【現代思想とジャーナリスト精神】

価値判断の基軸は自らが判断し思考し実践することの主体であるか否かであると考えております。

  鈴木正『戦後精神の探訪』を読む          櫻井 智志

2018-12-30 23:09:18 | 書評
 思想史家鈴木正の労作である。『書評拾集 日本近現代思想の諸相』『月日拾集 日本近現代思想の群像』につぐ戦後日本における思想史の探究である。
 誠実な実践家であった鈴木は、肺結核に罹患してやむなき静養につとめる。唯物論研究会と思想の科学研究会の研究会に所属して、今までに思想家論に力点を置き、社会思想史の研鑽に努めてきた。
 私が氏の存在に着目したのは、「岩田義道論」や、古在由重とご本人との対談など数回に及ぶ労作を掲載した季刊『現代と思想』においてである。この季刊雑誌は、一九七〇年から十年間にわたって青木書店から、江口十四一編集長のもとに刊行され続けた思想哲学雑誌である。統一戦線の思想的基盤を形成することをめざして編集された。一九七〇年代の革新運動の知的思想的母胎のひとつとよんでも大げさではない。そこで鈴木正の言論に感銘を受けて、以降氏の著作を店頭などで見つめると必ずといっていいくらいに購読したり図書館で借りたりして読み続けてきた。

 本書は二〇〇五年三月が初版である。副題として「日本が凝り固まらないために」と記されている。歴史、人物、思想の三章から成立している。そのいずれも独創的な着眼点から思想を見つめ、堅苦しくない語り口の文体で、新鮮な思想史学を読者に提供している。中でも私には、第二章の「人物」編が強く印象に残った。
 第二章で取り上げられている人物は、のべ二十人。「思想の科学研究会」における最良の方法論を駆使して、著名な思想家に偏らず、草の根の無名な人々に着目している。我が国の民衆史において継承するに値する真価を腑分けしてる。読み進むにつれてひきこまれてゆく。
 梅本克己、芝田進午、古在由重、尾崎秀實、小林トミ、中江兆民研究者、安藤昌益研究者、白鳥邦夫、栗木安延、石堂清倫、家永三郎、藤田省三、土方和雄、江口圭一、高畠通敏などの広範で多岐にわたる人物についての叙述は、鈴木正ならではのものである。
 中には、日本共産党の側にいるひと、日本共産党から追われたひとなどひとつの視点から見たら、相反するように見える人物選択には、鈴木の政治と思想に対する生き方と着眼点の見事さをうかがい知ることができる。誰でもなんでもよしとする、というのではない。同時代にどのように生きていたかの人間的な姿のありようを見極めて、多面的な人間像として把握するとともに、その矛盾や実態についてしっかりと見極めている。
 古在由重は、核廃絶問題に取り組み、原水禁と原水協との統一行動における大衆運動の実践をめぐり、日本共産党と対立した結果、除籍された。芝田進午は、胆管がんでご逝去されて偲ぶ会の席上、友人代表として挨拶に立った上田耕一郎から永年党員と賞賛された。日本共産党からすれば、一方は好ましい存在として、他方は党の方針と異なる行動をとった存在として、両者は百八十度異なる価値付けをされるかも知れない。
 だが、芝田は古在由重を戸坂潤とともに、戦前に独創的な世界レベルの唯物論哲学を築き上げた実践的唯物論者として尊敬していた。
 鈴木正は、古在由重が戦時中に日本共産党員がすべて獄中につながれ、党が壊滅した後で、京浜地域の工場労働者たちの秘密学習会のチューターとして、実質的な党活動を行ったことを紹介している。同時に、中国共産党が日本からの侵略下で、激しい弾圧に対して「偽装転向」として転向上申書を書いて獄中から出て、即刻反戦活動を行ったことを述べている。その偽装転向は、中国共産党の政治的高等戦略として、中央指導部からだされた極秘方針として広く浸透していった。古在由重は、二度転向の上申書を提出している。ところが獄から出て、古在は即刻コミンテルンのスパイとして逮捕されていた尾崎秀實を釈放するために、弁護士を探すことに奔走し、弁護士を探し出すことに成功した。結果は、尾崎秀實は釈放されることはあたわずに、日本人共産主義者として唯一死刑に処された。鈴木正は、古在の実質的な抵抗としての反戦党活動の意義を、戦時下の中国共産党の戦略と照らし合わせて意義を讃えている。
 また芝田進午についても、「私にとって芝田さんはフェアで寛容な人だった。」という書き出しで始まり、「小宮山量平氏(元理論社会長)がいう左翼に多い”分裂体質”とはちがった芝田さんのありし日の面影を偲びながら、つくづくもっと生きて活躍してほしかったと思う。」と結んでいる。小宮山量平は、つい最近2012年4月13日に95才の長寿ながら老衰でご逝去された。鈴木正は、本書では直接論じてはいないけれど、小宮山量平の「統一体質」という思想の気風で共通するものをお互いに感じている。鈴木と渡辺雅男と二人で小宮山から聴き取る対談集を『戦後精神の行くえ』(こぶし書房刊)として出版している。小宮山量平については、いずれ機会を改めてその比類なき文化形成の労作ぶりについて検証したい。
 梅本克己は主体的唯物論として、石堂清倫は構造改革派として、藤田省三も政治思想的問題でそれぞれ日本共産党からは除名や除籍されている。鈴木正は、この三者をレッテル貼りで済ますようなことはしない。とくに石堂清倫は、グラムシを日本に紹介した先駆者である。いわゆる運動戦に対置して陣地戦をグラムシは提起して、先進的資本主義国での革命の論理を提起した石堂の卓越さを、惜しむことなく讃える。そして、石堂清倫と同郷で先輩の中野重治をも視野に入れて論じている。藤田省三についても、丸山眞男の政治学を継承した政治思想史の碩学として、藤田の学問的人間的豊かさを描き出している。 
 戦後直後に「主体性論争」の一方となる梅本克己についても、「戦後活躍した哲学者の中でも最も好きな一人である」と述べて、懐かしく梅本の、大衆につながる日常感覚の確かさと民族・日本人への深い関心の二点を特筆している。主体性論については、先に挙げた小宮山量平が、戦後直後に理論社から『季刊理論』を出版して、初期の黒田貫一をいちはやく逸材として発掘して、表現の場を与えている。黒田は、日本共産党と袂をわかち、革命的共産主義者同盟を組織して、革共同が分裂してからはいわゆる革マル派の理論的指導者として注目された。小宮山は日本共産党とも革共同とも無縁であったが、党派にとらわれず、納得したり共鳴したりする点では広く胸襟を開いて対話を行っている。その思想的体質は、小宮山量平と鈴木正とに著しく共通する点で、後の世代が継承するべき大切な事柄と考える。

 鈴木をしてこのように戦後史における知識人を、近現代思想史上に位置づけて的確に把握させている基盤や原動力はなになのか?そのことが第一章の「歴史」、第三章の「思想」を読むと、はっきりとわかる。鈴木は、名も無き民衆の生活知と賢い理性とを大切にしている。そのことが、歴史上の無名な民衆や歴史の奥底で眠る重要な存在を発掘している。
 「アテルイを知っていますか」という第一章の節では、桓武天皇の命を承けて東北地域「制圧」のために派遣された坂上田村麻呂によって滅ぼされた側の蝦夷の大将アテルイについて言い及んでいる。この節を読むと、歴史をどう見るかということを単眼でなく、複眼で見ることの鈴木の視座が明晰に伝わってくる。この見識も、2000年に京都清水寺の境内の墓碑の発見から始まっている。何気ない事物を虚心坦懐に見つめ、そこから思想史学を構築してきた鈴木の学問的方法論に、氏が青年の頃から学んできた思想の科学研究会での新たな学問的アプローチが体現されている。限られた紙数では語り尽くせない氏の、戦後史に題材をとった豊かな学問的発掘が本書には展開されている。
 副題の「日本が凝り固まらないために」が同時に副題とされている第一章中の「敗走の訓練と散沙の民」という文章が象徴的である。森毅が、朝日新聞の対談記事で、
「昔の軍事教練で、敗走の訓練を覚えてます。隊列を組むな、バラバラで逃げろといわれた。・・・・・固まって逃げたら一斉にやられる。今、経済は『第二の敗戦』といわれてるでしょ。そんな時、みんな一緒のことやってたら、終わりです。」と述べていることに思いを寄せる。鈴木は、こうも述べている。
「メールをすぐ送るとか、ワープロで打った習作か草稿程度の文章を他人(ひと)に見せるとか、近ごろははき出すことが多すぎてどうも念慮が足りない。どうせ大した調査研究でないから、あとで盗作や剽窃といった心配も一向にないらしい。じっと息を懲らさないと表現は彫琢できないのに。携帯電話も同じで、ゆっくりする時間を奪う。ある友人は、恋人の間ではケイタイは監視機能を果たす凶器だ、とくさしていた」。
 この節には、じっくりと考え、思想を熟成するような営みを軽んじて、電脳「文化」によって文化がculture「耕される」ものではなく、多機能映像機器の駆使としてしか扱われていない文明論的危機の表明が提起されている。さらに、孫文が中国の民衆を「散沙の民」と称したことと絡めての重要な指摘がなされている。こちらは直接これから読書なされるかたのために省略する。

本書に収められた鈴木正の論文は、名古屋哲学研究会の機関誌『哲学と現代』や労働運動の機関誌『人民の力』に執筆した論文が多い。名古屋をはじめとする中京文化圏は、名古屋大学哲学科の古在由重、真下信一や日本福祉大学の嶋田豊、福田静夫など有数の哲学者の足跡がある。法学の長谷川正安、社会学の本田喜代治、政治学の田口富久治などの学者の名が思い浮かぶ。唯物論研究協会に結集する哲学者の中にいる鈴木は、同時に鶴見俊輔や久野収などの思想の科学研究会でも今も研究を続けていらっしゃる。二つのフィールドが鈴木の学問をいっそう広く深いものとしている。
 叙述の方法としては、鈴木は、歴史や人物に依拠しながら、思想について思想家を通じて論じている。何回か読む内にはっとした。叙述は読者が読みやすいような語り口となっ
ている。しかし、研究の方法としては、かなり構造的な範疇と歴史性とを踏まえて研究を進められていらっしゃる。そのことは、第一章の歴史編を読み、論じられている内容に注意すると見えてくる。その点を明確にしたいと考えたが、評者の力に余る作業なので中途で挫折した。いくつか事例をあげることで代えたい。
 たとえば、「日中友好に尽くした人々」は、副題として「政治家、学者、芸能人から無名な一市民に至るまで」と書かれている。日中友好という歴史的事業がどのような担われ方をしたか、その主体と運動に着眼した構想をを示す典型と思う。また、「老人よ 哲学に戻れ」や「『愛』『反戦』の背後にあるもの それは人間」「孤高を嫌う現代人」などのタイトルに、主題と着眼点、思想史学の方法などが明晰に示されている。

 最後にひとつ。第一章「歴史」の中の『「愛」「反戦」の背後にあるもの それは人間』の節である。著者は、最後をこう結んでいる。
「愛の神エロスと人間男女間の好色的(エロティック)な愛の境界線を引き離してはいけない。それが平和を愛する人間の知恵である。」と。
 真面目である人、潔癖な正義感のもち主が、通俗のなかの光るものまで卑属とさげすみ、汚れると感じて、根っからそういうものをバカにして目も向けないとしたら、それは独善となってさまざまな多くの人と協力して戦争反対の実をとることはできない、鈴木はそう主張する。その主張には私は賛成する。たとえば休刊となった月刊『噂の真相』の健闘がある。編集者・作家の岡留安則は、いまは沖縄に住んでジャーナリスト活動をしている。その岡留が送り出した『噂の真相』は、一方ではスキャンダルやエロティックな記事も共存していた。スキャンダル記事は、当時の自民党政治家など権力者を撃った。本多勝一氏とは裁判にいたるなどさいごは犬猿の仲となったが、同じ週刊金曜日の佐高信などからはそのすぐれた報道感覚を評価されてきた。岡留の場合には、鈴木の主張が的確にあてはまり私にも理解できる。しかし、その根拠のひとつとしてヌードモデルとしてメッセージ入りの写真集などを発売しているインリン・オブ・ショイトイの事例があげられているる。週刊現代のグラビアの写真のそばに、彼女自らによって添えられたメッセージがある。
「愛 国家を捨て、個人のために生きよう。暴力を捨て、理性の為に生きよう。人間なら生存の為に出来るはずだ。」「非戦 平和を願うことは、ボケでも、理想主義でもない。平和は対話努力で築くものであり、武力・軍事同盟で生まれる事はあり得ない。」
 正直私には、迷いがある。若い女性のインリン・オブ・ショイトイについては知っているが、著者の所論と彼女の芸能活動とは接続するものなのか。現在東京新聞の夕刊で、瀬戸内寂聴が『この道』と題する長編のルポルタージュを執筆している。そこでは大杉栄と伊藤野枝のやりとりをはじめ、性愛の奔放な実際と人間史を描き出している。エロスは人間の解放と分かちがたい。けれど、たとえば沖縄返還に関する密約を暴き出した毎日新聞の西山記者は、外務省の女性事務官との間を「情を通じて」いう偏見におもねる謀略で失墜させられて、長年経ってアメリカ機密外交文書が公開されるまで辛酸を舐める苦闘に陥った。そのことは山崎豊子の小説『運命の人』とそのTBSテレビドラマ化で広く知られている。戦前の非合法化の日本共産党の党員とハウスキーパーの女性たちとの関係は、戦後に厳しく世間で冷たい目にさらされた。鈴木正の展開の八割には、納得しながらも、生命の再生産過程に位置する恋愛や婚姻、性行為や出産など広義の「性」は、鈴木の結論とどのように構造化されるものか、私には読み下せない残り二割の課題として残された。          (農山漁村文化協会人間選書 2005年 定価1950円)

左翼から右翼への転換とマルクス主義の方法の問題(2013年)

2018-12-30 21:37:03 | 社会思想史ノート
櫻井智志


 牧太郎氏は毎日新聞社の記者だった。牧氏がサンデー毎日で連載『牧太郎の青い空 白い雲』を受け持っている。四月七日号を呼んでびっくりした。石原慎太郎氏の三男の宏高氏のパチンコメーカー業者との「腐れ縁」スキャンダルを取り上げつつ、書いている別のことに驚いたのだ。

 牧太郎氏の原文のまま写す。
【石原一家は慎太郎・裕次郎の天才的な兄弟が作ったファミリーである。結束の家族である。その柱を作ったのは、二人を産み、育てた母親だった。
 今でこそ、右翼?の慎太郎さんだが、高校生の時は左翼だった。『太陽の季節』を引っ提げて華々しくデビューしたとき、『サンデー毎日』は「五つの道をゆく”石原慎太郎批判”」と題し、9ページの特集を組んだ(1956年9月9日号)。記事の中にある湘南高校時代の教師の証言。
「慎太郎が高校一年生の時だった。学生運動が盛んになろうとしていた48年に、民主学生同盟にいち早く入り、学内に社会研究会を作った。日本共産党へのヒロイックな気持ちにかられていた時、母は”大衆のために両親や弟を、そして地位も財産も捨て、獄につながれても後悔しない自信があるなら、私は反対しないが、その覚悟をしてほしい。それならお父さんが、どんなに反対しても、私は賛成する”と言った。この言葉にそのあくる日から慎太郎は学生運動を離れている」
 慎太郎は後に「主義主張が母親の意見で変わるなんてウソですよ」と否定的に語っているが、慎太郎は若い時から「家族」を大事にするタイプだった。】

 この話で出てくる民主学生同盟は、日本共産党との関係はやや微妙である。日本共産党の幹部であった志賀義雄氏(徳田球一氏とともに獄中に十八年いて非転向を貫いた)が、ソ連の核実験の時に、共産党主流派と対立してソ連を支持した。そのために志賀義雄氏、中野重治氏、佐多稲子氏らとともに共産党を除名され(主体的には離党して)「日本共産党日本のこえ」を創設した。このときに共産党の青年組織であった民主青年同盟(民青)と別に結成されたのが民学銅である。私は1970年代初期に早稲田大学の民学同にいたいとこから一緒に活動しないかと入学時に勧められてあいまいにことわった記憶がある。民学同の学生は、自らを新左翼とは思っていないし、早稲田大学で学生運動の主導権を当時握っていた革マル派からは「スターリニスト!」と呼ばれていた。
 
 かつて週刊金曜日の編集委員で私が尊敬する評論家の佐高信氏が石原慎太郎氏と対談したことがあった。対談の内容が掲載された雑誌の次週の投書欄は、佐高氏が石原氏とあいまいで強く厳しく論破していないことに読者は怒りを感じたらしい。
 だが、石原氏がかつて左翼学生運動を高校生の頃に経験していて、なおかつ60年安保の時には大江健三郎氏、江藤淳氏らとともに「若い日本の世代の会」を結成して安保反対の意思表示もしたことがあった。石原氏は既に保守反動化していたと思うが、左翼経由の石原氏に佐高氏は活字にならない対話があったか、予想していた石原氏と異なる何かがあったのだろう。本多勝一氏が大江健三郎氏を『貧困なる精神』で徹底的に批判したのと比べて、佐高氏と石原氏の議論にはやや性質の相違が感じられる。

 私は今年2013年3月にこぶし書房から双書こぶし文庫「戦後日本思想の原点」シリーズの一巻として復刻され出版された鈴木正氏の『日本思想史の遺産』を思う。
 そこで鈴木正氏は「有機的知識人の思想と行動」として古在由重氏を読み解いている。

【古在によれば、本来の方法とは、ものの見方・考え方ということばから、ともすれば表象されがちな、知識を獲得するための一つの術といった外的なものではない。それはわれわれの知識と生活のすみずみにまで養分を与え、それを成長させるための根のようなものである。生活と闘争のなかで、真に生きてはたらく思想体系は、かならず実践と結合するはずだが、その連結点にこそ、方法の問題がよこたわるというのが古在の立場である。それにひきかえ、理論と実践の行動の統一の確立ないし回復をくりかえし規定しなおし、再定義してゆく領域を、マルクス主義が自覚的にもっていることを認めないものには、所詮、方法の問題は意識されずに終わる。
(中略)「現在」と「実践」に参加する姿勢と切れた、ひたすら「過去」と「文献」をあさる態度である。 そこには史料操作の技術的方法(批判)はあっても、まともな意味での歴史的方法(批判)は、最後まで存在しない。われわれが思想の生きた歴史をみるとき、思想の科学性だけではなしに、思想に対する誠実、勇気、責任等の実践性ないし倫理性をみすごすなら、けっしてその真相をつかむことができないだろうというのが、これと対極に位置する存在の思想史の方法である。】

 大江氏の評論に「言葉の再定義」というような表題の評論集を読んだ覚えがある。大江氏は、マルクス主義者ではないが、鈴木正氏が古在氏の思想を継承している箇所(太字部分)を見事に無意識のうちに踏襲している。

 鈴木正氏が表現した文中は、左翼とは何か、左翼が右翼になぜ簡単に転換するかの疑問を解く本質がある。通り一遍の左翼用語を難解な言葉で論文に書いたりしゃべるようになるまでは、さほどの年月は要しない。しかし、繰り返し繰り返し理論と実践の行動との確立を規定しなおし、再定義しなおすという生き方は、それほど簡単なことではない。
言い換えれば、左翼とよばれる集団や個人の中にも、情勢が変われば簡単に周囲の状況に適応して保守反動にも容易に転換する事例が多々あるだろう。

 私は神奈川県に住んでいるが、他の地域が中心の社会人の学習運動に消極的に加わる機会があった。生活の多面的な要素をとらえて、講演会や映画鑑賞会、学習会をインターネットなどの現代的機器も活用してかなり広範な人数を動員している。私は内部のメーリングリストの討論に加わった。情勢が戦前のような危機の時代に入ったら、この集団は変わっていくだろうと思った。それは指導者自らが、思想的方法として体系化された左翼思想にはくわしいけれど、他者の意見と自分たちの意見とがどこが違うかを吟味して、討論して相手の指摘する事実が何を示しているのかを理解しようとする態度に疑わしい様子がうかがわれたからである。ツイッター、フェイスブック、メーリングリストと現代が軍事技術開発の鬼子として生まれたインターネット・テクノロジーは革命的な技術である。文明の様相を大きく変えたといってよい。それを容易にこなしている独創性は素晴らしいし、現代社会の特徴である最新技術をこなしていると感心する。
 ただインターネットの向こう側にある思想の方法はどうか。ふだんのやりとりはそうでもないが、たまに起きる事柄がある。指導者とその支持者が発言に権力をもち、異論を差し挟む者たちが指導者に問い続けている内にそれは起こる。異論を唱える者を強制的にインターネットのサークルから排除していく。私の友人も同じ処置を受けたが、それから次の年に、私も退会に付された。見解の応酬に疲れはて三月いっぱいで退会すると公開で表明した。わずか四日後に月がかわるのに、即刻強制的にインターネットの回路から切断された。理論は述べても、相手の意見をうけとめない。両者が議論において公平な立場にない。その学習運動の代表者への異論は、学習運動団体からの排除へとつながっている。
 ここに私は科学=技術革命の資本主義的形態をまとって技術革新時代における新たな装いの教条的方法主義をみる。ルソーやペスタロッチ、日本で言えば林竹二、丸木政臣、中野光などの教育思想家たちは「教師は子どもによって教育を媒介として教育される」ことを見究めて、学習や教育の思想的意味をあきらかにしている。

 現代の肯定すべき左翼、さらにいえばマルクス主義者たちは、自らが対象とむかいあい相手の現象や人間達とのずれを見つめつつ、それにどう対話し議論するかについて、理論と自らの実践との統一的な確立を規定し直し、再定義しなおす勇気が必須である。
 そのような覚悟のない左翼や社会主義者たちは、簡単に右翼に転換する。現在の左翼の中でも最も伝統的理論的正統的な日本共産党や社民党が、七月の参院選の結果によっては参院から政党でなく政治団体に転落しそうな厳しい政治の季節を迎えているのは、マスコミの操作や教育による教化、選挙制度の改悪、労働運動への弾圧と懐柔など系統的な反動支配層からの戦略的対策が功を奏してのことである、
 しかし、もしも本当に社会主義や共産主義が政治的冬の時代でも次の歴史を展望させるだけの民衆的支持を得ようと心から願うのならば、教条的で固定的なスタンスではなく、虚心坦懐に他者の意見を吟味し、時には受け入れ時には説得し、理論と行動との統一のために何度も何度も規定し直し再定義し直していく勇気ある謙虚さが必須である。
 このことがわからないと、自分への批判を誹謗しているのだと思い込んで冷静さを失う。相手に非難を浴びせ続け、サークルにおける相手の存在そのものを否定しようとしていく。かつて「内ゲバ」は、日本の革新運動に壊滅的なダメージを与えた。連合赤軍リンチ殺人事件はその典型だった。日本以外で、ミャンマー、戦時中のソ連、毛沢東指揮下の文化大革命。次々に異端者が処刑されていった事実があきらかになった。長い目で見ると、一進一退の連続で世界史は変わり続けてきた。けれど、科学的社会主義が思想の方法としての社会主義の人類史的な理想的意義を示すとしても、思想の方法が実践された場合だけである。

『報道特集2018・12・29』視聴記   櫻井 智志

2018-12-29 19:32:27 | 政治・文化・社会評論



 経験したことのない大災害。金平茂紀さんがおっしゃるように、自然環境の通常と異なる災害は、一時しのぎでは対応できない段階だ。トランプは核兵器も気温上昇も意に介さない。日本は少しはましだが条約に反対の反動的位置にいる。核兵器の破壊力だけでなく自然の物質代謝に破滅的影響。

 日下部正樹さんや膳場貴子さん、金平茂紀さんが伝える災害にあった各地の様子。災害が人々に及ぼした生活と意識の失意の深さ。跡地でも冬のせいかその後に行政が再建に取り組まれていない。厳しい実態の中で住民は最大の負担を背負って「今」を生きている。天皇ご夫妻の慰問を想起した。


 イラク戦争の検証は驚くべきものだった。元CIA秘密工作員の女性の発言は偽情報で突き進んだことを証している。イラク戦争は中東破壊を今も残した。2003年のイラク侵攻に先立つ2001年9月11日の同時多発テロ事件。ここが起点と思う。あのタワー爆破には、背後に今も闇がある。



  今回の「イラク戦争」を報道してくださり、感謝する。放映に至るまで番組当局には大変な困難さもあったと想像する。「報道特集」は、現在の日本では視聴者にはわからない困難も抱えていよう。しかし日本のジャーナリズム界にあって、系統的実証的な数少ない番組だ。健闘に感謝し来年も応援する。



【「小沢一郎」という政治思想問題~孫崎亨・本澤二郎・上脇博之三氏にまなぶこと~】   櫻井 智志

2018-12-25 17:40:52 | 政治・文化・社会評論


❶序

 孫崎享氏の『アメリカに潰された政治家たち』を読んでいる。その中に小沢一郎があげられている。孫崎氏は、少なくとも小沢一郎が対米従属路線てはなく、対米自立派であろうとしたことが、アメリカによって潰されたと見ている。小沢一郎氏に対しては、反体制派の中でも評価は二分される。

 小沢氏をめぐる西松建設違法献金事件について上脇博之氏から科学的法学的な分析と事実に基づいた生産的な論議の必要性が提起されている。私は上脇氏の提案に納得しつつ、別のことを考えている。
 宇都宮徳馬氏を師と仰ぎ、ジャーナリストとして独自の独創的な政治評論の実績のある本澤二郎氏の見解である。日本の支配は財閥であるという本澤氏の指摘には、正直疑問もあるが、以下の本澤氏の論文の報道についての指摘にはほぼ賛成である。

 「小沢問題」に話を戻すと、「小沢一郎という思想」の問題を私は考える。金権政治をめぐる法的政治倫理的問題については、佐高信氏の「クリーンなタカとダーテイなハト」の優れた比喩が適切である。法学的倫理的な小沢氏をめぐる検討については、ここでは譲る。

 日本の独立を担う日本人の自立を阻害している大手マスコミという文脈で小沢一郎に対する分析を考えると、事実としての金権政治や法的違反の問題が大切な問題であることを踏まえたうえで、政治思想としての小沢一郎問題について論ずることはそれほど荒唐無稽ではあるまい。

 まだ述べたいことはあるが、読者諸氏に本澤二郎氏の見解を紹介したいので、私の見解はここまでとする。
(ナンバリングと最初の項目の列記は小生がつけた。)

❷ 本澤二郎氏の評論
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本澤二郎の「日本の風景」(1250)
1<日本の“民主主義”>
2 <民意と政治・政策の乖離>
3<反映されない民意>
4<つくられる民意>
5<新聞テレビを信じる日本人>
6<操作される新聞テレビ>
7<金と権力に屈する新聞テレビ>
8 <財閥支配の日本>

1<日本の“民主主義”>
 日本の“民主主義”は、民意が反映される本来の民主主義ではない。国民の間に、こうした見方が広がっていると信じたい。たとえば、政治的な分野では小沢一郎に期待をかけている市民は、間違いなくそうした認識を抱いている。財政の悪化を少しでも和らげようとして、その負担を弱者に押し付ける10%消費税に疑問を持つ市民もそうだろう。これは前進である。
 アメリカに有利な貿易政策を強行することに反対する農林漁業者や医療・福祉の分野で働く人たちも「日本の民主主義はおかしい」と感じている。2度と戦争をしないと約束した平和憲法を「破壊する」と公約した改憲軍拡の、アジアに緊張をもたらす安倍内閣に対して怒りを抱く平和市民も、そうであろう。
 極右政権を必死で弁護する読売グループなどのマスコミの存在に疑問を抱く市民は、やはり同じ思いだろう。3・11による原発事件報道を隠ぺいする政府・東電・新聞テレビに失望する民衆は、日本の“民主主義”に重大な懸念を持ち始めている。
 極論すると、日本に民主主義は存在していない。らしいものがあるとしても、韓国にも劣ることは間違いないだろう。ひょっとして、ネット社会が生育した中国にも劣るかもしれない。ことほど日本の“民主主義”は怪しい。不存在といえるかもしれない。

2 <民意と政治・政策の乖離>
 関税ゼロという疑問だらけのTPPを、臆面もなく「国民の6割以上が賛成している」と報道するテレビが電波を牛耳り、そのことを大々的に報道して、国民の脳を支配している。ドイツ・ヒトラーの時代を知らないが、何となく連想してしまいそうだ。改憲・再軍備のラッパを高々と吹聴する政権は、戦後の政治史に存在しなかった。正に極右政権そのものだが、そんな安倍内閣を7割前後の国民が支持している、とマスコミは報道している。
 貨幣乱発で人工的に円安にするという狂気じみた安倍・経済政策を、過半数の国民が浮かれて支持しているという。広島・長崎に次いで核被害を受けた日本国民が、原発再稼働・原発輸出に突進している政府を選択、昨年の12・16総選挙に次いで、今夏の参院選挙でも勝利させるというのだ。
 民意と政治・政策の乖離は際立っている。このことに重大な疑問と関心を抱く知識人はいるに違いない。勇気を出して、気付いたら声を出してもらいたい。

3<反映されない民意>
 経済が破綻すると、政治も混迷化する。マルクスに言われなくて通用する政治経済原則である。しかし、それよりも何よりも、根本は民意が反映されているか否か、がその国の安定を測定できるモノサシである。
 すなわち、民衆の声が政治に反映されれば、その国や地域は安定する。これも政治の大原則である。民意が反映されない日本に、いま重大な危機が襲いかかっている。このことに為政者は心すべきだろう。中国の腐敗問題は深刻きわまりないが、それゆえに当局の対応は従来になく真剣である。それは民意だからだ。これを処理しないと、現体制の崩壊を約束させるからだ。
 日本は2009年にそうした選択をしたが、成功しなかった。昨年の12・16ではその反対の結果を出してしまった。不正選挙疑惑もまとわりつき、遂に恐ろしいほどの保守的な裁判所が「憲法に違反する」との判決を相次いでしている。
 安倍内閣は有権者の10%台の得票で3分の2近い議席を手にした。現在、国民の5割近い人たちが、そんな自民党を支持していると公共放送までが、塩を送り続けている。民意が反映されない日本に政治的危機が内在している。なぜ民意は反映されないのか。そのからくりを伝える義務がジャーナリストの責任である。

4<つくられる民意>
 安倍内閣は日銀を制圧した。貨幣乱発派の黒田とかいう総裁にする。これに国際的な投資ファンドが、円安想定で株と為替に資金を大量投入している。ただそれだけの事実を、メディアは正確に報道しない。円安による副作用は弱者を直撃する。そのことを伝えない新聞テレビである。
 悪しき政府によって民意は変えられる、新たにつくられるのである。世論操作こそが、政府与党の主たる任務となっている。本来、この壁をぶち破る装置は民主主義には存在する。一つは議会だ。もう一つが新聞テレビなどのマスコミである。「この二つが正常に機能すれば、民主主義は確立することになる。しかし、これの腐敗が日本を危機に追い込んでいる」と宇都宮徳馬は生前、声をからして筆者に指摘していた。
 「新聞テレビの腐敗、特に読売の腐敗に怒りをみなぎらせていた」のだが、これは改まるどころか、一層悪化している。本来、権力を監視する使命のあるマスコミが腐敗し、民意をねじ曲げてしまう、それが今日の日本の姿なのである。民意は作られるのだ。

5<新聞テレビを信じる日本人>
 人民の、人民による、人民のための政治は、欧米先進国でも多国籍企業や1%富豪に支配されて、大分怪しくなっているが、日本も財閥に支配されて、この原理が通用しなくなり、事実上、存在していない。この真実に民衆は覚醒すべきである。
 この覚醒を邪魔している実態が、新聞テレビなどのマスコミなのである。このことに気付いた時に、日本の民主主義は誕生することになろう。あえて指摘しておきたい。
 民意が反映される社会が、いうところの民主主義である。
 韓国では韓米自由貿易協定に弱者の氾濫が相次いでいる。反映されない民意に民衆が反撃している。これを抑制するために韓米の為政者は、南北の緊張を演出する。これにまんまと利用されるだけの北の若い指導者だ。
 韓国の財閥批判はすさまじい。民主主義が機能している証拠だ。政権交代時に暴利をむさぼる財閥のボスが拘束されることなど珍しくない。日本は「財閥は存在しない」ことになっている。日本共産党までが財閥の存在を隠している日本だ。マスコミからも「財閥」は消されている。
 日本人の最大の弱点は、新聞テレビを正直に信用することに尽きる。これは多くの先進国にも通用するが、日本人は特別である。新聞テレビの報道に左右される。この点で、中国人と異なる。中国人は逆である。中国の人民は日本人よりもはるかに賢い。すぐれた民衆によって成り立っていることに気付くべきだろう。

6<操作される新聞テレビ>
 新聞テレビを信用する日本人は、簡単に自己の判断を変えたりする。まことに自由自在である。新聞テレビの報道に従順だからである。
 「日本人は柔軟性がある」と評価する外国人が少なくない。「欧米の文化を容易に受け入れて、近代化を実現した」という分析が一般に通用するほどだ。これはお上(かみ)に従順、新聞に従順な結果なのだ。
 自ら思考する日本人ではない。「寄らば大樹」「集団主義」の日本人は、新聞テレビに従順なのだ。個人主義が確立していない。
これが文化になっている。
 困ったことに新聞は全国紙数社に限られている。そこがテレビも所有している。これでは独裁国の報道と変わらないだろう。しかも、その新聞テレビ報道を信用するという特性・弱点・恥部の日本人だ。
 地方の新聞は共同通信の報道でコントロールされている。テレビは中央の全国新聞傘下のテレビ局に組み入れられている。「新聞テレビが操作されている」という事実に気付くことが出来れば、日本の姿をかなり正確に分析出来るだろう。

7<金と権力に屈する新聞テレビ>
 日本の新聞テレビは、スポンサーである経済界・その中核である財閥資本にコントロールされている。政府と財界・財閥は一体関係にある。
 ここまで理解できれば、日本の姿が見えてくるだろう。これの基本構造はアメリカなど先進国でも当てはまる。9・11後のワシントンにおいて、報道の自由は消滅した。戦争反対派のジャーナリストは、活躍の場を失ってしまった。当時、そんなアメリカ人ジャーナリストの取材を受けた記憶がある。
 「日本には言論の自由があると思い、東京に来たが、東京にもなかった。これからどこに行けばいいのか」と、本心をさらけ出した。その厳しいジャーナリストの苦悩に応えることが出来なかった筆者であった。悔しい思い出となっている。
 「権力に屈するな」が宇都宮の叫びだったが、それは日本の新聞テレビへの警鐘でもあった。かつてNHKは、歴史認識にからむ報道で、安倍が官房副長官時代に圧力を受けて、あっさりと屈した。多くのジャーナリストが承知している事件だ。
 ことほど権力には弱い。金にはもっと弱い。筆者でさえも身近に気付かされた事件があるが、いずれ公開したい。広告スポンサーに対する報道は、それが広報宣伝であれば問題はないが、その逆だと出来ない。

8 <財閥支配の日本>
 結論を急ぐことにする。日本の支配者は財閥である。大企業ではない。大企業をたくさん所有している財閥である。財閥はたくさんの天下り官僚を受け入れている。日本の政策(立法)を作成して、永田町に送りつけている霞が関は、財閥の意向を受けて動いている。永田町ばかりに目を向けていた筆者が以前、知らなかったことである。日本国民の多くがまだ知らない。学者もジャーナリストも、とも決めつけていいだろう。外国の日本研究者は全く理解していない。
 ある特定の国を理解するためには、真っ先にその国の権力の源を知る必要がある。さすがにアメリカは、日本を占領した国だからよく知っている。CIA工作が、おおむね成功する理由なのだ。権力の源を分析出来なければ、民主主義を開花させることなど不可能である。このことについて誰ひとり指摘しない。知らないのだ。知っていても沈黙することで、生活基盤を確立しているキツネのような知識人ばかりの日本である。日本に民主主義が存在しない根源でもある。民意に従う政治経済社会の日本にする作業が、21世紀の最大の課題なのだ。3・11をその契機にしなければならない。「日本人はフランス革命をもう一度学ぶべきだ」との宇都宮遺言を覚えている。 =======================================================================

❸ 上脇博之氏との対話


櫻井 智志 様

教えてください。小沢一郎氏が安保条約を破棄しろと行ったという話は聞いたことがありませんが、「対米独立派」とは何でしょうか? 教えてください。以前、小沢一郎氏が、社会民主主義者であるかのようなご説明があったように記憶していますが、その場合の、「社会民主主義」の中身を教えてください。

小沢一郎氏が、対米独立派であること、社会民主主義者であることについて、具体的に事実を指摘して教えてください。

9条改憲論者、小選挙区論者も、「対米独立派」「社会民主主義者」なのか、教えてください。

なお、渡辺治先生が小沢一郎氏を社会民主主義と評したということですが、 いつ、どこで、そう評されたのか、教えてください。

急ぎませんので、時間に余裕のあるときに、宜しくお願いします。私は、すぐに返信できないかもしれませんので、御容赦ください。

上脇博之


上脇 博之様
いつもミクシイでもこちらでもお世話になっております。
護憲の側からの改憲阻止のブックレット出版など私にとり上脇先生は、先生と呼ぶに足る知識人として尊敬しております。
さて、今回のメールで少し異なることも入っているので腑分けしつつ以下に記します。
小沢一郎氏の対米従属路線からの自立派ということについては後から述べます。
小沢氏は「社会民主主義者」ではありませんし、私が以前に述べた記憶は自身異なります。この問題に関連して、私はある新書での分析を読んだ記憶がありますが、今自分の書棚を見ましたがみつかりませんでした。しかし、記憶はあるのでそれを書きます。
自民党政権から、民主党連立政権へ政権交代するときに、民主党内部では三つの潮流がありました。
新自由主義派、開発主義派、社会民主主義派。
民主党は、社会民主主義政党ではありません。
しかし、政権交代の頃に中堅層の人々が福祉や社会保障についての政策を立案しました。
小沢一郎は社会民主主義派ではなく、開発主義派と思います。
けれど鳩山首相やその前に民主党代表だった小沢一郎は、中堅スタッフが立案した政策を使って政権を運営しようとしました。
それはアメリカからの強力な懸念に基づく抑圧により、鳩山政権は徹底的な潰しにあいます。
その時に呼応して鳩山政権を潰す役割を果たしたのが、新自由主義派の前原、岡田、野田らの政治家でした。
さて、渡辺治氏は、小沢氏を社会民主主義とは評してはいません。私がどこかでそう書いたのなら、それは私の誤謬です。今現在、渡辺氏は、保守二大政党制のもくろみはいままで自民党と民主党であわせて七割を占めていたのが、昨年冬の総選挙で自民党と民主党をあわせて四割台となり保守二大政党から保守連合(維新の会、みんなの党を含めて)へと移らざるを得ない総選挙結果に陥っていると述べています。

これは福祉国家構想研究会での発言が動画で公開されています。 (以下参照)
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> 紅林進です。
> 昨日3月17日(日)、明治大学リバティタワーで開催されました
> 福祉国家構想研究会公開研究会「いま、対抗構想を考える!
> 安倍新政権の新自由主義構造改革とは何か」のユーストリーム
> 録画は下記サイトで観ることができます。
> 03.17福祉国家構想研究会公開研究会・前半
> http://www.ustream.tv/recorded/30034975
> 03.17福祉国家構想研究会公開研究会・後半
> http://www.ustream.tv/recorded/30034975#/recorded/30036783

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そこで渡辺氏は小沢氏を保守二大政党ブロックでのメンバーと見ています。

さて、最後に小沢氏が「対米従属路線でなく対米自主派」であるということについて。
参考になったのは孫崎享氏の『戦後史の正体』創元社2012年8月『アメリカに潰された政治家たち』小学館2012年9月です。
特に後者は具体的です。

第2章 田中角栄と小沢一郎はなぜ葬られたのか
2.最後の対米自主派、小沢一郎
この中で孫崎氏は、自らが外務省で情報担当の局長であったところから知り得たこともあっさりと書いています。p93~104
小沢氏は、アメリカの諜報機関でCIAではなく国防総省の情報局DIAという諜報機関が工作をしかけていた対象です。孫崎氏は言います。
「この時代(自民党幹事長で海部政権や橋本政権の時期-櫻井)の小沢一郎は、はっきり言えば『アメリカの走狗』と呼んでもいい状態で、アメリカ側も小沢を高く評価していたはずです。」p95~96
「1993年に出版してベストセラーになった小沢の『日本改造計画』では、抜本的な規制緩和を行うアメリカ的、新自由主義的な経済政策を主張していましたが、民主党に合流して以降は、地方経済と雇用を重視する政策に転換し、東北地方出身の議員だけを集めた東北議員連盟を結成しています。
 外交政策についても、対米従属から、中国、韓国、台湾などアジア諸国との連携を強めるアジア外交への転換を主張するようになりました。国連中心主義を基本路線とするのもこのころです。」(中略)「つまり、沖縄の在日米軍は不要だと明言したわけです。」 (p96~97)
小沢一郎氏は、対米従属主義でアメリカの諜報機関の対象であったのです。しかし、小沢氏自身が政治的に進化していくなかで、アメリカは小沢氏の変化を警戒して、徹底的に警戒していくように変わっていったのです。
 私も小沢氏を金権政治の対米従属主義者と思い込んでいました。そのような小沢氏の時期も確かにあったのです。自民党幹事長の頃には宮沢喜一、中曽根康弘をよびつけるだけの権力主義者でした。その頃に金権政治家とレッテルを貼られてもやむをえないでしょう。それが変わったとは多くの国民は、信じられません。イメージは定着して、ダメージへとダウンしていったのでしょう。

上脇先生、思わぬお手間をとらせました。私の立論の全貌はそのようなものなので、後はマイペースに戻り、改憲策動を学問的に明確にされたお仕事を推進なさってください。
いろいろ失礼な段がありましたら、ご寛恕ください。それでは、一応の返信とします。
またなにかわかったら、ご報告いたします。
櫻井 智志拝


櫻井 智志 様

以前、小沢一郎氏のことを書かれている文章の中で、以下のように書かれておりました。

民主党鳩山政権の政権交代には、交代前後には民主党内の三つの勢力のなかで中堅層をもとに社会民主主義をもとに福祉社会論の立場に立つひとびとが政策構想をリードしました。そのことは、渡辺治、孫崎享などの理論家も認めています。それが鳩山総理・小澤幹事長の民主党政権だったと思います。そしてそれが倒れたのは、アメリカからの強力な抑圧が働いたからだと私は考えています。

私は、「それが鳩山総理・小澤幹事長の民主党政権だった」を誤読したようですね。
大変失礼いたしました。

孫崎享氏の文献の紹介ありがとうございます。これと、小沢氏の政治的立場については、またの機会に。

取り急ぎ、お詫びまで。

上脇博之


上脇 博之さま

率直な内容のご返信に、頭がさがる思いが致します。
私の小沢一郎観は、鳩山政権が崩壊する前後までの政局を見ていて自分で考えたものです。
しかしながら、孫崎享氏の著作が影響力としてありますね。

『日本人のための戦略的思考入門-日米同盟を超えて』2010年祥伝社新書
『日本の国境問題-尖閣・竹島・北方領土』2011年ちくま新書
『戦後史の正体』2012年創元社2012年創元社
『アメリカに潰された政治家たち』2012年小学館
『日本の「情報と外交」』2013年PHP新書
*この本は2009年にPHP研究所から出た単行本『情報と外交』を改題したものです。

以上の著書を購読しました。ただし、読了したのは、『戦後史の正体』『日本の「情報と外交」』だけです。
私は芝田進午氏の著作は編著作以外の著書は全部もっています。そして購読してすぐに一気にラインをひきながら、読了しました。
孫崎氏の著作は、芝田氏の著作のようには読めません。それが私の年齢による気力体力の変化なのかわかりません。
孫崎氏については、世間では評価がわかれています。
私自身は、尊敬する医師にして研究者であり社会運動家でもある色平哲郎氏が孫崎氏を支持していることで私も孫崎氏をよく読むところがあります。
孫崎氏は、三木武夫総理を対米従属派とみなしています。
納得がいかない私は、三木武夫は対米従属派以外の護憲などの側面はなかったでしょうか、とツイッターで直接孫崎氏に質問しました。
孫崎氏は、「私は他の面もあるでしょうが、対米従属の関係を最重要視しています」と返信をくださいました。私は感銘をうけました。

孫崎氏の略歴も参考となります。
東大法学部中退で外務省に入省しています。イギリスに二回、ソ連に二回、アメリカにはハーバード大学留学、イラク、カナダ勤務を経て、情報局分析課長
駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使、防衛大学校教授七年間。

本来なら官僚の出世コースを経て、体制側の要職を務めて自民党など保守政党の国会議員などをのぼりつめるコースです。
孫崎氏の特色は、実際の国際政治の第一線にたち、政治のダイナミクスを熟知しています。一本調子ではなく現実分析は追随を許さぬものがあります。
通説と異なり、大胆な理論派です。岸信介に対する評価などは、評価がわかれるでしょう。しかし、孫崎氏によって国民が得るところも大です。

時間の経過は孫崎氏または小澤氏についての実態を明確にしていくでしょう。
私は私の考えが正しいとか、的確だとか思っているわけではありません。
私の孫崎観は変わらないと思いますが、小沢観は一度転換しています。
週刊金曜日創刊第三号の投書欄にとくとくと投稿した文章が、その後大きく揺らぎ小沢観を変えざるを得ないと判断した時に、自らの意見は合理的根拠が発生したら変えざるを得ないことに自信を失いました。でも考えてみれば、私は自らの地位や評価などを気にする立場にはありません。
自らが納得するところにしたがって、言動を選択することを私の立論の土台としています。
それは、古在由重氏が日本共産党から除籍された時もそうでした。
古在氏と日本共産党の創造的な側面とを同一にとらえていた私は、古在氏除籍問題について疑問に思い、悩み、文通させていただいていた芝田氏に自分の憤りを記しました。
芝田氏は、おだやかにこう記されました。
私よりは芝田氏のほうが年長で判断する経験的蓄積をもっていること、古在氏と共産党とのかかわりでいくつかの公表されていない事実もあること。
その返信を読み、私はこう考えました。
この問題は多面的複合的要素をもつから、簡単に断定できないということ。
しかし、すべてを知り得ない私は、古在氏を擁護する執筆を続けようと思ったこと。そしてそのように行動しました。
芝田先生は、そのような文筆を続ける私に、今までと少しも変わらぬ態度で接して、生涯私に対するあたたかなご指導をくださいました。
そのような芝田氏を「偲ぶ会」で友人代表として挨拶された上田耕一郎氏は芝田氏は党員50年の永続党員であったことを公開の席上で述べられました。
私は芝田進午氏が日本共産党員であったことを、共産党のひとつの事実としてふまえるべきだと思いました。
芝田先生のようなすぐれた知識人も共産党の一員であったことを十二分に踏まえて日本共産党のことをまっこうから正面からうげとめないと、あいまいな共産党批判はそうとうな誤謬を犯すと想い至ったのでした。

脱線して長くなりました。
今後もどうぞよろしくご指導をお願い申しあげます。

《了》

小沢一郎氏への強権的特捜を斬る 2013 櫻井智志

2018-12-25 16:03:13 | 政治・文化・社会評論

はじめに

 この評論は、いまから5年ほど前の論考である。なぜ今頃掲載したか。現在の反専制安倍政権にとりくむ小沢一郎氏を、自民党幹事長当時に批判していた私が見直した由来を明確にし、民主党創立ころから、国民側の政治家として身を賭して闘う姿に共感を持っているゆえにである。
 


【第一部】小沢一郎氏への強権的特捜を斬る 2013.3.20


 小沢一郎氏の秘書を務めていた現職の国会議員が、政治資金規正法違反により逮捕された。自民党や公明党、共産党は、徹底した政治資金に関する説明を、今度の国会で追及する構えを見せている。

 私は、別の二つの視点からこの問題を考えたい。日本の国政は、表面の政治とは別に、多額のカネを使用することで政治の流れを形成してきた。市町村から国政に至るまで、選挙には莫大な資金を必要とする。落選してしかも法定得票に達しなければ、多額のカネを支払わねばならな
い。また、当選するには、法律に定められた規定内でも、莫大な資金を必要とする。

 この視点からすれば、長らく自民党の幹事長など要職を務めた経験のある小沢一郎氏が、庶民には考えられないほどの多額の政治的金銭と関わりがあったことは容易に推測できる。

 しかし、問題は、政治の資金が政治資金規正法の枠を超えたかどうかだけにとどまってはいない。二つ目の視点とは、民主党連立政権の樹立による自公政権の打倒と新しい政権が、どのような国政再建の行政をなし得るかどうかにある。

 政権発足以来、鳩山首相は、今までの自民党政治とは異なる手法で政治に取り組んできた。たどたどしさや民主党内部の意見の相違や連立政党同士の調整などがあって、決して一直線に改善されたとは言えないまでも、あの自公政権の時期とは異なる政治の風穴が感じられるようになってきた。
 しかし、民主党には様々な動きがある。今回の小沢氏周辺の逮捕は、自らの幹事長休職の意向表明(2010年1月16日現在)など新たな波紋を呼びつつある。

 私見によれば、巨大な自公政権の打倒のためには、小沢氏のような権力中枢に居たことのある小沢氏のようなマキャベリストの働きがなかったら、かなわなかったことも多くあったであろう。通常国会開始から始まる今夏の参院選へと一気に連なる政治の季節直前に、小沢氏を強い力で牽制することには、明確な政治的意図が感じられる。もちろん、そうはいっても、小沢氏が護憲と平和を守る政治家であるとは言えない。
 一説には、国会での内閣法制局長官の答弁禁止は、単なる官僚の国会答弁禁止と同じではなく、これから憲法改悪にむけて、現憲法の外堀である教育基本法改悪に続き、さらに憲法改悪を行い易くするひとつの手立てとなるだろうと言われている。民主党連立政権は、社民党が入ったことで、護憲の重しもあるけれども、肝心の民主党は憲法護憲よりも改憲にウェィトがある。小沢氏も護憲政治家ではない。
 だが、国民は、民主党連立政権を、自公政権時の安部晋三政権のような明確な反動的な国家主義政権とは異なる政権として、政治に期待を持たせている。それが改憲政治家の鳩山氏や小沢氏を、軍国主義ではなく、民主主義に軸足を置かせる結果ともなっている。

 これから東京地検特捜部が、小沢氏を逮捕や起訴するようであれば、民主党連立政権の政治的求心力は低下するかもしれない。その時、民主党と自民党の内外の政治家たちは、右往左往して分裂と融合をきたし、いわゆる政界再編成が起こるだろう。それが、社民党排除となって二大反動政党ができることも考えられる。憲法改憲をよしとする政治家たちが、国会の三分の二を占めることは確実であろう。
 その時、日本の政界は、容易にアメリカ軍部の意向を容認する政権に占められる。今回の小沢氏を揺さぶる捜査は、そのような政治的背景と連動していることが危惧される。それゆえに、私は、「現在」の民主党連立政権の立役者である小沢幹事長をめぐる政治的圧力に、傍観者として沈黙してはいられない。一連のプロセスの流れの中で、情勢を把握せず、政治家はクリーンなカネの使い手でなければならないと、当たり前のことをオウム返しに反復するだけでは、いまの危機的政治状況の解決策にはなるまい。

 アメリカ政府との米軍基地の移転問題と参院選に連動する通常国会直前に、平和と国民生活保護、雇用と社会福祉を前進させるための国民の意思を国会に反映させなければならない。資金規正問題で、政党の政争に明け暮れたままでは、日本社会はますます崩壊の度合いを強めるしかない。


【第二部】 再論・「小沢一郎」という政治思想 2013.3.22

櫻井智志です。
以下の文章で、回答1の最後に(後略)としました。
石井さんと上脇さんのやりとりを拝見していて、事実とずれた方向にどんどん進んでいくのに、一応最初に問題提起した者の責任としてもそのまま黙過することができません。
(後略)の後に、新たに書き加えます。
----- Original Message -----
>> From: 櫻井 智志
>> To: civilsocietyforum21@yahoogroups.jp
>> Date: 2013-03-21 10:03:15
>> Subject: Re: [civilsocietyforum21] 「小沢一郎」という政治思想問題

>> 櫻井智志です。
>> 回答1
>> 孫崎享氏の『アメリカに潰された政治家たち』p97.98に以下の叙述があります。
>> この発言の時小沢氏は、細川政権を経て新進党、自由党と新党を結成しながら2003年に民主党に合流しています。1993年の『日本改造計画』では新自由主義的な経済政策を主張していましたが、民主党に合流してからは、地方経済と雇用を重視する政策に転換し、「東北議員団連盟」を結成しています。外交政策についても対米従属からアジア諸国との連携を強めるアジア外交への転換を主張、「国連中心主義」を基本路線とするのもこのころです。
>> --------------------------------
>>  小沢一郎は、09年2月24日に奈良県香芝市で、
>> 「米国もこの時代に前線に部隊を置いておく意味はあまりない。軍事戦略的に米国の極東におけるプレゼンスは第七艦隊で十分だ。あとは日本が自らの安全保障と極東での役割をしっかり担っていくことで話がつくと思う。米国に唯々諾々と従うのではなく、私たちもきちんとした世界戦略を持ち、少なくとも日本に関係する事柄についてはもっと役割を分担すべきだ。そうすれば米国の役割は減る」
>> と記者団に語っています。つまり米国の在日米軍は不要だと明言したわけです。
>>  この発言を、朝日、読売、毎日など新聞各紙は一斉に報じます。『共同通信』(09年2月25日)の配信記事「米総領事『分かってない』と批判  小沢氏発言で』では、米国のケビン・メア駐沖縄総領事が記者会見で、「『極東における安全保障の環境は甘くない。空軍や海兵隊などの必要性を分かっていない』と批判し、陸・空軍や海兵隊も含めた即応態勢維持の必要性を強調した」と伝えています。アメリカ側の主張を無批判に垂れ流していたのです。
>>  この発言が決定打になったのでしょう。非常に有能だと高く評価していた政治家が、アメリカ離れを起こしつつあることに、アメリカは警戒し、行動を起こします。(後略)
>> -----------------------------------
【出典:引き続き孫崎享氏の『アメリカに潰された政治家たち』を要約・引用したものです】
 小沢氏の上記の発言から、一か月も経たない2009年3月3日、小沢一郎の資金管理団体「陸山会」の会計責任者で公設秘書をも務める大久保隆規と、西松建設社長の國澤幹雄ほかが、政治資金規正法違反で逮捕される事件が起きたのです。小沢の公設秘書が西松建設から2002年からの4年間で3500万円の献金を受け取ってきたが、虚偽の記載をしたという容疑です。

 しかし、考えてもみてください。実際の献金は昨日今日行われたわけではな、3年以上も前の話です。第七艦隊発言の後に「たまたま」検察が情報をつかんだのでしょうか。
私(注-孫崎氏のこと)にはとてもそう思えません。
 アメリカの諜報機関のやり口は、情報をつかんだら、いつでも切れるカードとしてストックしておくというものです。ここぞというときに検察にリークすればいいのです。

 この事件により、小沢一郎は民主党代表を辞任することになります。しかし、小沢は後継代表に鳩山由起夫氏を担ぎ出します。選挙にはやたらと強いのが小沢であり、2009年9月の総選挙では、「政権交代」の風もあり、民主党を圧勝させ、鳩山由起夫政権を誕生させます。ここで小沢は民主党幹事長に就任しました。
 ここから小沢はアメリカに対して真っ向から反撃に出ます。
 鳩山と小沢は、政権発足とともに「東アジア共同体構想」を打ち出します。対米従属から脱却し、成長著しい東アジアに外交の軸足を移すことを堂々と宣言したのです。さらに、小沢は2009年12月、民主党議員143名と一般参加者483名という大訪中団を引き連れて、中国の胡錦濤主席を訪問。宮内庁に働きかけて習近平副主席と堪能陛下の会見もセッティングしました。
 沖縄の米軍基地を「最低でも県外」に移設することを宣言し、実行にうつそうとします。
 しかし、「在日米軍基地の削減」と「対中関係で先行すること」はアメリカの”虎の尾”です。これでアメリカが怒らないはずがないのです。
その後、小沢政治資金問題は異様な経緯を辿っていきます。
 事件の概要は煩雑で、新聞などでもさんざん報道されました。私(孫崎氏)が異様だと感じたのは、検察側が2010年2月に証拠不十分で小沢を不起訴処分にしていることです。結局、起訴できなかったのです。もちろん、法律上は「十分な嫌疑があったので逮捕して、捜査しましたが、結局不起訴になりました」というのは問題ないのかもしれません。 しかし、検察が民主党の党代表だった小沢の秘書を逮捕したことで、小沢は党代表を辞任せざるをえなくなったのです。この逮捕がなければ、民主党から出た最初の首相が畑山由起夫ではなく、小沢一郎になっていた可能性が極めて高かったと言えます。小沢首相の誕生を検察が妨害したということで、政治に対して検察がここまで介入するのは、許されることではありません。
 小沢は当初から「国策捜査だ」「不公正な国家権力、検察権力の行使である」と批判してきましたが、現実にその通りだったのです。
 この事件には、もう一つ不可解な点があります。検察が捜査しても証拠不十分だったため不起訴になった後、東京第5検察審議会が審査員11人の全会一致で「起訴相当」を議決。検察は再度捜査しましたが、起訴できるだけの証拠を集められず、再び不起訴処分とします。それに対して検察審査会は2度目の審査を実施し「起訴相当」と議決し、最終的に「強制起訴」にしているところです。
 検察は起訴できるだけの決定的な証拠をまったくあげられなかったにもかかわらず、マスコミによる印象操作で、無理やり起訴したとの感が否めないのです。これではまったく中世の魔女裁判のようなものです。
**この後孫崎氏は、東京地検特捜部とアメリカの歴史的な深いかかわりをしるし、1947年の米軍による占領時代に発足した「隠匿退蔵物資事件特捜部」という組織が東京地検特捜部の前身であり、特捜部長の中にはゾルゲ事件の担当検事だった布施健氏がいて、後に検事総長になって数々の問題があったことも書いていますが、ここでは長文になりますので割愛します。なお、ここまでの記述箇所には私はほぼ孫崎享氏の言説に賛成する立場で引用しています。

2018・12・22報道と考察      櫻井智志

2018-12-22 19:07:56 | 政治・文化・社会評論



ゴーン氏への容疑と捜査の納得いく在り方は、別次元。東京地検特捜部のやり方には、あまりに性急で青木理氏は12月21日東京新聞インタビューで「ここまでやるか・・・」と絶句した。国内での強権を海外へも大きな影響がある事案で強行することは、日本社会の暗部をさらす。


今上天皇が少年期に、すぐれた人柄のアメリカ人女性に「自ら考え行動する」ことを学ばれたこと。日本の民主社会建設に貴重な意味をもつと感じた。天皇ご夫妻、天皇家ご家族の広い視野で穏やかに国家に臨む姿は、戦前の天皇制国家体制とは異なる。秋篠宮の大嘗祭へのご発言も見識を感じた。

天皇家を取り巻く宮内庁と報道界が前進しなければ、戦前の天皇制軍国主義は克服されない。明治維新後に整備された天皇制は、明治以前の天皇の存在とは異質で、大正天皇のリベラルな思索と発言さえ周囲の官僚によっておさえられ、天皇制が続行された。



大槌町役場のドキュメントは、あの大災害が照らし出した課題を改めて喚起してくれた。激しい揺れと大津波。日常性を断絶させた災害は、多くの悲しみと苦難を残した。同時に災害後に冷静に向き合い社会再建のプログラムにも、役場職員遺族の言い尽くせぬ無念さ悲しみをきちんと踏まえたプランであるべきだ。

*今回で「TBS報道特集」をめぐる定期的執筆を終えます。番組関係者に大変お世話になったことを感謝し、ご迷惑をおかけしたことをお詫びもうしあげます。

現代アベズムの陥穽Ⅰ    櫻井智志

2018-12-21 20:47:53 | 政治・文化・社会評論

日産の最高経営者だったゴーン氏。保釈決定寸前の再逮捕。フランス政府や報道機関の驚きと衝撃は、我々の限度を超えたものかも知れない。
日本の特捜地検が、グローバルな経済界要人を異例の拘束と不意打ちの延長。ここからは、【私の仮説】である。


第一部
 日本政府は、福岡高裁那覇支部に、沖縄平和運動センター議長の山城博治氏を有罪にした。沖縄平和運動のリーダーを遮二無二おさえつけ、県民の志気を喪失させるねらい。そこに安倍政権と司法とが同じ方向で一致している。

 ゴーン氏逮捕拘留、山城氏逮捕拘留。この二つの道理が不確かな権力行使は、内閣総理安倍晋三が、A級戦犯だった戦前商工大臣・戦後総理大臣だった岸信介を意識的に模倣し追求していることと無縁ではない。安倍氏の脳裡にあるものは、ナチス・ヒットラーやファッショ・ムッソリーニと同列の統治意識であろう。安倍イズムだから、アベズムでなくアベイズムだろうが、なんらかの主義主張とは言えず、「意」の心は欠損した政治行動ゆえ「現代アベズム」と銘打つゆえんである。

 安倍晋三総理が描く2020東京五輪とは、「優秀なアーリア人種」を誇示したヒットラー総統のベルリンオリンピックだろう。海洋に軍備を誇示して世界のどこにでも進軍する日本民族の祭典なのだろう。だがそのような大国主義と軍事国家を誇示しえても、日本列島は地震列島であり、南海トラフ大地震であちこちで原発が花火のように壊滅的爆発したら、国土の安全と災害対策を基本として日常的に自然界の脅威を構想し対策を講じていなかったならば、その被害は軍事予算を上回る列島破滅にまで及ぶ危険にいたる。


 さらに、現代アベズムの危険性は、行政の不公正な運営、国家予算枠を超えた対米軍事・経済予算の無制限な奉仕的支出による国民生活関連予算のしわ寄せが、福祉・公共支出・保育・教育・学術研究へと次々に連鎖的に及んでいることだ。また、自らの個人的な非道理な言動行為をあいまいに隠蔽するためには、権威の意向を最大限に駆使する強硬なやりくちは、政治世界から社会全般に無気力感、価値意識の紊乱をひきおこし、生命に携わる職業人や一般人の対象者殺傷行為の連鎖を引き起こした。(続)

『社会歳時記2018・12・15』~【TBS報道特集】にまなぶこと~ 櫻井智志

2018-12-15 19:38:25 | 政治・文化・社会評論
Ⅰ:
菅官房長官も安倍首相も、拉致問題早期解決と呼号する。だが、現実として小泉政権のあとに「長期政権を誇る」安倍政権は、拉致家族にとっては何の効果も示されない無為徒労の長期期間を延ばしている。安倍首相にとり「外交」は誰のために何を行おうと考えているのだろうか。驚くような栄華のかぎり、だが一般的に存在はいつか終焉へむかう。

Ⅱ:
地球的規模の温暖化による環境破壊に国際社会が立ち上がった。だが、安倍政権はここ毎回反対に回っている。辺野古の海に是が非でもと大量土砂を投入する。
翁長樹子さんは言う。「政府は沖縄県民の顔を見ていない、見えない」。私は毅然とした翁長樹子さんの発言を聴いていて、『夕鶴』のおつうがカネに夢中の与ひょうに嘆いた場面を連想した。

「辺野古の新基地 沖縄だけの問題か」。成田空港建設、三里塚では農民の闘いに国家は「強制収容代執行」を何度も繰り返した。圧倒的物量に、空港反対闘争は敗れた。三里塚闘争の闘われ方に、当時私は疑問をもっていたが、公権力VS民衆という図式から言えば、似た要素はある。
辺野古のような事態に、国民は沖縄のように一致して何度も闘い続けるだろうか。剥き出しの権力行使が高江でも辺野古でも行われ、本土の機動隊の沖縄県民への侮蔑と差別にあふれた暴言も伝えられた。
亡くなられた翁長雄志元県知事は、意見を異にすることがあっても同じ沖縄県民同士なら必ずわかりあえるから、相手を責めてはいけない、と常づね語っていた。沖縄県民を私は尊敬する。

Ⅲ:
「ヤングケアラー」という言葉も私は知らなかった。軽々しく言えないが番組中で「埋もれているひとはもっといる」という指摘にはっとした。報道されないが、このような世の中の問題でひとつひとつ苦しみ取り組み生き抜いている姿が、「知らない世界」でたくさんある。日常の課題は見慣れているようで何も見ていない山脈のようだ。。

暗闇は夕闇かそれとも曙か~「TBS報道特集」2018.12.8~        櫻井 智志

2018-12-08 21:13:44 | 政治・文化・社会評論

Ⅰ:
日本の現状は私たち国民が是正し対応する権利と義務を負う。世界各国で今までに考えられない事故や社会問題が頻発している。歴史のかつてなかった時代の訪れなのか、歴史的破綻の前ぶれか。冷静に見て考えていきたい。生活できる自然的環境も社会的環境も重要な実態に瀕している。


Ⅱ:「無」法

「入管法」はずっと問題をはらんできた。いまの法案は、法案そのものが内部の骨格があいまいで、それを省令で補完してゆくという。これでは無制限な変質をよび議会制政治と異なる。さらに外国人労働者の悲惨な自死・過酷な人権破壊の窮状。法案の成立までの杜撰で権力的な進行。これは?!

 はっとした。国内の労働者へのブラック労働とよばれる搾取労働、それをはるかに超える外国人への労働使役状態は、差別と抑圧とによって劣悪きわまる。労働過程において、明治期の『女工哀史』や『ああ野麦峠』、戦前の『蟹工船』のような段階とほぼ同様な劣悪な実態だ。 国内の政治危機であり、さらに国際的な紛糾を醸し出す不安定さにおいても外交においても、危機といえよう。
フランスで増税反対の大規模デモに、数万人の警官を政権は用意させた。中国は長い封建王朝から国民党政権、そして共産党政権へ。だが現在のフランスも中国もあまりに世界人権宣言への流れに逆流を見せている。この酷い事実をできる限り全面的にとらえ、しっかりと自らの考えを深めたい。



Ⅲ:弾圧

 中国政府の弾圧を受ける人権弁護士を支える家族。妻の李文足さんをドイツ・メルケル首相が励ました。その映像を見てメルケル首相を支持してきた私も嬉しかった。選挙で敗北した責任を問う形となり、2021年までで首相を辞任、政党党首を既に降りた中道右派のメルケル首相の政党は僅差でメルケル後継者を代表に選んだ。旧ナチズムのドイツが、欧米で最もまっとうな国家になった。1968年のパリ五月革命。ユーロコミュニズムの旗手で「オリーブの木」構想を提起したイタリア。それらをいまのドイツの政治社会をリードしたメルケルは、アジアの大国中国の人権問題にもきわめて日常的なスタンスで、拘留されている夫をもつ妻を勇気づけた。

だが、アジアの人権問題は日本において重大な岐路を提示していよう。

戦後精神の再生を探る鈴木正氏の労作 櫻井 智志

2018-12-02 21:03:24 | 社会・政治思想・歴史
2012年4月15日

『戦後精神の探訪―日本が凝り固まらないために』
 本書は歴史、人物、思想の三章から成立している。そのいずれも独創的な着眼点から思想を見つめ、堅苦しくない語り口の文体で、新鮮な思想史学を読者に提供している。中でも私には、第二章の「人物」編が強く印象に残った。

 梅本克己、芝田進午、古在由重、尾崎秀實、小林トミ、中江兆民研究者、安藤昌益研究者、白鳥邦夫、栗木安延、石堂清倫、家永三郎、藤田省三、土方和雄、江口圭一、高畠通敏などの広範で多岐にわたる人物についての叙述は、鈴木正ならではのものである。

 古在由重は、核廃絶問題に取り組み、原水禁と原水協との統一行動における大衆運動の実践をめぐり、日本共産党と対立した結果、除籍された。芝田進午は、胆管がんでご逝去されて偲ぶ会の席上、友人代表として挨拶に立った上田耕一郎から永年党員と賞賛された。日本共産党からすれば、一方は好ましい存在として、他方は党の方針と異なる行動をとった存在として、両者は百八十度異なる価値付けをされるかも知れない。

 だが、芝田は古在由重を戸坂潤とともに、戦前に独創的な世界レベルの唯物論哲学を築き上げた実践的唯物論者として尊敬していた。

 鈴木正は、古在由重が戦時中に日本共産党員がすべて獄中につながれ、党が壊滅した後で、京浜地域の工場労働者たちの秘密学習会のチューターとして、実質的な党活動を行ったことを紹介している。同時に、中国共産党が日本からの侵略下で、激しい弾圧に対して「偽装転向」として転向上申書を書いて獄中から出て、即刻反戦活動を行ったことを述べている。その偽装転向は、中国共産党の政治的高等戦略として、中央指導部からだされた極秘方針として広く浸透していった。古在由重は、二度転向の上申書を提出している。ところが獄から出て、古在は即刻コミンテルンのスパイとして逮捕されていた尾崎秀實を釈放するために、弁護士を探すことに奔走し、弁護士を探し出すことに成功した。結果は、尾崎秀實は釈放されることはあたわずに、日本人共産主義者として唯一死刑に処された。鈴木正は、古在の実質的な抵抗としての反戦党活動の意義を、戦時下の中国共産党の戦略と照らし合わせて意義を讃えている。

 梅本克己は主体的唯物論として、石堂清倫は構造改革派として、藤田省三も政治思想的問題でそれぞれ日本共産党からは除名や除籍されている。鈴木正は、この三者をレッテル貼りで済ますようなことはしない。とくに石堂清倫は、グラムシを日本に紹介した先駆者である。いわゆる運動戦に対置して陣地戦をグラムシは提起して、先進的資本主義国での革命の論理を提起した石堂の卓越さを、惜しむことなく讃える。そして、石堂清倫と同郷で先輩の中野重治をも視野に入れて論じている。藤田省三についても、丸山眞男の政治学を継承した政治思想史の碩学として、藤田の学問的人間的豊かさを描き出している。 

 「アテルイを知っていますか」という第一章の節では、桓武天皇の命を承けて東北地域「制圧」のために派遣された坂上田村麻呂によって滅ぼされた側の蝦夷の大将アテルイについて言い及んでいる。この節を読むと、歴史をどう見るかということを単眼でなく、複眼で見ることの鈴木の視座が明晰に伝わってくる。この見識も、2000年に京都清水寺の境内の墓碑の発見から始まっている。何気ない事物を虚心坦懐に見つめ、そこから思想史学を構築してきた鈴木の学問的方法論に、氏が青年の頃から学んできた思想の科学研究会での新たな学問的アプローチが体現されている。限られた紙数では語り尽くせない氏の、戦後史に題材をとった豊かな学問的発掘が本書には展開されている。

 鈴木は、こうも述べている。

「メールをすぐ送るとか、ワープロで打った習作か草稿程度の文章を他人(ひと)に見せるとか、近ごろははき出すことが多すぎてどうも念慮が足りない。どうせ大した調査研究でないから、あとで盗作や剽窃といった心配も一向にないらしい。じっと息を懲らさないと表現は彫?できないのに。携帯電話も同じで、ゆっくりする時間を奪う。ある友人は、恋人の間ではケイタイは監視機能を果たす凶器だ、とくさしていた」。

 この文章には、じっくりと考え、思想を熟成するような営みを軽んじて、電脳「文化」によって文化がculture「耕される」ものではなく、多機能映像機器の駆使としてしか扱われていない文明論的危機の表明が提起されている。インターネットと言語、思考、表現の根本的な問題の所在を現代人に明らかにしている。