一か月前から予約していた北山修のアカデミック・シアターIN大阪に行ってきた。
「北山修」と聞くとソワソワしてつい高いチケットでも買ってしまうのだ。
高校のときだから、遥か40年以上前になる(おお!ほぼ半世紀前だ、我ながら凄い)。
朝、北海道でもテレビで「ヤング720」というのを放映しており、
それには週に一度、高田渡、岡林信康、高石友也、ザ・フォーク・クルセイダーズ、遠藤賢二、ジャックス等々が、出演していた。
いわゆる「関西フォークの日」である。
月曜日、それを見ていると7時25分のバスには到底乗れない。
(高校は斜里の町にあり、我が家は斜里岳の麓だった)
そういうわけで、すぐ上の姉に車で何度も送ってもらった。
今でも感謝している。
そうは言っても、最後まで見てから家を出るので、
月曜の1時間目の家庭科には間に合わない。
週に一回しかない家庭科の授業に、私は毎回遅刻した。
先生は優しく、
「あなたは、なぜか毎週私の時間だけ遅れてくるんじゃない?」
とたしなめたが、私は
「そ、そですか。あれ、どしてかな~?」
とか、とぼけていた。
前置きが長い。
そのフォーク・クルセイダースの北山修である。
深夜、受験勉強をすると銘打って、実は深夜放送を聞いていただけの日々、
北山修がパックイン・ミュージックかなんかのDJしていたときに、
私は感想文を送り、
直筆サイン入りの本をもらった。
『青空に歌おう!サム』と書いてあった。
私が入学した京都の大学は北山修が通っていた京都府医大の隣だったので、
かなり期待していた。
一度だけ、整風堂という本屋で見かけた。
紫のスーツを着ていた。
声をかけるなど、その時は思いもよらなかった。
昨日、北山修は紺のスーツを着ていた。
「嘉門達夫の意味」というテーマで解説する役回りだった。
はっきり言って主役は嘉門達夫だ。
実は嘉門達夫も好きだ。
‘ティラリーン、鼻からぎゅうにゅう~’
‘あああ~あ、小市民~’
‘血液型別~、ハンバーガーショ~ップ ’
中国の大学でも紹介した。
あまり分かってもらえなかった…。
昨日の収穫の一つは、
加藤和彦が生前、絶対に許可しなかった
「帰ってきたヨッパライ」の替え歌を
北山修によって認められた嘉門達夫が、
張り切ってあれこれ作り、
その中の「帰ってきたヨッパライ~時事問題編~」
を本邦初公開したことである。
オザワ、ノダ、ハシモトなどの名前がズラズラ出てくるこの替え歌、
多分数か月後にはYOU TUBEでもどこでも観られるだろう。
「嘉門達夫は無意味である」
それが昨日の北山修の結論である。
(あ、もちろん無意味の意義というのも当然のたまってはったよ)
・カモンタツオは意味がない(人間、意味を求めてばかりだと病気になる)。
・カモンタツオはいくつものふたの開け方を知っている(子ども、大人、エッチ系etc)。
・カモンタツオは心を浄化させてくれる(カタルシス効果)。等々…
アカデミックシアターが終って帰ろうとする観客に、北山修は
「皆さん、開けたふたは閉じなければなりません。何事もなかったかのように…。」
の言葉で締めくくった。
以前テレビで観た九大退官の最終講義で、
「教師はやめなければなりません。親は死ななければなりません。」
と彼が言ったあの言葉を想起した。
「北山修」と聞くとソワソワしてつい高いチケットでも買ってしまうのだ。
高校のときだから、遥か40年以上前になる(おお!ほぼ半世紀前だ、我ながら凄い)。
朝、北海道でもテレビで「ヤング720」というのを放映しており、
それには週に一度、高田渡、岡林信康、高石友也、ザ・フォーク・クルセイダーズ、遠藤賢二、ジャックス等々が、出演していた。
いわゆる「関西フォークの日」である。
月曜日、それを見ていると7時25分のバスには到底乗れない。
(高校は斜里の町にあり、我が家は斜里岳の麓だった)
そういうわけで、すぐ上の姉に車で何度も送ってもらった。
今でも感謝している。
そうは言っても、最後まで見てから家を出るので、
月曜の1時間目の家庭科には間に合わない。
週に一回しかない家庭科の授業に、私は毎回遅刻した。
先生は優しく、
「あなたは、なぜか毎週私の時間だけ遅れてくるんじゃない?」
とたしなめたが、私は
「そ、そですか。あれ、どしてかな~?」
とか、とぼけていた。
前置きが長い。
そのフォーク・クルセイダースの北山修である。
深夜、受験勉強をすると銘打って、実は深夜放送を聞いていただけの日々、
北山修がパックイン・ミュージックかなんかのDJしていたときに、
私は感想文を送り、
直筆サイン入りの本をもらった。
『青空に歌おう!サム』と書いてあった。
私が入学した京都の大学は北山修が通っていた京都府医大の隣だったので、
かなり期待していた。
一度だけ、整風堂という本屋で見かけた。
紫のスーツを着ていた。
声をかけるなど、その時は思いもよらなかった。
昨日、北山修は紺のスーツを着ていた。
「嘉門達夫の意味」というテーマで解説する役回りだった。
はっきり言って主役は嘉門達夫だ。
実は嘉門達夫も好きだ。
‘ティラリーン、鼻からぎゅうにゅう~’
‘あああ~あ、小市民~’
‘血液型別~、ハンバーガーショ~ップ ’
中国の大学でも紹介した。
あまり分かってもらえなかった…。
昨日の収穫の一つは、
加藤和彦が生前、絶対に許可しなかった
「帰ってきたヨッパライ」の替え歌を
北山修によって認められた嘉門達夫が、
張り切ってあれこれ作り、
その中の「帰ってきたヨッパライ~時事問題編~」
を本邦初公開したことである。
オザワ、ノダ、ハシモトなどの名前がズラズラ出てくるこの替え歌、
多分数か月後にはYOU TUBEでもどこでも観られるだろう。
「嘉門達夫は無意味である」
それが昨日の北山修の結論である。
(あ、もちろん無意味の意義というのも当然のたまってはったよ)
・カモンタツオは意味がない(人間、意味を求めてばかりだと病気になる)。
・カモンタツオはいくつものふたの開け方を知っている(子ども、大人、エッチ系etc)。
・カモンタツオは心を浄化させてくれる(カタルシス効果)。等々…
アカデミックシアターが終って帰ろうとする観客に、北山修は
「皆さん、開けたふたは閉じなければなりません。何事もなかったかのように…。」
の言葉で締めくくった。
以前テレビで観た九大退官の最終講義で、
「教師はやめなければなりません。親は死ななければなりません。」
と彼が言ったあの言葉を想起した。