龍の尾亭<survivalではなくlive>版

いわきFCのファンです。
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4月20日(水)のこと<「装われた日常生活」が幕を上げる>

2011年04月20日 14時54分34秒 | 大震災の中で
昨日は勤務校の入学式だった。
あいにくの雨で、保護者の晴れ着も駐車場にした校庭の泥で台無しになってしまいました。
私も警備係で外に立ってクルマの誘導をしていたら、風邪を引いてしまったようで、昨夜はもう夕方から寝込んでいました。

熱はないけど咳がひどい。

病気をしてベッドで寝込んでいると、外側で大変なことが起こっていても、何やら今ひとつリアリティが感じられず、ついつい自分の体調にかまけてしまう。

そういうものかもしれない。

ただ、今ここで自分の周辺に起こっていることばかりではなく、地域や世界に起こっている事件について耳をそばだてていなければならない、という「緊張感」は、あきらかに3/11以降頭から離れたことはないのも事実だ。

今だに続く余震もそうだし、万一福島第一原発に爆発が起こった場合、どうやってその瞬間の風向きとか強さとかの情報を手に入れられるか否かで、自分の人生は大きく分かれてしまうのだから。

考えてみれば、飯舘村の土地は、シミュレーションのデータ予測を何も知らされないまま、結果として住めないほどの蓄積線量になってしまったわけだし。

経済的な限界がなければ、次回の爆発による放射能飛散まで考えて退避させればいいのかもしれないが、現実のソロバン勘定として福島市30万人といわき市34万人を「避難」させるのは現実的ではないのだろう。

大気中の汚染は確かに逓減している。
だから、私たちいわき市民は、一見「普通」の日常生活に戻ったかのように見える。

しかし、もう一度爆発があれば、そして風向きの如何によっては福島市やいわき市が「飯舘村」の二の舞になるリスクはまだまだ高いと言わねばなるまい。

原発事故の現場では、体力の限界の中で作業員が命がけで闘っていると聞く。

水素爆発の再発が起こらないことを祈りつつ、
我々30キロ権内に隣接した市町村の住民たちは、平たくいうと「緩衝地帯」居住区のような役割を結果として担わされているようなものだ。

つかのまの静けさが、どこまで続くのか。

潜在的な不安を抱えたまま、
「装われた日常生活」
が幕を上げようとしている。

ぶっちゃけた話、いくら安全だ、
とか百曼陀羅聞かせられても、「ストレス死に」しそうだよって感じもするね。
仕方がないから、私たちは「忘却装置」としての日常を生き始めるわけだけれど。
そして、それは、原発が稼働していたころの地域住民の置かれた心理状況と、そんなに変わらないよね。




4月20日(水)のこと<友人からのメール>

2011年04月20日 14時34分59秒 | 大震災の中で
友人からメールがきた

引用開始-----------

ブログでコメントしようとしたのですが、しばしばフリーズするので、ここに少し書きます。
あの地震で、電気は3日、水は5日止まった訳だけど、うちの辺りは果樹園地帯で、古い農家はほとんど、自分の家に井戸を持っており、この辺りは地下にかなりいい水かながれていて、農家は市の水道と井戸水両方を使っているので、電気が通れば水は自給できるのです。わが家は、井戸は残っているものの、家を新築したとき、ポンプを処分してしまったので、電気が通っても、他の新しいし住人たちと同じように、早朝から給水所に並び、トイレ用には家ノ前の小川の水を汲んで使っていました。それに関しては、農家に含むところは全くない。
さて、この果樹園地帯には、共同で出資し管理している井戸が、うちから50メートルの所にある。果樹園に散水をしたり農薬を薄める水として使われています。電気が通って二日目に、ある農家がその水を使って果樹園に散水しているのを見てショックをうけました。近所には未だに給水所でわずかな水を一時間かけて調達するしかない人々の存在がその農家には見えないのです。僕は、牧歌的な昔話をしようとするのではありません。昔とて農家が助け合って生活していたわけでもないでしょう。ただ、役割的に助け合いの振る舞いをする場面はあっただろうと思う。嫌々ながら僕たちが廃品回収などの子供会行事に参加するように、あるいは村八分にされた家でも村の人々が葬式だけは協力するみたいに、今日でもそういう場面の担保があってもいいと思った。そういう場面のシミュレーションとして地域にはいろんな行事が有るのかもしれません。僕はそんなの面倒で全部パスしたい人間だし、若い人たちはなおさらそうだろう。でも、まさしく、浅くてもいいから、そういう地域の人間
関係を担保しておかないと、僕が給水が行われている脇で果樹園に散水する立場にならないとも限らない。
引用終了------------

大震災のようなとてつもない災害の場合、素朴な
「困ったときはお互い様」
を実践してほしいものですね。

平気で無神経なことをしてしまわないように気をつけなくちゃ。
とくに水はね。生活水準維持ばかりじゃなく、生命維持に不可欠なものですから。

まあ震災後初めてスーパーマーケットが開店したときには、ダッシュで卵を買いに入り口から売り場まで走ったりもしたので、あんまり偉そうなことはいえませんが(^^;)