半谷範一の「オレは大したことない奴」日記

B級自動車ライターのカオスな日常

古式銃のレストア、第一段階終了!。

2013-06-10 09:47:42 | 前装銃射撃、古式銃
向島のMさんの所にお願いしていた管打(パーカッション)式ライフル銃の整備、作業が完了したので、とりあえず我が家に送っていただきました。さすがに惚れ惚れするような仕上がりですね。最初の状態を知っている人なら、まさか同じ銃だとは思わないだろうなぁ(笑)。




これはリア・サイトの状態。起こしてみると3、4、5の数字が書かれ、さらにその上にもⅤノッチが刻まれています。初めて見たときには最長600m!かと思って驚きましたが、1800年代中頃の銃なので、単位はメートルではなく、歩幅を基準とした単位、ペース(Pace)かシュリット(Schritt)かもしれません。その場合だと最長で425~456m位ということになりますね。もちろんピンポイントで当てるというわけじゃなくて、その辺りに弾幕を張るという使い方なんだと思います。






これがいわゆる壬申刻印。明治15年に島根県で登録されてます。ストックの焼印をみると、その前に一度神奈川で登録されていることが分かりました。




こちらは作り直していただいたラムロッド。新たに資料が見つかったので、それを参考にオリジナルの形状に忠実に再現していただきました。




“FF” の刻印はウィーンのフェルディナンド・フリューヴィルトで製作されたことを表しています。銃床にも “FF”の焼印がありました。




この銃はブリーチチャンバー(ブリーチプラグ=尾栓側に薬室が一体化されている構造)を採用しているため、タング部分ではなくこの線の部分で分離します。ロックプレートの凹部と銃身側のニップルの周囲の形状が合っていないので、元々はチュープロックとして製作された銃をパーカッションロックにモディファイした物だと想像できます。色々調べてみた所、同じM1849でもこの部分にはいくつかのバリエーションがありました。




これはバレル・バンドの下に隠れていた部分。ここを見ると、元々の仕上げが白磨きだったということが良く分かります。銃身の裏側にも白磨きの状態が残っている部分がありました。ヨーロッパの軍用銃では1800年代後半になっても白磨き仕上げのものが珍しくなく、当時の絵画などを見ても、銃は黒ではなく白く描かれていたりします。




私にとっては古式銃であっても銃は射撃をするための道具という意識なので、機能がすべて復活した段階、つまりこれででレストアは完了です。しかし、義父は射撃をする方ではないので、やはりリビングにでも飾ったときに見栄えがする方が喜んでいただけることでしょう。というわけで、義父の所に届ける前に私がもう少しだけ磨いておくことにしました。バレルバンドは朽ち込みもほんのわずかなので、ちょっと磨いてあげれば見違えるようになってくれることでしょう。




トリガーガードは真鍮なので、現状では緑青で真黒。でも、ここも簡単にピカピカになるはず。



でもやはり最大の難関は銃身ですね。Mさんにうかがってみたところ、「現状のままの方が良いと思うけど……、もしもっと錆を落としたいというならワイヤー・ブラシで磨いてください。でも、もしオリジナルと同じ白磨きの状態にまで仕上げようと思ったら凄く大変だよ。恐らくブラシを5本位使うことになるんじゃないかな?」とのこと。ウ~ム、果たしてどこまでできるかな?。

※注意
古式銃は文化財であり、その修理、修復の範囲に関しては、1989年に文化庁(文化財保護委員会)との間で取り決められた厳格なガイドラインがございます。古式銃のレストア等を行う場合には、決してその範囲を逸脱しないように、くれぐれもご注意下さい。

(つづく)

(2013年08月16日 追記)
その後、この銃に関して色々調べてみたところ、次のようなことが判明しました。

1854年のローレンツ・ライフルの登場後、この銃は一気に旧式化したために、余剰兵器として保管されていました。ところが1860年代に入り、南北戦争の勃発で武器が不足したアメリカでは、ヨーロッパからも沢山の銃を輸入することになり、この銃もユニオン(=北軍)に買い取られることになりました。その数は26291挺という記録が残っています。

しかし、さすがに旧式なチューブロックのままでは使い物にならないので、パーカッションに改造してから輸出されることになりました。改造方法は様々で、ブリーチやロックプレートごとパーカッション仕様に交換した銃もあれば、この銃のように一部を加工してパーカッションに改造した銃もありました。その改造はオーストリアのみならず、様々な国で行われました。この銃に施されている改造は、通称 “ベルジャン・タイプ” と呼ばれているもので、その名の通りベルギー、リエージュの工房で改造された銃に特有の物です。

大体予想はしていましたが、やはりオーストリアからではなく、幕末にアメリカ経由で入ってきた銃であることは間違いありませんね。それにしても、イタリアに行ったり、ベルギーに行ったり、数奇な運命をたどっているなぁ……


(2013年10月29日 追記)
イタリアのアの友人からの情報で、リアサイトの数字がやはりメートルではないことが判明しました。100=約75mで換算するとのことなので、やはりシュリットなのかな?。サイトの使い方も教えていただいたので、機会があったら紹介しようと思います。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
いいねー (夏丸)
2013-06-10 16:36:20
ぜひ一度拝見したいものです。私のろくでもない代物とはわけが違いますね。
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正直な銃でした。 (半谷)
2013-06-10 18:58:47
夏丸様

管打ち式は大半が後から手が入ってしまっているので、このような状態の物は少ないですね。

残念ながら私の物ではありませんし、近日中に義父の所に届ける予定になっているので、お見せできるチャンスはなさそうです。残念!。

半谷
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