつど大人たちが木の枝を集めて車輪の下に敷いていた。
私はまた、教授たちが多難な旅の末、探求目的であったボロロ族の裸の男二人に初めて逢った際に、繩巻タバコを吸わせて交流を図ったこと(喫煙を意味するfumoフーモが唯一通じるコトバだった)に注目した。物心ついたころ、仕事の合間に労働者が、サラミ大の縄によった真っ黒な葉タバコを懐から取り出してナイフで削りとったものを玉蜀黍の薄皮で巻くのに見とれたことがあった。醗酵しているので煙草の甘酸っぱい芳香が子供心にも旨そうに感じられた。
「法王様のインディオ」
モンゴル系離れした顔立ちと戦士らしい面構えの彼はサレジオ会の宣教師による教化でポルトガル語の読み書きができるようになったジェ語族系ボロロ族のインテリ。教授の通訳をつとめ資料蒐集に協力した。
かつて、神父によって教化成功の生き証人としてローマに派遣され、法王に謁見を許された。村に帰ってからボロロ族伝来の生活習慣に回帰した。キリスト教式の結婚(洗礼を伴う)を勧められたことが脱会の契機になったらしい。
教授は、彼の装いを指して「素晴らしいボロロ社会学の教授であることを、身をもって示した」と評している。
かれが直面した相対立する西洋文明と「野蛮」の生活様式は彼の内面に「精神的な危機」をもたらした。教授は、その環状集落のケジャラ村で、ボロロ族の社会組織、信仰、生活、装飾を調査研究して、その根底に固有の構造があることを初めて学術的に明らかにした。
教授は、環状集落の俯瞰図を荷車の車輪に似ているという。そして家族の住居は輪に、男衆の家は轂(こしき)に、結婚した男が往復する住居に通じる小径は幅(や)に例えた。
集落は男衆の家を通る東西の線で二分されている。それぞれを半族という。南北の線は身分で半族を再分割するが、複雑になるのでパスする。
上図で仮に上の半族はT氏族、下の半族をC氏族とする。T氏族の男性はC氏族に属する母方の従姉妹と結婚する。女性は同様に父方の従兄弟と結婚する。半族間で行われる交差いとこ婚である。
結婚すると男は生家を離れて集落中央の男衆の家を経て女の家族と同居する。男にとって、ある年齢以上の者が集う「男の家」が息抜きになっている。
女は生家に住み続け、それを相続する。男の生家には母と姉妹が住み続ける。姉妹が結婚すればその結婚相手も同居する。
何とも込み入った姻戚関係である。原因については諸説あるが定説はない。単純に考えて、ライオンの雄が母親から追い出されるのと類似しているように感じる。
現象から考えると、身内の争いやインセストを避ける効果だけでなく、身内を広げて群れをつくり、交流のない部族との衝突、戦いに備える効果があることは確かである。
さらに、あらゆる社会的祭祀的行為は、相手方半族の補助、協力を前提としている。両半族は「各々がどれだけ完全に役目を果たし、気前よくしたかによって、優位を測られるのである。」
気前よく、損得・貸し借りではなく気前よく、これがかれらインディジェナの伝統的処世術でありアイデンティティの核心である。首長の資格も気前の良さの最大値で決まる。外来者も饗応にあずかる。ブラジル最初の開発移民団も先住民に援助を受けたことが知られている。
教授はケジャラ村は西洋文明に抗するボロロ族独立の「最後の砦」と言う。サレジオ会の宣教師が原住民文化を系統立てて研究して村が拠って立つ秘密を発見したからである。それを新たなイデオロギー措置として発動すれば先住民文化を「絶滅」できる。
東西に分かれた環状集落の家々を直線状に配置すると、巣箱を上下逆さまにされたミツバチ集団が本能の混乱をきたして巣を捨てて移動するがごとく、住民は、方向感覚が混乱して、群れとムラの伝統から「解放」される。野生生活ができなくなり保護区内で生活保護を受ける生活者になるほかない。「土人は怠け者で飲んだくれ」の偏見が定着する。
教授が同心円環状集落の典型としてボロロ族の集落を選んだのは賢明だった。ボロロの名が儀式の広場に由来するからである。ボロロ族は中部高原のゴイアスからマト・グロッソまでの広い地域にわたって、川沿いの森やそのそとに広がるサバンナで暮らしていた。
そのボロロ族を18世紀のゴールドラッシュに伴う東西道路の貫通が絶滅の危機に追いやった。植民者及び征伐軍との半世紀に及ぶ抵抗戦と外来伝染病で人口は激減し、教授をしてケジャラ村(人口150人)はボロロ文化最後の砦と言わしめた。村の行く末を案じていた教授は、アマゾン側シングー川水系に住む近縁(同じジェ語族)のカヤポ族も同じやり方で集落をつくることが知られている、と記している。
私はたまたまネットでカヤポ族の環状集落が写真・地図付きで紹介されているのに出会った。首長の決意表明を引用し、もって故レヴィ=ストロース(2009年没 享年101歳)への手向けの言葉としたい。
*京都外大ブラジルポルトガル語学科ブログより。2016年クリスマスの夜に放送予定の『所さんのビックリ村!』のブラジル先住民の村のVTR「監修」を依頼された住田育法先生の事後記事。
「現代文明がある程度入ってくるのは仕方がない。しかし、境界線を引いて、カヤポの文化に誇りをもって守っていかなければならない。だから、あのような祭を行っているんだ。」
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