ことばのむこうに豊かな世界はあるのか (1)
櫻井 智志
ことばは、
政治的言語はただの命題や記号ではない。
ことばのむこうに豊かなイメージをともなういきいきとした意味や世界がある。
私は茨城県知事選挙に出馬した鶴田まこみさんの言葉に
いままでの政治家・政治屋にはないものを感じた。
鶴田さんの公的な演説しか聴いていないが、
それでも絶叫型の選挙運動家のことばとは異なる。
語りかけている。
目の前のひとりひとりに話しかけるように。
そして政党や政治団体が結集して支援した。
しかし鶴田まこみさんのことばは限られた範囲内でしか伝わっていなかった。
鶴田さんの温かみのある人間的なことばが伝わらなかったことに
痛烈な衝撃を受けた。
「野党と市民の共同」という政治家たちは
この命題にどのようななかみをイメージしているのだろうか
きょう仕事帰りにコンビニにならぶ「夕刊フジ」の見出しが眼にとまった
夕刊紙「日刊ゲンダイ」はデジタルネット購読しているので買わない
「夕刊フジ」も滅多に買うことはないし最近は全くない
見出しに東京新聞で副論説主幹の長谷川氏の新連載の告知があった
『・・いまや「偏向の正体」がネタになるほど、左派系マスコミはとち狂っている(笑)』
この一行に凝縮されている明確なリベラルな東京新聞とはきわめて異質な立場への転移だ。
東京新聞で菅官房長官に国民サイドから徹底した質問をおこない政府の横暴を明確にした女性記者
彼女はそのためにつらい立場に追い込まれ、ネットでも励ますサイトがある
日本の政治が中曽根康弘首相、小泉純一郎首相、安倍晋三首相の手中にある時期。
中曽根国鉄解体は、総評の最強単産解体による消滅により社会党の弱体化を実質化した
小泉「郵便局民営化」は悪しき公共事業の民営化による全国の公的生活手段や社会資本を変質させた
安倍政治は戦後日本の「民主化」を壊滅させた
彼ら自民党発の首相三馬鹿トリオは
日本社会の土性骨の骨を抜いてぐにゃぐにゃにしてしまった
対抗勢力も戦後社会党が国会の三分の一を占めることで改憲策動を阻止してきたけれど
中曽根康弘政治で瓦解した
日本共産党は1970年代には国会議席が40議席、50議席台になったがそれを超えてはいない
80年代からは山あり谷ありであるが、低迷した時期が長かった
福島原発事故発生という驚くべき不幸を味わった国民が起ち上がった
自然発生的に市民が起ち上がり、反原連など市民の蹶起は燎原の火のように全国に広がった
この時日本共産党は市民と協力して反原発運動の一翼を担った
危機的事態を主体的に自らのものとした共産党は以後国会や地方議会でも国民の支持を勝ち得た
茨城県知事選挙は、
4野党共同と市民の共闘で国政選挙や自治体首長選挙の流れをうけている
しかし民進党・社民党は個別に党員議員は強く支援を行っているが政党としての共闘には加わっていない
市民運動18年を継続し原発汚染地域の動物など家畜のいのちを救うNPOを担ってきた
弁護士の夫の支えもあり知事選に立候補した
保守的風土の茨城県の全県的政治戦だから即当選は難しい客観的情勢はあったろう
新潟県知事選挙と比較してみる
米山隆一候補を当選させた点で選挙参謀森裕子氏(自由党・それ以前も小沢一郎氏を支えてきた)の見事な指揮に思い当たる
茨城県知事選で
鶴田まこみ候補と推薦勢力をつなぎ、局面局面で指揮をした参謀はいただろう
けれど森裕子氏のような国会議員レベルの政治力
推薦共産、ということは6グループでも筆頭格が日本共産党ということか
広範な推薦グループをまとめ、局面で全体を指揮するような代議士レベルの参謀はどうなっていたのか
鶴田まこみ氏の「ことば」を選挙運動でにない、全県できめこまかく浸透させる小集会を路地裏から路地裏まで実態化させること
それはなされなかったろう
仙台市長選で野党共闘勝利のあと横浜市長選は民進党真山国会議員が参謀をつとめた。
真山氏の腹心の選挙プロが語った言葉が印象的だった
「真山氏は衆院選の時隅から隅まで歩き回った。しかし今回の市長選候補は殿様選挙。路地から路地へとは入っていない」。
40万台の2人の茨城県知事候補に比べて鶴田氏は20万票には届いていない。
9月の堺市長選は自民から共産までの共闘候補と日本維新の会の候補の一騎打ち。
10月22日には、三衆院補選と川崎市長選挙。
衆院補選は自民と民進は候補を決めている。
川崎市長選挙は前回自公を破った前県知事松沢成文代議士の直系福田氏が当選した。
今回は早くから立候補を表明ししかも自公も相乗りする。
8月30日段階で、野党側からは何の動きも市民には伝わっていない。
<未完>
櫻井 智志
ことばは、
政治的言語はただの命題や記号ではない。
ことばのむこうに豊かなイメージをともなういきいきとした意味や世界がある。
私は茨城県知事選挙に出馬した鶴田まこみさんの言葉に
いままでの政治家・政治屋にはないものを感じた。
鶴田さんの公的な演説しか聴いていないが、
それでも絶叫型の選挙運動家のことばとは異なる。
語りかけている。
目の前のひとりひとりに話しかけるように。
そして政党や政治団体が結集して支援した。
しかし鶴田まこみさんのことばは限られた範囲内でしか伝わっていなかった。
鶴田さんの温かみのある人間的なことばが伝わらなかったことに
痛烈な衝撃を受けた。
「野党と市民の共同」という政治家たちは
この命題にどのようななかみをイメージしているのだろうか
きょう仕事帰りにコンビニにならぶ「夕刊フジ」の見出しが眼にとまった
夕刊紙「日刊ゲンダイ」はデジタルネット購読しているので買わない
「夕刊フジ」も滅多に買うことはないし最近は全くない
見出しに東京新聞で副論説主幹の長谷川氏の新連載の告知があった
『・・いまや「偏向の正体」がネタになるほど、左派系マスコミはとち狂っている(笑)』
この一行に凝縮されている明確なリベラルな東京新聞とはきわめて異質な立場への転移だ。
東京新聞で菅官房長官に国民サイドから徹底した質問をおこない政府の横暴を明確にした女性記者
彼女はそのためにつらい立場に追い込まれ、ネットでも励ますサイトがある
日本の政治が中曽根康弘首相、小泉純一郎首相、安倍晋三首相の手中にある時期。
中曽根国鉄解体は、総評の最強単産解体による消滅により社会党の弱体化を実質化した
小泉「郵便局民営化」は悪しき公共事業の民営化による全国の公的生活手段や社会資本を変質させた
安倍政治は戦後日本の「民主化」を壊滅させた
彼ら自民党発の首相三馬鹿トリオは
日本社会の土性骨の骨を抜いてぐにゃぐにゃにしてしまった
対抗勢力も戦後社会党が国会の三分の一を占めることで改憲策動を阻止してきたけれど
中曽根康弘政治で瓦解した
日本共産党は1970年代には国会議席が40議席、50議席台になったがそれを超えてはいない
80年代からは山あり谷ありであるが、低迷した時期が長かった
福島原発事故発生という驚くべき不幸を味わった国民が起ち上がった
自然発生的に市民が起ち上がり、反原連など市民の蹶起は燎原の火のように全国に広がった
この時日本共産党は市民と協力して反原発運動の一翼を担った
危機的事態を主体的に自らのものとした共産党は以後国会や地方議会でも国民の支持を勝ち得た
茨城県知事選挙は、
4野党共同と市民の共闘で国政選挙や自治体首長選挙の流れをうけている
しかし民進党・社民党は個別に党員議員は強く支援を行っているが政党としての共闘には加わっていない
市民運動18年を継続し原発汚染地域の動物など家畜のいのちを救うNPOを担ってきた
弁護士の夫の支えもあり知事選に立候補した
保守的風土の茨城県の全県的政治戦だから即当選は難しい客観的情勢はあったろう
新潟県知事選挙と比較してみる
米山隆一候補を当選させた点で選挙参謀森裕子氏(自由党・それ以前も小沢一郎氏を支えてきた)の見事な指揮に思い当たる
茨城県知事選で
鶴田まこみ候補と推薦勢力をつなぎ、局面局面で指揮をした参謀はいただろう
けれど森裕子氏のような国会議員レベルの政治力
推薦共産、ということは6グループでも筆頭格が日本共産党ということか
広範な推薦グループをまとめ、局面で全体を指揮するような代議士レベルの参謀はどうなっていたのか
鶴田まこみ氏の「ことば」を選挙運動でにない、全県できめこまかく浸透させる小集会を路地裏から路地裏まで実態化させること
それはなされなかったろう
仙台市長選で野党共闘勝利のあと横浜市長選は民進党真山国会議員が参謀をつとめた。
真山氏の腹心の選挙プロが語った言葉が印象的だった
「真山氏は衆院選の時隅から隅まで歩き回った。しかし今回の市長選候補は殿様選挙。路地から路地へとは入っていない」。
40万台の2人の茨城県知事候補に比べて鶴田氏は20万票には届いていない。
9月の堺市長選は自民から共産までの共闘候補と日本維新の会の候補の一騎打ち。
10月22日には、三衆院補選と川崎市長選挙。
衆院補選は自民と民進は候補を決めている。
川崎市長選挙は前回自公を破った前県知事松沢成文代議士の直系福田氏が当選した。
今回は早くから立候補を表明ししかも自公も相乗りする。
8月30日段階で、野党側からは何の動きも市民には伝わっていない。
<未完>