世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

自分の世界は?

2013年10月06日 | 人生
自分を取り巻く世界の大きさはどれだけ?


それは行道範囲でほぼ決まる。

毎日行き来する家と職場。

仕事が終わって帰宅までに立ち寄る場所。


行きつけの居酒屋であったり、

習い事のサークルであったりするかも。


直帰型は家族との団欒を楽しむか、

ひとりの時間を大切に趣味に打ち込む。


オフの日の過ごし方も様々だ。

遠出を常とする人もあれば、

近場でお茶を濁す人もあろう。



また、行動範囲が狭くても、

読書や映像によって自分の空想の世界を広く持っている人もいよう。


頭の中の行動範囲も捨てたものではない。




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この一年を振り返り、自分の行動した地点を線で結んでみよう。


地域の地図だけで収まる人。

九州、日本地図の隅っこまで線が伸びる人。


世界地図を引っ張り出して数本の線を長く引くく人。


長くとどまる地点が2箇所3箇所と増える場合もあろう。



今年のボクは、

熊本市内を中心に、阿蘇(西原村)との週一移動を繰り返す。


そして福岡から台北を経由してハノイへと数本の線が重なる。


ハノイから、べトナム国内移動の線が2本、

マレイシアのクアラルンプールまでが一本。


フィリピンのマニラまでが2本。


そして今年の〆は、ソウルから今年4度目のハノイとなり、


そこから新たな線がシンガポールまで伸びる予定だ。




一年を通じてハノイの滞在日数は一ヶ月を優に超える。

今や第二の故郷的な居場所になってしまった。


たしかに水が合うというか、空気が和むといちうか。

それは必ずしも綺麗を意味しない。


むしろ反対に、濁ったところが妙に落ち着くといった感覚に似る。


透けて見える自分の姿より、

どこか薄汚れて消えてしまいそうな自分が好きだ。



その移動と滞在地点でどれだけの人と出会い、

どれだけの人と別れたか。


今年は今まで大きな別れが二つあった。

そのどちらも大きな痛手となってボクの心に突き刺さる。



出会いの数はそれより多いが、

新たな人間関係を構築するにあ長い時間を有する、


別れが一瞬であるのと対照的だ。


その中で、腐れ縁と言える関係も続いている。


友の数は少なくとも、その長さは長いほうがいい。

浅く広くがご時世の世の中。


いかに永遠の友を得るかがその人の人と成りを決めるといって過言ではないだろう。


時に友遠方より来たる。

十数年ぶりの再会もあった。


また楽しからずや。




人生は一生涯に移動した距離と、

出会った人数によって意義や深みが決まることが多い。


一生を井の中で暮らす蛙でいるの、

大海の遊魚のように一期一会を繰り返すのか。



どちらが良いとか悪いとかいうわけではない。


狭くとも深い、浅くて広いといった区別も当てはまらない。

広く深く長くが理想なのかもしれないが。




【補足】


衣替えとともに、

人替えも起きる。


時にポーカーの総替えという手を使うのも

人生の選択の一つの手であろう。


いつまでも握り占めているカードに見切りをつけ、

柵(しがらみ)を断つ。


強い決断が要求される。


それには、

手持ちのカードの数に変わりがないことがミソなのだが。
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10月5日(土)のつぶやき

2013年10月06日 | 音楽
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