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総合・各国史 ★★★ イランの歴史

2019-04-23 | 入試問題+ゴロ合わせ

 2006 早稲田大学・教育

【問】以下の文を読み,設問1,2に答えなさい。

 642年の( A )の戦いでアラブ人がササン朝ぺルシアを破り、イランのイスラーム化は始まった。(1)9世紀に入り、アッバース朝が弱体化し,地方政権が次々に自立し始める,イラン東部から中央アジアにかけてはイラン系の(2)サーマーン朝が,続いて,イラン西北部にはイラン系のブワイフ朝がおこった。ブワイフ朝は,(3)946年にバグダードに入城し,カリフからイスラーム法を施行する権限をあたえられた。11世紀前半には,トルコ系遊牧民が中央アジアからイラン高原に入り,セルジューク朝が成立した。その最盛期の宰相(4).ニザーム=アルムルクはイラン系であり,(5).

ニザーミーヤ学院を各地に開きスンナ派復興につとめた。(6).セルジューク朝の支配下では,イラン系の知識人が活躍した。  その後,モンゴルの(7)イル=ハン国などの支配を経た後,カスピ海南西岸からおこった(8).シーア派の神秘主義教団の長が1501年サフアヴィ一朝を開いた。この王朝は(9).シーア派を国教とし,(10).アッバース1世の時に最盛期をむかえた。サファヴィー朝は18世紀初頭,アフガン人に首都を占領されて滅びた。その後いくつかのトルコ系王朝の支配を経た後,イラン人の軍人( B )がクーデタでパフレヴィー朝を開き,1935年に国名をイランとした。

設問1
 空欄( A )・( B )に入る最も適切な語を記入しなさい。
設問2
 下線部(1)~(10)に関する問いについて,最も適切な解答をa~eの中から一つ選び,その記号をマークしなさい。
(1)
アッバース朝からこの時期自立したエジプトの王朝は次のどれか。

a.イドリース朝   b.サッファール朝  c.トウールーン朝   d.マムルーク朝
e.ムワッヒド朝

(2)
900年以後のサーマーン朝の都は次のどれか。

a.イスファハーン  b.カシュガル    c.カーブル      d.ニーシャープール
e.ブハラ

(3)
この時カリフから授かった称号は次のどれか。

a.イマーム     b.シャー      c.スルタン      d.大アミール
e.ハン


(4) 彼について述べた次の文のうち誤りを含むものはどれか。

a.イクター制を整備した。
b.イスマーイール派に暗殺された。
c.「イマームのモスク」を建てた。
d.『統治の書』を著した。
e.マリク=シャーに仕えた。

(5)
ここで教授をつとめたイラン系神学者は次のだれか。

a.ガザーリー    b.タバリー     c.フィルドゥシー   d.マンスール
e.ラシード=ア(ウ)ッティーン

(6)
セルジューク期のイラン系詩人オマル=ハイヤームの代表作は次のどれか。

a.『西東詩集』   b.『シャー=ナーメ』  c.『シヤクンタラー』  d.『千夜一夜物語』
e.『ルバイヤート』


(7)イル=ハン国に関して述べた次の文のうち誤りを含むものはどれか。

a.ガザン=ハンはイスラーム教を国教とした。
b.『集史』が編纂された。
c.タブリーズやスルターニーヤなどを都とした。
d.チンギス=ハンの末子フラグが建国者である。
e.『東方見聞録』によると,マルコ=ポーロが立ち寄った。


(8) この長は次のだれか。

a.イスマーイール1世   b.セリム1世    c.トゥグリル=ベク   d.ナーナク
e.バーブル

(9)
シーア派の一派イスマーイール派の政権は次のどれか。

a.アッバース朝     b.オスマン朝    c.サーマーン朝     d.ファーティマ朝
e.ムラービト朝

(10)
彼がポルトガルから取り戻した地は次のどれか。

a.アゼルバイジャン   b.アデン      c.シナイ半島      d.ディウ
e.ホルムズ島

 
 

解 答 

設問1 ニハーヴァンド レザー=ハーン
設問2 10

※別解: 設問1 A:ネハーヴァンド   B:レザー=シャー  

解 説: 

設問1 A .

642年 ニハーヴァンドの戦い:ヤズデギルド3世 ウマル率いるアラブ軍に敗れる (651年滅亡)。

 

無用になるや 惨い死さ。

 

642年 ウマル ヤズデギルド3世 二ハーヴァンドの戦い 651年 ササン朝ペルシア

 

B.1925年 パフレヴィ―朝の成立。

 

特に号令パーフェクト。

 

1925 レザーハーン イランパフレヴィ―朝

 

設問2
(1)8~9世紀、アッバース朝の衰退に乗じていくつかの地方政権が成立した。イランではb.サッファール朝、ついでサーマーン朝(トルキスタンを支配)が成立、エジプトではc.トゥールーン朝、モロッコではa.イドリース朝が成立した。d、eは時期が該当しない。

788年   イドリース1世、モロッコに初のシーア派王朝イドリース朝を建国。

名、幅利かし もろ挑む。

788年   シーア派 モロッコ  イドリース朝

867年    イラン系最初のイスラム王朝、サッファール朝成立。 

やろうなイラン サッファール。

867年イランサッファール朝

868年   アッバース朝のエジプト総督(アミール)イブン・トゥールーンが自立してトゥール―ン朝を建国(~905)。

やろうや暮れごろ 獲る餌食。

868年~905年 トゥールーン朝 エジプト

(2)
ブハラは現在ウズベキスタンにある古都。サーマーン朝の始祖サーマーンの墓がある。
(3)
遊牧系・イスラーム系の国家では各種称号が重要。aはシーア派における宗教上の最高指導者のこと。bはイランでの王の称号。サファヴィー朝で使用。なおムガル帝国でも用いられた。cはセルジューク朝にはじまり、後にイスラーム圏各地に広がった王の称号。オスマン王国のスルタンはカリフを兼ねた。d大アミールはブワイフ朝だが、アミールはアッバース朝時代から提督の意味で用いられていた。
(4)
c「イマームのモスク」はサファヴィー朝の都イスファハーンにアッバース1世が建造した大モスク。他はすべてニザーム=アルムルクに関することがらとして正しい。
(5)
dをのぞきいずれもイラン系神学者なので間違いやすい。aはニザーミーヤ学院教授の地位を投げ打って諸国を巡礼し、神秘主義信仰を理論化した。〈ザー〉を意識。bのタバリーは9~10世紀にアッバース朝時代のバグダードで活躍した歴史家。〈〉〈リーcはイランの民族詩人で『シャーナーメ(王の書)』を著した〈ウ〉〈シ〉。dはアッバース朝カリフでバグダードを建設した人物。eはイル=ハン国に仕え、モンゴル帝国の歴史である『集史』を著した。

(7) dのフラグはチンギス=ハンの末子トゥルイの子なので誤り。cスルターニーヤは用語集に頻度1で見えている。いかにも早稲田らしい、引っかけ問題。
ソルターニーイェ現代ペルシア語 سلطانيه Solṭānīye、前近代の近世ペルシア語・アラビア語ではスルターニーヤ Sulṭānīya )は、イルハン朝第8代君主オルジェイトゥの命によって建設された都市遺跡である。テヘランの北西240kmのザンジャーン州東部にあり、かつて14世紀には、フレグ・ウルスの都であった。ソルターニーヤ(スルターニーヤ)とはアラビア語で「スルターンに関わるもの」の意味し、このスルターンとはオルジェイトゥ(・スルターン・ムハンマド・フダーバンダ)のことであり、スルターンの御座所、すなわち首都ほどの意味になる。2005年ユネスコ世界遺産に登録された。

(9)ファーティマ朝〈イ〉〈マ〉。

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