英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

『将棋世界』7月号①

2009-07-19 20:26:06 | 将棋
★「終局10分前のドラマ」 名人戦第3局 観戦記 谷川九段

 谷川九段の観戦記は、序盤は過去の例などを挙げて説明することが多くて、実戦の局面が、過去の実戦や研究の積み重ねを経たものであるということが実感できる。
 また、目線が対局者に近いので、対局者の心理も分かりやすい。
 ただ、最近は終盤の開設に切れがなくなっているように感じる。


 ともに後手番を勝利し、一勝一敗で迎えた第3局、後手番の羽生名人は2手目に△3四歩と突き、横歩取り8五飛車戦法に進んだ。

 羽生名人は松尾流(松尾図)を選ぶ。



 最初この手を見た時は驚いた。アマチュアなら、逆に5五にいる飛車を8五に逃げるかもしれない。観戦記によると、10年前から指されている定跡とある。そうか、この手が指されて10年経っているのか。図で▲5五同角なら△同角▲8八銀△4四角打がある。
 松尾図より▲4五歩△5四飛▲3三角成△同桂▲6六歩△7五歩▲8三角と進み、羽生名人は△4五桂の丸山新手(丸山図)を採用。



 この手について、谷川九段は観戦記で次のように書いている。
「丸山新手の局面は本局が7局目だが、初出は平成13年の名人戦第7局。(先)谷川-丸山戦である。
 私にとってはあまり思い出したくない将棋だが、△4五桂と飛ばれたときの衝撃だけは忘れることができない。
 直前の▲8三角に77分考えたのだが、この手は全く見えていなかった。桂損をした上に急所に桂を跳ばせ、その代償は1九の香を取ること。
 (▲4五同桂△4六角▲5八金)△1九角成とした局面の後手陣は見るからに危険で、例えば本譜封じ手の▲2三歩に△同銀なら、▲同飛成△同金▲3五桂でそのまま寄ってしまう。
 ただし、△2五歩から飛車先を止められること、△4六馬や△5五馬の味が良いことなど、後手にも楽しみがある。」

 後手からは選ぶのに抵抗を感じる丸山新手(△4五桂)であるが、後手もそれなりに指せるらしい。BS中継の解説では、△1九角成以下、▲2三歩△3一銀▲3五歩△5五馬▲5六角成(羽生新手直前図)△4四馬と進め、やや先手持ちのニュアンスだった。



 ここで、羽生名人は新手△5六同馬を着手。せっかく作った馬だが、相手の馬と相殺なのであり得る手だ。以下▲5六同歩△2五歩▲3六飛△5二玉と羽生名人らしいやわらかい手順を駆使する。以後、徐々に将棋は羽生ペースになっていった。
 この手順、実は裏話がある。(詳しくは女流棋士誕生35周年記念パーティ⑪ 《終》)


 指し手は進み夕食休憩図。



 少し前(68手目)の△7六歩が疑問手で、谷川九段は「混戦に」と表現し、夕食休憩図でも「依然均衡は崩れていない」と記している。しかし、BS中継解説では、かなり羽生名人が良いというニュアンスだった。

 夕食休憩図以下、△4六桂▲5九金△3八飛▲6七玉△7七香▲6九銀△8四飛▲8六香(つまづき図)。



 観戦記では
「▲6九銀に手順に△8四飛と回り、△3五金と銀取りに引く手も味がよい。ようやく後手よしが見えてきたが…」
 とある。

 ここで、疑問が。
 夕食休憩図からつまづき図まで、観戦記では後手は最善の手順、先手の手にも疑問手の指摘はない。となると、夕食休憩図の評価か、つまづき図に至る解説のどちらかに誤りがあることになる。

 さて、つまづき図で羽生名人は△6四飛と指すが、
「ここでは平凡に△8五歩が正着だった。羽生名人は▲4四歩を気にしたが、△3五金▲4三歩成△同玉▲4四歩△3二玉▲4三角△4一玉▲7六角成△4五金▲4三歩成△4二歩(参考図①)で、後手はっきりよしだった」 らしい。



 本譜は先手に手順に8三に成香を作らせてしまった。仮に、つまづき図の△8四飛で単に△6四飛と回ったとすると、そこから先手が▲8六香▲8三香成と2手連続で指したことになる。

 つまづき図より△6四飛▲8三香成△7九香成▲7三成香△8四飛▲9六角△6九成香(逆転図)と進む。



 「△7九香成では△3五金が優ったし、▲9六角に対する△6九成香でも、△8八飛成としなければいけなかった」
 羽生名人変調で、あまり先手玉に迫っている感じがしない。対する先手は成香が7三にまで行き、9六の角は攻防に光っている。


 逆転図より郷田九段、「▲6三成香△同銀▲7三馬が必殺の順」(観戦記)。
 確かに、「一閃」の寄せ。羽生陣がグラッと揺らいだように見えた。羽生名人も△8五銀とこらえるが、▲5五桂△6二歩▲6三桂成△同歩を利かし、▲8四馬と飛車を取り勝利は目前。
 羽生名人の△3七飛成(ドラマ図)は俗に言う“最後のお願い”に見えた。


 「(ここで指した)▲7八玉は後手玉が詰めろと錯覚した痛恨の一手。△9六銀と角を取られ▲6四桂としても△同歩▲6三銀△同玉▲8三飛△5二玉▲5一馬△同玉▲5三飛成△5二歩(参考図②)でわずかに詰まない。




 ドラマ図では合駒するしかなかった。ただし、△9六銀と取られて簡単ではない。
 控室は▲5七桂△9六銀▲4四歩で先手勝ちと即断していたが、これは△5九成香▲4三歩成△同玉▲4四銀△4二玉(参考図③)



で後手玉が妙に詰まない。

 ▲5七銀△9六銀▲9二飛が最有力か。以下△6二桂に▲7四桂(参考図④)



から6二の地点をしつこく攻めていけば、先手に分があったはずである」

 巷では、「郷田九段が簡単な勝ちを逃した」という評価だが、実際はかなり難しかったようだ(羽生ファンとしてはここが肝心)。
 簡単に結論付けないのは、さすが谷川九段だが、「最有力か」「先手に分があったはずである」は切れの良くない表現だ。
 それにしても、夕食休憩後から羽生名人の足取りがかなり乱れ、逆に時間切迫の郷田九段の指し手は冴えわたっていて、相当差がついた感があったが、まだ難解だったとは。
 きっと、郷田九段もこういう感覚があったはずで、苦しい時間が長かったのと、時間切迫もあって、最後の錯覚につながったのではないだろうか。

 終盤はともかく、中盤の羽生名人の指し回しは見事で、羽生名人の快勝譜になるはずであった。
 終盤のふらつきを時々見せるのは、ファンとしては心配だが、王将戦、名人戦、棋聖戦とカド番を跳ね除けての防衛。これは大きなプラス要素。夏場の王位戦での消耗がない分、是非とも竜王位への挑戦権を獲得して、昨年の雪辱を果たしてほしい。
コメント (2)
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