なかなか思い通りにはいかない。
だけど、思った通りにはなる。
それが人生だ。(C'est la vie)
風邪気味だったので、昨夜は珍しく早く寝てしまった。
汗グッショリで目が覚めたのは午前2時だった。
疲れも今までになく溜まっている。
ピンチの時、やけくそにならないで
冷静に次の手を考える。
何度も書いたように、フリートークのゆくへを模索していた。
そこに救世主(?)が現れた。
これもギフトであろう。
だが、同じ轍は踏みたくない。
あくまでも新しいやり方でまた一から経営を立て直していくことになる。
まだ本契約にはいたっていないが、
アメリカ人男性がマネージャーになるだろう。
今までとは違ったフリートークになることは間違いない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人に利を与えて、自由を得る。
別の誰かを幸せにするために、ボクはあくまでもフリーでいなければならない。
日常の煩雑さに追われて自分を見失いたくない。
ただ、自由であるために、忙(せわ)しないのかもしれない。
身勝手な言い訳と取られても仕方がない。
欲しいもの(人もモノも)を得ることで豊かになる道より、
柵(しがらみ)を捨てることで自由を勝ち取る道を選ぶ。
飼い犬より、野良犬に憧れる。
自由の代償はとてつもなく大きいのだ。
朝晩もめっきり冷え込むようになった。
そんな折、ボクの広島の友人が「山頭火」について書いている。
言わずと知れた「種田山頭火」だ。
友人は言う。
「山頭火」は生きることが下手などちらかと言えば破滅型の酒好きな放浪の俳人です、と。
「ほろほろ酔うてこのはふる
まっすぐな道でさびしい
悔いる心の曼珠沙華燃ゆ
うしろすがたのしぐれていくか
捨てきれない荷物の重さまへうしろ」
山頭火は、自らが酒に酔っていく過程を次のように表現している。
「まず、ほろほろ、それからふらふら、
そしてぐでぐで、ごろごろ、ぼろぼろ、どろどろ」というように。
そしてその「ほろほろ」状態で秋の林の中を歩いていくと、
落ち葉もほろほろと軽い音を立てて笠の上にふりかかってくる。
風の中に揺れながら落ちてくる葉と、
のたりのたりと歩いている自分が段々同一化されていく。
そして風景の中に、山頭火も落ち葉も溶け込んでゆくのだ。
彼は、行乞の中で貰い貯めた「浄財」をあらかた飲んでしまう。
だがこのような句に昇華させてしまうことで読者は彼を許してしまう。
山頭火は熊本にもゆかりが深い。
熊本市下通町一丁目にて古書店「雅楽多書房」を開業したが、
経営は軌道に乗らず、間もなく額縁店「雅楽多」として再出発。
熊本での生活では常に空虚感や欠落感が付き纏い、
山頭火をより一層酒に向かわせることになる。
酒に酔い、路面電車を止めたことでも有名。
その後、熊本市内の報恩禅寺(千体佛)住職・望月義庵に預けられ寺男となり、
1925年に市内の曹洞宗報恩寺で出家得度して耕畝(こうほ)と改名する。
だがその後寺を出て雲水姿で西日本を中心に旅し句作を行い、
多くの名句を残した。
自由律俳句のもっとも著名な俳人の一人である。
彼は西日本を中心に旅をし、、また東北へも足を伸ばした。
ボクは、酒はホロホロ程度だが、
「世界を放浪するフリーランス・ブロガー」と呼ばれる日も近いだろう。
あるいは、
多くの事業を営みながら、「世界を旅するスーパーノマド」の道をたどるかも。
いずれにせよ、今、そのお膳立てが着々と進行している。
人生は、心に浮かび、頭に描き、行動に移せば
そして諦めなければ必然的に思った通りにいくものなのだ。
それもまた、「ジ・ン・セ・イ」
だけど、思った通りにはなる。
それが人生だ。(C'est la vie)
風邪気味だったので、昨夜は珍しく早く寝てしまった。
汗グッショリで目が覚めたのは午前2時だった。
疲れも今までになく溜まっている。
ピンチの時、やけくそにならないで
冷静に次の手を考える。
何度も書いたように、フリートークのゆくへを模索していた。
そこに救世主(?)が現れた。
これもギフトであろう。
だが、同じ轍は踏みたくない。
あくまでも新しいやり方でまた一から経営を立て直していくことになる。
まだ本契約にはいたっていないが、
アメリカ人男性がマネージャーになるだろう。
今までとは違ったフリートークになることは間違いない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人に利を与えて、自由を得る。
別の誰かを幸せにするために、ボクはあくまでもフリーでいなければならない。
日常の煩雑さに追われて自分を見失いたくない。
ただ、自由であるために、忙(せわ)しないのかもしれない。
身勝手な言い訳と取られても仕方がない。
欲しいもの(人もモノも)を得ることで豊かになる道より、
柵(しがらみ)を捨てることで自由を勝ち取る道を選ぶ。
飼い犬より、野良犬に憧れる。
自由の代償はとてつもなく大きいのだ。
朝晩もめっきり冷え込むようになった。
そんな折、ボクの広島の友人が「山頭火」について書いている。
言わずと知れた「種田山頭火」だ。
友人は言う。
「山頭火」は生きることが下手などちらかと言えば破滅型の酒好きな放浪の俳人です、と。
「ほろほろ酔うてこのはふる
まっすぐな道でさびしい
悔いる心の曼珠沙華燃ゆ
うしろすがたのしぐれていくか
捨てきれない荷物の重さまへうしろ」
山頭火は、自らが酒に酔っていく過程を次のように表現している。
「まず、ほろほろ、それからふらふら、
そしてぐでぐで、ごろごろ、ぼろぼろ、どろどろ」というように。
そしてその「ほろほろ」状態で秋の林の中を歩いていくと、
落ち葉もほろほろと軽い音を立てて笠の上にふりかかってくる。
風の中に揺れながら落ちてくる葉と、
のたりのたりと歩いている自分が段々同一化されていく。
そして風景の中に、山頭火も落ち葉も溶け込んでゆくのだ。
彼は、行乞の中で貰い貯めた「浄財」をあらかた飲んでしまう。
だがこのような句に昇華させてしまうことで読者は彼を許してしまう。
山頭火は熊本にもゆかりが深い。
熊本市下通町一丁目にて古書店「雅楽多書房」を開業したが、
経営は軌道に乗らず、間もなく額縁店「雅楽多」として再出発。
熊本での生活では常に空虚感や欠落感が付き纏い、
山頭火をより一層酒に向かわせることになる。
酒に酔い、路面電車を止めたことでも有名。
その後、熊本市内の報恩禅寺(千体佛)住職・望月義庵に預けられ寺男となり、
1925年に市内の曹洞宗報恩寺で出家得度して耕畝(こうほ)と改名する。
だがその後寺を出て雲水姿で西日本を中心に旅し句作を行い、
多くの名句を残した。
自由律俳句のもっとも著名な俳人の一人である。
彼は西日本を中心に旅をし、、また東北へも足を伸ばした。
ボクは、酒はホロホロ程度だが、
「世界を放浪するフリーランス・ブロガー」と呼ばれる日も近いだろう。
あるいは、
多くの事業を営みながら、「世界を旅するスーパーノマド」の道をたどるかも。
いずれにせよ、今、そのお膳立てが着々と進行している。
人生は、心に浮かび、頭に描き、行動に移せば
そして諦めなければ必然的に思った通りにいくものなのだ。
それもまた、「ジ・ン・セ・イ」