時間が空いたのでSMへ出かけ、書店に。初めて見るマガジンですが表紙の写真につられ手に取った。オーディオの専門誌ではないけれどオーディオ・ルームが特集され巻頭に村上春樹氏が紹介されていた。
続きをペラペラと捲っていき、他の四人の一人目のチダ コウイチ氏(クリエイティブ・ディレクター)の紹介ページで一枚の写真に眼が釘付けになった。壁に立て掛けられた何枚かのLPの内、一枚だけフロント・カヴァがカメラに写っていた。意図的に見せたのか、或いはたまたまなのか兎も角、このウルトラ・マイナーなアルバムを所有されていることに少なからず驚いた。
かって自分にもあった若き日を想い出させる一枚。
最近、すっかり更新をサボりっ放しの弊HP”BLUE SPIRITS”で本作をUPしている(2003.8.18)。
少し短く手直ししましたが、長文なので適当に流し読みを。
『夏の日の思い出』
「今年は冷夏ですが、毎年、暑い夏が来ると必ず思い出すレコードがあります。
それが本作。このレコードはわが国では1970年に発表(直輸入盤で)されていますが、翌年(71年)の夏のある暑い昼下がり、僕はいつも行くレコード店で物色していたところ、顔なじみの女子店員が「この暑さを忘れられる何か良いレコードはないですか?」と話し掛けてきた。聞いてみると「あそこにいる女性に尋ねられたので」と言うので見てみるとると、20台前半のOL風の女性であった。
少し考えてこのレコードを勧めた。その理由は、常識的なボサノバでは、おもしろくもないし、かと言ってありきたりの名盤では芸がないし、暑さを忘れるには、強力に惹きつける何かがなければいけないと思い、ブラッドフォードのtpに賭けてみたのです。
試聴する後姿を横目でチラチラと見ていたところ、その女性は買物を済ませたが、果たしてこのレコードを買ったのか、判らなかった。
すると女子店員がやって来て、「すごく気に入ってもらい、買って頂きました。ありがとうございました」と言うので、僕が「どんなところが気に入ったのだろう」と聞き返すと、「tpがとってもイイと、言ってました」と答えてくれた。
作戦がずばり的中したわけだが、無名に近い本作の肝をちょっと試聴しただけで聴き取ったその女性の感性に恐れ入った。
本作を初めて聴いたのは70年春、3月。京都での学生生活を終え、実家へ帰る日の前日、これが最後と思い四条の大丸の前の「(ザ?)マン・ホール」へ行った。階段を降り、扉を開けた瞬間、素晴らしいtpが耳に飛び込んできて、これは、ハバードの新作だ、と思った。目をつぶって暫く聴いていたが、どうもハバードとは違う、フレーズがハバードより断片的で鋭く、音色もチョット違う、誰だろうと考えても全く思い当らなかった。ジャケットを見ると、見た事のないジャケットで、聞いたこともないメンバーであった。
後で判った事ですが、本作はウエスト・コーストで生れたフリージャズ・グループ‘NEW ART JAZZ ENSEMBLE’の第2作目。第1作目の‘SEEKING’をより完成度を高めた本作は、当時のエレクトリック・ジャズやクロスオーバー等々の台頭、アヴァンギャルド・ジャズの衰退等、混迷の時代に彗星の如く光り輝いている演奏であった。アブストラクトなカーターのサックスとクラリネット、そした、透明感溢れる美しいトーンのブラッドフォードのtp、二人のスポンティニアスなリズムセクションから描き出される世界はナイーブで、静かにエキサイティングです。
すぐにレコード店に行って捜してみても何処にも無かった(いや、正確には誰も知らなかった)が、その年のSJ誌の7or8号のディスク・レヴューに本作(直輸入盤)が紹介されて、最高の五つ星の評価を受けていた。ヤッパリなぁ、良いものは誰が聴いてもイイよなー、と言いながら買い求めました。しかし、その年のSJ誌主催の‘ジャズ・ディスク大賞’で、本作は候補作品にノミネートさえもされなかったので、自分の耳はタコだったのか、と落ち込んでいましたが、どうでもいいようなレコードがノミネートされており、釈然としませんでした。
だから、釈然としない気持ちが吹っ切れたのは、自分の耳を託した見知らぬ若い女性が本作をストレートに受け入れてくれたこの時でした。
あの人は今でもきっとジャズを、そしてこのレコードを聴き続けてくれていると思う。
このレコードは僕とあの人だけの誰も知らない「名盤」かもしれない。」
今日、もう一人の存在を知りました。こんな嬉しい事はありません。
なお、何年か前にCDで再発された際、一度UPしてますが、やはり本作はLPで聴きたいですね。
過去の音楽としてではなく、同時代的に聴かれてリアルタイムで買われているというのが素晴らしいですね。
当時でしかわからない雰囲気がきっとあったのだろうと思います。
それを象徴するレコードです。
久し振りに「あの頃」を想い出させてくれました。
いつか見つかるでしょう。