【現代思想とジャーナリスト精神】

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<参院選ルポ>性被害の痛み、政治に反映を 苦しみ続けた葛藤を歌うシンガー

2019-07-14 08:44:50 | 転載

2019年7月13日 東京新聞朝刊
写真:抱えてきた心の苦しみや葛藤を歌に込める志万田さをりさん=東京都国立市で(本人提供)


 「イメージしよう その痛みが 認められる世界」「君は何も悪くない もう一人じゃない」。学校の部室のような雑然としたステージで、心地よいギターの音色にパワフルな歌声が重なる。東京都国立市のJR南武線谷保駅近くのライブスペース。シンガー・ソングライターの志万田(しまだ)さをりさん(32)はときどき、このステージに立ち、抱えてきた心の苦しみや葛藤を歌に込める。

 小学五年の頃から友達と連れだって動くのが嫌になり、一人でいることが増えた。「なんでこんなに生きづらいんだろう」。いつも心がモヤモヤした。思春期は常に焦燥感に駆られ、心臓の鼓動が速くなったり、吐き気がしたりするパニック発作を起こした。理由は分からなかった。

 「おっぱいも搾ってよ」。二十歳だった大学二年の頃、アルバイト先の居酒屋で生搾りグレープフルーツサワーを持っていくと、客の男性にからかわれた。動揺が収まらず、抑うつ状態が数日続いた後、記憶が突然よみがえるフラッシュバックが起きた。

 三歳のころ、三つ上の兄と公園で遊んでいたときの記憶だ。ボールを壁に投げる兄をネット越しに見ていると、後ろに立っていた見知らぬ男に抱きかかえられた。男はズボンを下ろし、性器をおなかにこすり付けてきた。

 忘れていたはずなのに、生々しい記憶とともに、あの現場にいるような感覚に襲われた。食事がのどを通らなくなり、体重が五キロ落ちた。夜も眠れず、大学二年の後期は不登校となり、翌年は休学。二十三歳まで薬を飲み続けた。

 悩み続け、足を運んだのが、二〇一七年九月に開かれた一般社団法人「Spring(スプリング)」の発足集会。実父に七年にわたり性的暴行を受けたと告白した山本潤さん(45)らが立ち上げた。志万田さんはスタッフとして加わり、情報発信や国政への陳情などに携わるようになった。

 この年の七月、性犯罪に関する刑法の規定が百十年ぶりに改正され、強盗よりも軽かった強姦(ごうかん)罪の法定刑引き上げなどが実現した。だが、暴力や脅しなどが伴うことを罪の成立条件とする「暴行・脅迫要件」が残った。幼少時の性被害の時効の延長や廃止、夫婦間の性暴力を犯罪に当たると明記することは見送られた。

 「性被害によるトラウマ(心的外傷)は長期にわたり、その後の人生に影響を与える。選挙で選ばれる政治家には、性犯罪の実態に見合った刑法改正はもちろん、被害の大きさを広く伝える教育制度をつくってほしい」と志万田さん。

 三月には十九歳の娘をレイプしたとして起訴された父親が無罪となるなど、性犯罪で四件の無罪判決が続いた。衝撃を受けた女性たちが東京、名古屋など各地で抗議の「フラワーデモ」を続け、男性も参加するなど、性被害について声を上げる動きが広がっている。

 志万田さんは政治も社会も、一人一人の思いが積み重なっていくことで変わると考える。「同じ被害や心の傷をこれからの子どもたちが負うことのないよう、性暴力被害者の声をすくい上げ、政治にきちんと反映できる政治家が出てきてほしい」 (望月衣塑子)

<性犯罪を巡る刑法改正> 明治以来110年ぶりに、2017年7月改正。強姦(ごうかん)罪の法定刑の下限が引き上げられたが、被害者が性交に同意していないことだけでなく、相手からの「暴行または脅迫」によって抵抗できなかったことを証明しなければならない要件などは残された。被害者団体などはさらなる改正を求めて6月、法務省に4万5000筆超のインターネット署名を提出。法務省は1月から始めた被害の実態調査の結果を20年3月ごろまでにまとめ、性犯罪に関する規定を見直すかどうかを検討する。