かずかずに われをわすれぬ ものならば やまのかすみを あはれとはみよ
数々に われを忘れぬ ものならば 山の霞を あはれとは見よ
閑院の五の皇女
何かにつけて幾度となく私を思い出してくれるのであれば、山の霞をしみじみと思いを込めて見てください。
巻第十六「哀傷歌」もこの歌を含めて残り六首。これまでは他者の死を悼む歌でしたが、ここからは亡くなった本人の辞世の歌が並んでいます。長い詞書がついていて、「式部卿の親王、閑院の五の皇女に住みわたりけるを、いくばくもあらで女みこの身まかりにける時に、かのみこの住みける帳のかたびらの紐に、文を結ひつけたりけるをとりて見れば、昔の手にてこの歌をなむ書きつけたりける」とあります。山の霞を思いを込めてみてくださいとは、当時、火葬の煙が霞や雲になると信じられていたためです。
作者の「閑院の五の皇女」は詳細不明ですが、第58代光孝天皇の第五皇女、皇女穆子内親王(ぼくしないしんのう)のことではないかと推測されています。