英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

小田原・箱根・東京紀行 その1「小田原城」

2023-06-25 15:22:16 | 日記
 6月18日6月22日の記事でご報告しましたが、旅行に行ってきました。
 1泊以上の旅行は5年ぶり(詳しくは6月18日の記事で)。
 いつもと違うのは、嫁さん帯同ということ。……あ、そうだ!4年ほど前に、ふたりで“なばなの里”にイルミネーションを観に行ったっけ(長島温泉の宿泊代が高いところに一泊)。ごめん、忘れていた。
 この時も、《私の賞味期限が3年ほど延びたかな》と思ったが、今回は《5年は大丈夫かな?》と。

 午前10時前に”しらさぎ”に乗車、米原で“ひかり”に乗り換えて、小田原駅に12時半ごろ到着。
 福井は晴れていたが、上空の寒気の影響で静岡県に入った辺りから、曇り空に。富士山は見えず、妻は残念がっていた。
 小田原は陽が射していて、暑いくらいだった。この3日間、平野では青空が広がることが多かったが、上空に寒気があると、山に雲が発生しやすくなる。箱根湯本、芦ノ湖(2日目)でも富士山を観ることはできなかった。でも、3日とも雨は降らなかったので良かった。

 初日は箱根湯本泊だが、観光のメインは芦ノ湖や大涌谷付近になるので、2時過ぎに箱根湯本に入っても、中途半端になる。そこで、小田原城へ。
 小田原駅を降りて、駅付近にあった、街の地図で方角を確認して歩くと、すぐに小田原城の天守閣が見えてきた。しかし、次の交差点では、天守閣とは違う方に曲がれという標識。
 《さては、誤情報で本丸に近づけさせないという策略か?さすが“難攻不落の小田原城だ》(←「んなこたぁ~ない」(タモリ調でお読みください)

小田原城公式サイト園内マップより】


 城址公園(小田原城の敷地)はとにかく広い……と思ったが、江戸時代に縮小され、三の丸以内が城域となり、さらに二の丸以内の部分に縮小されてたのが現在の城址公園らしい。
 それでも、城付近についてからが長かった。「駅から歩いて10分」というネットの情報だったが、どこまでを指して言っているのだろう?
 ようやく、正面入り口に辿り着いたと思ったが、馬出門銅門(あかがねもん)常盤木門(ときわぎもん)が丁寧に出迎えてくれる。

    銅門


    常盤木門

 3つの門を通過して、ようやく本丸。
 お腹の要求に応えて、本丸茶屋で昼食。メニューに「小田原どん」(とある。《これは食せばなるまい》と注文するが、“販売停止”とのこと。
《ぬぬっ!またしても計略か?》(←「んなこたぁ~ない」)
 この記事を書く際に調べてみたが、小田原挙げての企画メニュー
【小田原どん……定義】
一 小田原の海と大地で育まれた新鮮な食材を、一つ以上用いること
二 伝統工芸品・小田原漆器の器に盛って饗すること
三 お客様に満足していただき小田原をさらに好きになっていただけるよう、おもてなしすること

 15店舗それぞれの創意工夫と心を込めての”おもてなし”とのこと。
 ちなみに、本丸茶屋の“小田原どん”の正式名称は「小田原戦国武将 茶漬け丼」という気合の入ったもの。
 《自家製だしまき卵に小田原名産の板わさ》《無農薬米の茶飯おにぎりに 幻の杉田梅の梅干を合わせた茶漬け》で、”限定10食”とのこと。
 まさに幻のお茶漬けであった……

 腹ごしらえを済ませ、いざ、天守閣!

 とは云うものの、天守閣までの石段もなかなか手強い。一段ごとの幅と高さがある。
 さらに、天守閣自体も5階建て。

 石垣からの高さは27.2mで、全国第7位!
 お陰で、見晴らしはなかなかのモノ。



 小田原城で観光気分(“アスレチック気分”かも)を盛り上げ、箱根登山鉄道に乗り込む。
 箱根湯本までは約15分。しばらくすると、景色も温泉郷ぽくなってきた。いよいよ、箱根だ。

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