2019年11月30日東京新聞 夕刊
1987年3月31日、JR発足を前に記者団に囲まれる中曽根康弘首相=首相官邸で
写真
中曽根康弘元首相はロッキード、リクルート、東京佐川急便と、戦後の日本を揺るがした事件でたびたび名前が取り沙汰されてきた。
中曽根氏が自民党の幹事長だった一九七六年に発覚したロッキード事件では、トライスターの日本への売り込みに影響を及ぼし得る人物として早くから名前が浮上。七七年の衆院ロッキード問題調査特別委員会の証人喚問で潔白を主張した。
リクルート事件を巡ってはリクルート社から未公開株の譲渡を受けていたことが判明。野党は「中曽根氏がリクルートに便宜を図るよう働き掛けた疑いがある」などと追及を強めた。中曽根氏は八九年五月、国会での証人喚問で「やましいことは一切していない」と関与を否定したが、政治的責任を取り自民党を離党。その後復党した。
東京佐川急便事件では佐川急便グループが中曽根氏が会長を務める世界平和研究所に数億円の寄付をしていたことで名前が挙がった。