2021-07-20
米紙ワシントン・ポスト、東京五輪は「完全な失敗」、五輪への期待は「熱気から敵意に」と論評、菅内閣と野党共闘の行方(36)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その261)
7月18日付の共同通信をネットで見て驚いた。東京五輪の現状についてこれほど的確な論評が出されるとは思いもしなかったからだ。ワシントン共同によると、米紙ワシントン・ポスト電子版は17日、開幕を23日に控えた東京五輪について、これまでのところ「完全な失敗に見える」と指摘し、1964年の東京五輪のように日本に誇りをもたらすことは期待できないと指摘した。新型コロナウイルス流行の影響で国民に懐疑論が広がり、当初の五輪への「熱気は敵意に」すら変わっていると報じたのである。
翌日7月19日には、時事通信がより詳しい内容を伝えた。米紙ワシントン・ポスト(電子版)は17日、今週開幕の東京五輪について「完全な失敗に向かっているように見える」と論評するコラムを掲載し、五輪招致の理念だった「おもてなし」の精神は後退し、外国人への警戒に取って代わられたと記した。新型コロナウイルス禍の中で開催を強行する国際オリンピック委員会(IOC)や政府の姿勢に国民の反発が強まり、「熱気は不満、無関心、ついには敵意に変わった」と論じた。敗戦からの復興を象徴した1964年の東京五輪と異なり、国家の誇りや経済効果は期待できないとも指摘。周囲と遮断された会場や納税者の負担となる膨大な請求書を見るにつけ「東京都民はなぜ、誰のためにこの犠牲を払うのかを自問自答している」と指摘した。
もう一つ、私を驚かせた記事があった。それは毎日新聞が7月19日、「トヨタ、五輪関連CMの放送取りやめ」「社長の会場応援も見送り」と伝えたことだ。東京五輪の最高位スポンサーを務めるトヨタ自動車は、国内で予定していた五輪関連のテレビCMの放送を取りやめ、豊田章男社長ら関係者の開会式などへの出席も見送るというのである。毎日は、新型コロナウイルスの感染拡大で大会開催に慎重な世論が根強い中、自社のブランドにマイナスイメージが広がるリスクを避けたと分析している。
続いて7月20日、今度は朝日新聞が「五輪最高位スポンサー、パナソニック社長も開会式見送り」と伝えた。パナソニックは最高位のスポンサー契約を国際オリンピック委員会(IOC)と結び、映像用の機材などを納入している。同社によると、業務上必要な幹部は会場に入るが、楠見雄規社長は開会式に出席しない方針だという。五輪に関しては、トヨタ以外にも協賛企業として「ゴールドパートナー」となっているNTTも幹部の開会式への出席を見送る考えだといい、五輪への対応を見直す動きが広がっている。もはや、東京五輪は企業にとっても「マイナスイメージ」に転化したのである。
その一方、IOCバッハ会長は来日以来、連日「進軍ラッパ」を吹き鳴らしている。国際オリンピック委員会(IOC)総会が7月20日、都内のホテルで開かれ、トーマス・バッハ会長、菅義偉首相、五輪組織委の橋本聖子会長、JOCの山下泰裕会長らが出席した。バッハ会長は冒頭のあいさつに立ち、「世界中のアスリートが自分たちの五輪の夢を実現するのを楽しみにしてきた。アスリートは、日本国民の忍耐強さを共有する。今、舞台が整った。感動、涙、喜びがアスリートによって作り出される。それが五輪のマジックとなる。まさに日本も輝く時だ」「世界中の何十億という人々が五輪を楽しみ、日本の国民を称賛する」と滔々と述べたという。「日本はIOCのためにあるの!」「世界はIOCのためにあるの!」と高らかに歌い上げたのである。
IOCバッハ会長は先週、菅首相に対し「日本人に対する感染リスクはゼロ」「日本人は大会が始まれば歓迎する」と手前勝手なことを吹聴し、あまつさえ感染状況が改善すれば「有観客」を検討してほしいとまで要求している。東京都民や首都圏住民が感染爆発の危機に直面しているというのに、東京五輪さえ開催できれば、「後は野となれ山となれ!」の態度丸出しだ。それを黙って聞いている菅首相は馬鹿にされているとしか思えないが、本人はそれを自覚していないのだから仕方がない。これが日本の宰相だというのだから、国民は怒りを通り越して悲しくなる。
では、開催前の現実はどうか。五輪関係者や選手の中からすでに50人を超える感染者が出ており、濃厚接触者はそれを倍する勢いで広がっている。ところが、IOCは感染の実態を明らかにしない。「個人情報保護」と言って屁理屈で、感染の原因や実態を覆い隠し、「調整」とか何とか言ってとにかく競技をスタートさせることに必死なのだ。大会が中止になりあるいは途中で打ち切られることになれば、巨額の放映権料の返却が派生するので、犠牲者などは横目に競技を続行する以外に選択肢が残されていないのだ。
菅内閣はもはや国民の信頼を失っており、政権担当能力が疑われている。直近の世論調査によれば、全てのメディアで内閣支持率が政権発足以来の最低水準を記録している。不支持が最高水準に達しているのはいうまでもない。菅政権にとって誤算だったのは、ワシントン・ポストが指摘するように、東京五輪に対する国見感情が「熱気から敵意に」変化したことだ。菅首相は、国民が日本人選手の金メダルラッシュに狂喜乱舞すれば全ての暗雲が吹っ飛び、菅政権の将来が開けると期待していた。しかし、そこにはこれまで培ってきた政治経験と強権的手法があっただけで、政治哲学も科学的思考もなかった。
トヨタ自動車やパナソニックの態度は象徴的だ。東京五輪の最高位スポンサーが東京五輪から身を引くというのである。国民はもとより大企業からも見放された菅政権に未来はない。「叩き上げ者」の限界であり、終末である。(つづく)
米紙ワシントン・ポスト、東京五輪は「完全な失敗」、五輪への期待は「熱気から敵意に」と論評、菅内閣と野党共闘の行方(36)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その261)
7月18日付の共同通信をネットで見て驚いた。東京五輪の現状についてこれほど的確な論評が出されるとは思いもしなかったからだ。ワシントン共同によると、米紙ワシントン・ポスト電子版は17日、開幕を23日に控えた東京五輪について、これまでのところ「完全な失敗に見える」と指摘し、1964年の東京五輪のように日本に誇りをもたらすことは期待できないと指摘した。新型コロナウイルス流行の影響で国民に懐疑論が広がり、当初の五輪への「熱気は敵意に」すら変わっていると報じたのである。
翌日7月19日には、時事通信がより詳しい内容を伝えた。米紙ワシントン・ポスト(電子版)は17日、今週開幕の東京五輪について「完全な失敗に向かっているように見える」と論評するコラムを掲載し、五輪招致の理念だった「おもてなし」の精神は後退し、外国人への警戒に取って代わられたと記した。新型コロナウイルス禍の中で開催を強行する国際オリンピック委員会(IOC)や政府の姿勢に国民の反発が強まり、「熱気は不満、無関心、ついには敵意に変わった」と論じた。敗戦からの復興を象徴した1964年の東京五輪と異なり、国家の誇りや経済効果は期待できないとも指摘。周囲と遮断された会場や納税者の負担となる膨大な請求書を見るにつけ「東京都民はなぜ、誰のためにこの犠牲を払うのかを自問自答している」と指摘した。
もう一つ、私を驚かせた記事があった。それは毎日新聞が7月19日、「トヨタ、五輪関連CMの放送取りやめ」「社長の会場応援も見送り」と伝えたことだ。東京五輪の最高位スポンサーを務めるトヨタ自動車は、国内で予定していた五輪関連のテレビCMの放送を取りやめ、豊田章男社長ら関係者の開会式などへの出席も見送るというのである。毎日は、新型コロナウイルスの感染拡大で大会開催に慎重な世論が根強い中、自社のブランドにマイナスイメージが広がるリスクを避けたと分析している。
続いて7月20日、今度は朝日新聞が「五輪最高位スポンサー、パナソニック社長も開会式見送り」と伝えた。パナソニックは最高位のスポンサー契約を国際オリンピック委員会(IOC)と結び、映像用の機材などを納入している。同社によると、業務上必要な幹部は会場に入るが、楠見雄規社長は開会式に出席しない方針だという。五輪に関しては、トヨタ以外にも協賛企業として「ゴールドパートナー」となっているNTTも幹部の開会式への出席を見送る考えだといい、五輪への対応を見直す動きが広がっている。もはや、東京五輪は企業にとっても「マイナスイメージ」に転化したのである。
その一方、IOCバッハ会長は来日以来、連日「進軍ラッパ」を吹き鳴らしている。国際オリンピック委員会(IOC)総会が7月20日、都内のホテルで開かれ、トーマス・バッハ会長、菅義偉首相、五輪組織委の橋本聖子会長、JOCの山下泰裕会長らが出席した。バッハ会長は冒頭のあいさつに立ち、「世界中のアスリートが自分たちの五輪の夢を実現するのを楽しみにしてきた。アスリートは、日本国民の忍耐強さを共有する。今、舞台が整った。感動、涙、喜びがアスリートによって作り出される。それが五輪のマジックとなる。まさに日本も輝く時だ」「世界中の何十億という人々が五輪を楽しみ、日本の国民を称賛する」と滔々と述べたという。「日本はIOCのためにあるの!」「世界はIOCのためにあるの!」と高らかに歌い上げたのである。
IOCバッハ会長は先週、菅首相に対し「日本人に対する感染リスクはゼロ」「日本人は大会が始まれば歓迎する」と手前勝手なことを吹聴し、あまつさえ感染状況が改善すれば「有観客」を検討してほしいとまで要求している。東京都民や首都圏住民が感染爆発の危機に直面しているというのに、東京五輪さえ開催できれば、「後は野となれ山となれ!」の態度丸出しだ。それを黙って聞いている菅首相は馬鹿にされているとしか思えないが、本人はそれを自覚していないのだから仕方がない。これが日本の宰相だというのだから、国民は怒りを通り越して悲しくなる。
では、開催前の現実はどうか。五輪関係者や選手の中からすでに50人を超える感染者が出ており、濃厚接触者はそれを倍する勢いで広がっている。ところが、IOCは感染の実態を明らかにしない。「個人情報保護」と言って屁理屈で、感染の原因や実態を覆い隠し、「調整」とか何とか言ってとにかく競技をスタートさせることに必死なのだ。大会が中止になりあるいは途中で打ち切られることになれば、巨額の放映権料の返却が派生するので、犠牲者などは横目に競技を続行する以外に選択肢が残されていないのだ。
菅内閣はもはや国民の信頼を失っており、政権担当能力が疑われている。直近の世論調査によれば、全てのメディアで内閣支持率が政権発足以来の最低水準を記録している。不支持が最高水準に達しているのはいうまでもない。菅政権にとって誤算だったのは、ワシントン・ポストが指摘するように、東京五輪に対する国見感情が「熱気から敵意に」変化したことだ。菅首相は、国民が日本人選手の金メダルラッシュに狂喜乱舞すれば全ての暗雲が吹っ飛び、菅政権の将来が開けると期待していた。しかし、そこにはこれまで培ってきた政治経験と強権的手法があっただけで、政治哲学も科学的思考もなかった。
トヨタ自動車やパナソニックの態度は象徴的だ。東京五輪の最高位スポンサーが東京五輪から身を引くというのである。国民はもとより大企業からも見放された菅政権に未来はない。「叩き上げ者」の限界であり、終末である。(つづく)