母は薬をたくさん飲んでいた。血圧を下げる薬、便秘の薬、腰痛を和らげる薬、胃の痛みを和らげる薬、ーーーー
数年前、1月の寒い日に母が救急車で病院へ運ばれた時、父がつきそった。翌日、見まいに来られたかたがたとベッドに起き上がって談笑するほど回復した。次の日は血圧低下で眠って、それ以来、目を覚まさず、数日でーーーー
母が病院へ行った時、仕事がものすごく忙しく遠くにいて帰れなかった。翌日、みなさんと飲み物など飲んで楽しんでいる、と聞いたので安心して仕事を続けた。
ところが体調が急変した、というので大急ぎで病院に行くと、目を閉じて息だけして眠っている母は、何を話しかけても眠っているだけだった。
父が憔悴していた。血圧が低下し戻らない、血圧を上げなければダメだ、それなのに上がらない、と右往左往していた。お医者様に何度も来てもらったが、元に戻らない、と言った。
当時、なぜ、血圧が上がらないのか不思議だった。大病院でお医者様が大勢おられてどんな薬でもたくさんあるのに、とても不思議だった。眠るだけになった母。いつも飲んでいた薬の目標を達成できたことになるが、目を覚まさなかった。
会話できなかった。ズウウッと点滴しているのに血圧は上がらなかった。ベットの横に小さな安楽イスを持ち込んで目を覚ますかもしれないと昼も夜も分担して誰かがいるようにした。血液をサラサラにする薬を使うからと、お医者様から同意を求められた。このままでは血液がどこかでつまってしまうから。副作用は強烈で内蔵で出血した場合、
止まらない、
ということだった。
血液サラサラにするなら大根おろしだが、飲んでもらうことができない。今なら、血圧上げるなら、梅干し、濃い味噌汁、醤油など思いつく。当時、血圧を下げる薬を飲んでいた母は、望み通り血圧が下がって本望のはずだ、何が問題なのかわからなかった。目標達成でなぜ、目を覚まさないのか原因が全くわからなかった。たとえわかっても、どうやって飲んでもらえるのか、食べてもらえるのか、絶体絶命とはこのことだ。
数日の延命処置だとわかったが、同意した。本当に数日の延命処置だった。多臓器不全ということだった。