2023年6月14日と6月15日に高田屋嘉兵衛の生まれ故郷&晩年を過ごした淡路島 洲本市五色町都志を
散策してきましたので写真紹介します。訪問先をシリーズで紹介していきます。
本日はその第9回で6月15日に訪問した「住吉神社」について書いていきます。
洲本市五色町都志の散策シリーズ過去の記事
第2回 洲本市五色町都志の散策記 on 2023-6-14&6-15 その2 ウェルネスパーク五色(高田屋嘉兵衛公園) - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)
住吉神社の基本情報
住所:洲本市五色町都志288 TEL:0799-33-1100
御祭神:住吉大神(住吉3祭神)
底筒男命(そこつつのをのみこと)
中筒男命(なかつつのをのみこと)
表筒男命(うはつつのをのみこと)
創建時期:不詳 住吉大社から勧請
所在地のGoo地図を添付しておきます。
上の2枚の写真は拝殿と本殿
住吉神社の御祭神は住吉大神で航海安全、農耕神でX年に住吉大社より勧請した。
本殿は大永5年(1525)2月に建てられた都志八幡神社の古い本殿を明治33年(1900)3月に移し
改築されました。
昭和25年(1950)3月、屋根が破損のため銅板葺きの屋根に改修された。
さらに昭和61年(1986)老朽化した拝殿を改修すとともに一部を修理し現在に
至っています。 平成11年? 五色町文化財審議会会長 北山学
境内に住吉神社記録碑なるものが建立されていた。(下の2枚の写真)
上述の文はこの碑の内容を要約したものです。
住吉神社は都志川河口の洲となった部分に建っています。
高田屋嘉兵衛の生家から徒歩で約5分くらいのところにありました。
高田屋嘉兵衛は幼名を菊弥(きくや)といった。土地の方言で菊弥(きっちゃ)と呼ばれていた。
嘉兵衛は弟達を連れ、色々な形の木切れを舟に見立てて遊んだり、潮の干満を
調べたりを都志川の
堤で行っていたとのこと。この遊びが海で仕事をする嘉兵衛の原点となります。
その場所は住吉神社の境内であったのだろうか・・・
摂社と移設された氏神など
特に表示はされていなかったが漁業の神様「恵比須神社」であろうか?
上の2枚の写真は境内の小祠
玉垣
上の写真は拝殿・本殿の周囲の玉垣
住吉神社付近から都志港遠望
ここからの夕焼けの景色は素晴らしく、名所となっているそうです。
語り草
嘉兵衛の里めぐりウォーキングコースのリーフレットより引用紹介します。
「翁がロシアから無事に帰国した文化10(1823)年の10月、山高印の船旗をひるがえした
18隻の手船が、都志沖に勢揃いしました。若く夢多い少年時代の嘉兵衛の心には
このことあるを予期していたのでしょうか。『大きなったらこの沖に千石船を並べて見せる』と」
上の写真は都志川に架かる都橋の中央部の高田屋の千石船を描いたもの
高田屋の山高印が帆に描かれています。
都橋は都志大橋(最も海に近い橋)より1つ上流側に架かる橋です。
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