ロイド・グループが丸三年を待たず解散した理由は当時、ツアー疲れとか内部分裂とかアバウトな情報しかなかったけれど、後年、具体的な話が流れた。「堕落している」とキースとディジョネットが反旗を翻し、更にギャラの配分に異議を唱えたとか、かなりきな臭い内幕が暴露されたが、この手の情報は流し元の主観がかなり強いので、そっくりそのまま受けとるわけには行かないけれど、余りにも爆発的な人気に問題点が先送りされた結果には違いない。
気になるのが二人が言う「堕落」という意味だが、ロック寄りの演奏を指しているのだろうか?その後、二人ともマイルスのバンドに参加しているのでそうではなさそうですが良く解らない。
当時、ロイド・ミュージックの魅力に自分の感性が追い付けなかった層は少なくなく、「機を見るに敏ないかさま商人」なんて罵声を浴びせた評論家も出る始末で、「このバンドはキースで持っているようなものだ!」という人達も多かった。ま、短期間で解散した結果、「後付け論法」がまかり通ったのだろう。長い隠遁生活から復帰し、ECMに秀作を発表すると「実はロイドは良く解らないのです(笑)」と自分の耳を誤魔化す評論家も現れた。
キースが在団中、アトランティクのサブ・レーベル 、VORTEXに吹き込んだ作品を。
3枚レコーディングしており、2枚目はどうでもいい作品なのでパスして、初リーダー作と3枚目を。
ちょっと意地悪だけど、ボスに「あんたは堕落している」と、ちくれるほどの内容があるのだろうか?と(笑)
まず” LIFE BETWEEN THE EXIT SIGNS ”
ライナーノーツでキースは「音楽を言葉で表すことなんてナンセンスで、聴く人が感ずるもの以上でもないし、それ以下でもない」と新人にしては小難しい事を述べている。7才でソロ・コンサートを開き、その後、プロとして演奏していた天才ならではですね。
全体に初リーダー作らしく「楚々」とした空気が感じ取れるが、ゴスペル・タッチ、バラード、前衛風、実験的なものまで「何でも出来まっせ」という才のひけらかしが垣間見えるのが惜しい。また、オリジナルを7曲も披露しているがちょっと・・・・・・・
及第点レベルはクリアはしているものの、やや期待外れかな。
”SOMEWHERE BEFORE”
改めて聴き直したがリアルタイムで聴きた時と変わらず、ロイド・グループでみせたあの才気溢れるプレイは何処へ行ってしまったのか。後になってボブ・ディランの‘My Back Pages’が人気を博しているが、どこがいいのか、さっぱり解らない。ここでもいろいろなスタイルで演奏しているが空回りしている。人はロイドは大したこと事なく、キースのpが聴きものと言うが、それは全く逆でロイドなきキースは凡の域に近く、ライブでこうした演奏をするのは、語弊が有るやもしれないが、エゴぽさを感じます。聴衆の反応も気のせいか今一つ。
児山紀芳氏(当時SJ誌編集長)のレヴュー(69年)にもこう記されている。「キースはメロディを大切に、しかもリズムに変化を求めてあがいているが、このLPの彼は聴き手に何も与えない」と。
キースと決別した罪深いレコードで、”TALES OF ANOTHER / G・PEACOCK”(ECM 1977年)まで自分の視界にキースは居なかった。
キースがリーダーだったら聴かなかったかもしれない。現代アートのカヴァで手を出しにくけれど見事な一枚。
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