幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

東京五輪経費は「1.7兆円」 組織委公表額より3000億円増 "少なく見積もり、賛成を増やす考えだった!”

2022-12-21 18:55:22 | 社会
https://news.yahoo.co.jp/articles/d35121a84ec6b3dc320a7b98854abc125e757870 12/21(水) 17:00毎日新聞

 東京オリンピック・パラリンピックに要した総経費について会計検査院は21日、約1兆7000億円に上ったと発表した。大会組織委員会は6月、総経費は約1兆4000億円だったとしたが、検査院は「経費とし て算定すべき項目が不十分」として約3000億円上積みした。組織委、東京都と共に3者で経費を負担した国は大会前後を通じて自ら総経費を公表しておらず、検査院は「国際的なイベントの場合、国が経費全体を明らかにする仕組みを検討すべきだ」と指摘している。

【東京五輪を巡る汚職事件の構図】

 ◇会計検査院「算定が不十分」

 東京大会に関して国会は2017年、検査院に対して国の取り組みや施策の状況を検査するよう要請し、検査院は大会開催前に2回報告している。今回は大会開催後初めての報告で、かつ最終検査結果となる。

 検査院は今回、組織委が大会の総経費のうち国負担分を1869億円と算定していたのに対し、実際は約4668億円だったと指摘。選手強化費やセキュリティー対策費、コロナ対策費、競技場整備費など経費に含まれていない額が2799億円分あり、加算すべきだとした。

 また、検査院は総経費について、大会経費だけでなく「本来の行政目的のために行われる事業だが、大会の成功にも資する事業の経費」である大会関連経費を加えた場合は、約3兆7000億円に達するとも算定した。この関連経費は国と都の負担分の合計で、道路や気象設備の整備費などが含まれる。

 国は大会経費に関して大会開催前の21年1月、担当する内閣官房オリパラ事務局が「オリパラ関係予算」を公表しているが、大会開催後は予算に対する支出を公表していない。検査院は「『オリパラ関係予算』自体が総経費を示したものでない上、国は総経費のうち国費負担分も大会の前後を通じて取りまとめていない」と指摘。今後も国としての公表予定がないとし「国際的な大規模イベントで相当程度国が関与することが見込まれる場合は、国民の理解に資するよう十分な情報提供を行うべきだ」との所見を示した。【柿崎誠、安達恒太郎】

感想
rong>国立競技場、民営化メド立たず 完成後も国が維持費56億円負担

税金だと思うと、湯水のごとく使っていたのでしょう。
そしてオリンピック顧問などの肩書で、多額の収入を得ていた人が多いでしょう。
まさに税金の中抜けです。

それだけのお金を出して、何か日本の将来へのメリットあったのでしょうか?
だったら、貧困層のシングルマザーや若者支援の貸与の奨学金を増やした方が、日本の未来への種蒔きになったのではないでしょうか。

ナチス収容所のタイピストだった97歳、有罪判決 1万人以上の殺害に関わったと認定 ”犯罪に協力するとタイピストでも責任を問われる”

2022-12-21 17:57:27 | 社会
https://news.yahoo.co.jp/articles/5566ec4fd6cf9b9cc52c47f022aca8694b696b62 12/21(水) 15:01 BBC News
ナチス収容所のタイピストだった97歳、有罪判決 1万人以上の殺害に関わったと認定

第2次世界大戦中、ナチス・ドイツの強制収容所で司令官の秘書だった97歳の女性に対し、ドイツ・イツェホーの裁判所は20日、1万500人以上の殺人に関わった罪で有罪判決を言い渡した。

イルムガルド・フルヒナー被告は10代のころ、ナチス占領下のポーランドのシュトゥットホーフ強制収容所に速記タイピストとして採用され、1943~1945年に勤務した。

同収容所では、ユダヤ人やポーランド人、ソビエト連邦軍の捕虜など約6万5千人が、恐ろしい状況で死亡したとされる。収容者の殺害にはさまざまな方法が用いられ、1944年6月以降はガス室で何千人もが殺された。

戦後、ナチスの犯罪に対する追及が続いており、フルヒナー被告はここ数十年で裁判にかけられた最初の女性だった。勤務時は18~19歳だったため、裁判は特別少年裁判所で進められた。

この日の判決公判では、1万505人の殺人をほう助し、別の5人の殺人未遂に加わった罪で、執行猶予付き禁錮2年の刑が言い渡された。

被告は民間の労働者だったが、収容所で何が起きているかは十分に認識していたと、裁判所は認定した。

裁判では収容所の生存者たちも証言した。そのうちの何人かは裁判中に死亡した。

被告は昨年9月に裁判が始まると、入居していた高齢者施設から逃げ出したが、数時間後にハンブルクの路上で警察に発見された。

■40日黙秘のあと「申し訳ない」

フルヒナー被告に対する刑事責任の追及は、ナチスの強制収容所の元看守が有罪判決を受けたことから可能になった。元看守の裁判では、看守だったという事実が、共犯を証明する十分な証拠になるとされた。これを受け、2011年からさまざまな人物に対する訴追が始まった。

フルヒナー被告は、シュトゥットホーフ収容所のポール=ウェルナー・ホップ司令官の直下で働き、収容者に関する文書などを扱っていた。

裁判で被告は、黙秘を続けていたが、40日たって法廷で、「起きたことすべてについて申し訳ない」、「あの時、シュトゥットホーフにいたことを後悔している。それが私が言えるすべてだ」と述べた。

弁護団は、被告が何を知っていたか疑わしいとして、無罪にすべきだと主張した。

ただ、裁判では、被告の夫が1954年に述べていたことが証拠として採用された。夫は、「シュトゥットホーフ収容所では、人々がガスで殺された。司令官本部の職員たちはそのことを話題にしていた」と話していた。

ドミニク・グロス裁判長は、被告が集団殺害の煙と悪臭に気づかなかったとは「想像できない」とし、「被告はいつでも辞めることができた」と指摘した。

被告は戦後、収容所で知り合ったとみられるナチス親衛隊(SS)の隊長の1人と結婚。その後、ドイツ北部の小さな町で事務員として働いた。夫は1972年に死去した。

■生存者たちの思い

シュトゥットホーフ収容所の生存者のジョセフ・サロモノヴィッチ氏は、今回の裁判で証人として出廷した。父親が致死注射によって殺された1944年9月には、まだ6歳だった。

同氏は昨年12月、「彼女は間接的に有罪だ」、「たとえ彼女がただ事務所に座って、父の死亡証明書に印を押しただけだとしてもだ」と、裁判所で記者団に語った。

シュトゥットホーフの別の生存者、マンフレッド・ゴールドバーグ氏は、唯一残念なのは判決の性質だと語った。

「97歳の人が刑務所で服役させられないのはわかっていた。これは象徴的な判決に過ぎない」と、同氏はBBCに話した。

「だが刑期は、1万人以上の殺人に加わったという異常な蛮行を反映したものであるべきだ」

■最後の裁判か

フルヒナー被告の裁判は、ナチス時代の犯罪に関してドイツで行われる最後の裁判になるかもしれない。ただ、いくつかの事件についてはまだ捜査が進められている。

シュトゥットホーフにおけるナチスの犯罪については、近年、別の2つの事件が裁判になった。

元収容所看守の男性は昨年、共謀罪で有罪となる「可能性が高い」と裁判所から判断されたが、裁判に不適格とされた。

2年前には、別のSS収容所看守だったブルーノ・デイ被告が、収容者5000人以上の殺害に加担したとして、執行猶予付き禁錮2年の刑が言い渡された。
(英語記事 Nazi typist guilty of complicity in 10,500 murders)

感想
上司の命令、お金のためであっても、犯罪に協力/加担すると罪を問われるということです。
やってはいけないことはやってはいけないのです。

「九州大学生体解剖事件 70年の真実」熊野以素著 ”「仕方がなかったなどというてはいかん」”