2019年2月24日、徳若の万代大澤醸造で西宮蔵開2019年のイベントが開催されていたので
西宮に出かけていました。
その時に訪れた場所を写真紹介していきます。
今回はその第11回で
西宮神社を取り上げます。
今回で最終回とします。
西宮散策シリーズの過去記事
西宮散策記 on 2019-2-24 その1 夙川公園
西宮散策記 on 2019-2-24 その2 西宮砲台
西宮散策記 on 2019-2-24 その3 西宮神社 境外末社 住吉神社
西宮散策記 on 2019-2-24 その4 洗戎川 旧水門の壁画 By 浜脇中学校美術部
西宮散策記 on 2019-2-24 その5 旧辰馬喜十郎住宅
西宮散策記 on 2019-2-24 その6 白鹿記念酒造博物館(主に酒蔵館)
西宮散策記 on 2019-2-24 その7 西宮蔵開2019 徳若
西宮散策記 on 2019-2-24 その8 白鷹禄水苑 蔵BAR
西宮散策記 on 2019-2-24 その9 白鷹禄水苑の展示室
西宮散策記 on 2019-2-24 その10 傀儡師故跡(くぐつしこせき)
えびす宮総本社 西宮神社の基本情報
住所:西宮市社家町1-17 TEL:0798-33-0321
御祭神:第一殿(東) 蛭子命(えびすのみこと)=蛭子(ひるこ)神 通称ゑびす大神
第二殿(中) 天照大神(あまてらすのおおかみ)
大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)
第三殿(西) 須佐之男大神(すさのおのおおかみ)
創建時期:不詳だが大治3年(1128)9月21日「南宮歌合」が現在地(門妙社)で
行われた記録があることから、この時代より前に創建されたと推察できる
えびす宮総本社 西宮神社の公式サイト:
https://nishinomiya-ebisu.com/
本殿・拝殿
上の4枚の写真は本殿・拝殿の遠景と近景
戦国時代に兵火による消失・再建を繰り返したが、
本殿・拝殿共に江戸幕府第4代将軍・徳川家綱公により寛文3年(1663)建立。
昭和20年(1945)8月5日の空襲で焼失。昭和36年(1961)に復旧。
この時、三連春日造で国宝に指定されていた本殿は木造で再建されたが、拝殿は構造
を変え鉄筋コンクリート銅板平屋建てに大きく変貌した。
平成7年(1995)1月17日の阪神淡路大震災で拝殿は異状なかったが本殿は大きく傾斜した。
拝殿下左右には、天保12年(1841)、八馬七兵衛等の奉納になる青銅製狛犬
及び明治32年(1899)白鷹酒造の辰馬悦叟氏志願奉納の青銅製の馬が夫々一対、有ります
上の写真に掲示のように当日(2019-2-24)の10時から天皇陛下在位30年を祝う
奉告祭が執り行われたようです。
境内略図と概要説明
上の写真は境内略図です。
出典:えびす宮総本社 西宮神社のリーフレット
上の写真は西宮神社の境内に掲示の境内図
上の写真は境内に掲示の由緒書き
上の写真は西宮神社の概要説明が書かれた現地説明板
「十日えびす」で有名な西宮神社。古来「戎の宮」と呼ばれた西宮神社は、福の神である
「えべっさん」の総本社として全国から崇敬を集めています。
主祭神は蛭子命(えびすのみこと)で蛭子命は伊弉諾(いざなぎのみこと)と
伊弉冉命(いざなみのみこと)との間に生まれた最初の神ですが、五体満足に生まれなかった
ために葦の舟に入れられ、おのころ島(淡路島といわれています)から流されてしまいます。
さらに和田岬の沖に出現します。和田岬には和田神社という古い神社が在り、和田神社の元の
神域は、現在地の西南800mの海岸の松林(今の三菱重工内)で「蛭子の森」と呼ばれていた。
神代の昔蛭子大神ご鎮座の場所を求めて淡路から本州に上陸された最初の地が和田岬で
蛭子大神が祀られた西攝津最古の聖地です。かって西宮神社の神輿が渡御されていたのも
このご縁によるものです。平成12年に9月挙行の西宮まつりで和田岬への渡御が復活した。
やがて、西宮浜(今津あたり)に漂着した蛭子命は、地元鳴尾村の漁師に拾われて育ち、
お祀りされていましたが、御神託により西の宮地に遷座されたのが起源と伝えられています。
古くより海運・商業そして漁業の神として厚く信仰されています。
創建時期は不詳だが大治3年(1128)9月21日「南宮歌合」が現在地(門妙社)で
行われた記録があることから、この時代より前に創建されたと推察できます。
鎌倉時代には、「十日えびす」の原型である居籠祭や御狩神事が行われており、室町時代には
七福神信仰の定着から「えびすさま=福の神」信仰の総本社として、西宮神社は益々栄えて
いきます。この繁栄には百太夫を始祖とする傀儡師の活動によるところが大きいと
考えられています。西宮神社の近辺には人形芝居の演者である傀儡師たちが多数住み着き、
神社の氏子として雑役奉仕に勤めていました。そんな彼らが各地を巡業してえべっさんの
神徳や縁起をもとにした演目を披露して戎の宮の神札を広めてまわった事で全国区の知名度
を誇る神社となりました。
表大門
上の3枚の写真は表大門(重文)
桃山時代(1573-1614)の建築 四脚門、切妻造、本瓦葺
重文指定年月日:1926.04.19(大正15.04.19)
上の写真は西宮神社表大門の現地説明板
大練塀(重文)
上の4枚の写真は西宮神社の大練塀と現地説明板
室町中期(1393-1466)の建造
重文指定年月日:1938.07.04(昭和13.07.04)
六英堂(旧岩倉邸)
上の5枚の写真は西宮神社の境内にある六英堂と現地説明板
当日は非公開で中を観覧することは出来ませんでした。
上の写真は「明治天皇御霊跡 六英堂」と書かれた石碑
神馬堂
西宮には馬氏。辰馬氏、葛馬氏、八馬氏、乙馬氏、六馬氏、小上馬氏など馬のつく
姓が多く見られ馬との関りが深い
祈祷殿
平成23年(2011)五十年毎の式年造替という嘉例に従いこれを記念して新築された。
青銅神馬の賛碑
上の2枚の写真は明治32年に奉納された青銅神馬の賛碑と現地説明板
冷泉為紀の歌碑
上の2枚の写真は冷泉為紀の歌碑と現地説明板
明治32年に辰馬家一統より奉納された拝殿前の青銅神馬の賛碑として詠まれた
手水舎
社務所
瑞寶橋
明治40年(1907)、白鷹初代の辰馬悦叟氏が奉納。二代目辰馬悦蔵氏が遺志をついで改修、
大正11年(1922)石橋青銅欄干の反橋が完成しました。
国の登録有形文化財(建造物)として平成25年(2013)3月29日に指定されました。
上の写真は現地説明板
伊勢神宮例拝所
松尾神社狛犬
上の2枚の写真は松尾神社狛犬と現地説明板
神池石垣寄進碑
境内の各神社
南宮神社
現在西宮神社の表門を入った正面左側に鎮座され一部土塀を巡らした立派なお社である。
西宮神社の境内にあるが広田神社の管轄となっています。
御祭神は豊玉姫神・大山咋神・厳島姫神・斎殿の四座
百太夫神社
上の2枚の写真は西宮神社の摂社「百大夫神社」と現地説明板
芸能の神様として芸能人の参拝者が多いようです。
上の写真は芸能上達を願う扇子
大国主西神社
元は阿弥陀堂という仏堂であったのを享保20年(1735)4月7日に神主の
吉井良行が大己貴命(おおなむらのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)
の二神を勧請。
愛宕神社
宇賀魂神社
市杵島神社
松尾神社
西宮神社の摂社は他にも多くありますがデジカメが電池切れで撮影できず。
この辺で筆を置きます。