2019年10月8日、姫路市の男山配水池公園を訪問し下記のブログを作成していましたが
同時に訪問していた千姫天幡宮や男山八幡宮、水尾神社についてはブログ記事にしていませんでした。
男山配水池公園から見た姫路城 on 2019-10-8 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)
そこで本日は千姫天満宮を取り上げます。
千姫天満宮の基本情報
住所:姫路市山野井町1−3(水尾神社) TEL: 079-291-1550(水尾神社)
主祭神:菅原道真
創建:元和9年(1623)3月 - 千姫(徳川家康の孫、豊臣秀頼正室)によって創建
所在地(水尾神社)のGoo地図を添付しておきます。
上の写真は千姫天満宮の扁額がかかった鳥居と千姫天満宮の拝殿
上の写真は千姫天満宮の遠景
Wikipediaによる千姫天満宮の解説(一部加筆)を引用紹介します。
千姫は天神(天満宮・菅原道真)を信仰しており天神の木像を祀っていた。1615年(慶長20年[2])の大坂夏の陣で豊臣秀頼が自害し千姫は寡婦となるが、その翌年、1616年(元和2年)には本多忠刻と再婚。1617年(元和3年)に忠刻が姫路に移封されると、千姫は本多家の繁栄を願い姫路の天門(乾・北西)の鎮めとするため1623年(元和9年)3月に男山に天満宮を建立し6枚の羽子板を奉納した。千姫が生活していた姫路城西の丸から拝礼出来るように東向きに造営されており、千姫は長局の廊下から拝礼していたと伝わる。
千姫が奉納した羽子板に肖って絵馬は羽子板の形になっており、麓(水尾神社)の店で販売している。また、切手を貼れば郵便物として郵送も可能。
学業成就の他、忠刻と千姫の夫婦仲の良さから恋愛成就の御利益もあるといわれている。
男山千姫天満宮は、姫路城の北西に位置し、姫路城を一望する男山の中腹にある小さな社で、本多忠刻と再婚した千姫が、本多家の繁栄を願って建立し、西の丸長局の廊下から朝夕遙拝したと言われています。城内から、遙拝できるよう東向きに造営されています。
平成14年(2002)4月に社殿が新築され、唐破風造りの流麗優美な姿に生まれ変わりました。
上の写真は尾張徳川家21代 徳川義宣の千姫天満宮の参拝記念碑。
上の写真は本殿
上の写真は手水桶
上の写真は撫で牛
上の2枚の写真は拝殿の内部
上の写真は第5回千姫フォーラム案内リーフレット(千姫顕彰会の主催)
最後に男山の麓にある水尾神社の境内に掲示の男山(標高57.5m)周辺の案内図を
添付して筆を置きます。
天満神社と表示しているのが千姫天満宮です。
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