枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

徒然、想う・・・

2013年01月09日 | Weblog

 先日来の寒波が、少し緩まった感じの一日であった。朝は、指が冷たく、ストーブを点けたが、夕食には要らなかった。天空に近く、木星が輝く。一際煌びやかに頭上より光る。新聞では彗星の記事があったが、宇宙と言う存在は、農耕とは切っても切れない。

 日本には、昔、むかしは神々が居り、人々は畏れ敬い、生かされていることを感謝していた。科学の進歩が悪いのではないが、原発を造り始めた頃から、歯車が狂い始めた。民主党政権に横槍を入れ、政権奪回と言っているが、元々は自民党のしてきたことだ。

 レ・ミゼラブル。ああ・無情は、以前NHKの教育テレビで観た。年末の番組にあって、『タイタニック号の悲劇』『アラビアン・ナイト』『ああ無情』『小公子』『アンクル・トムの小屋』が、何年かあったように記憶している。ジャンバル・ジャンの姿に胸が詰った。

 原作に忠実な方が、当時の背景等から、人々の暮らしがわかり、より親近感を持てる。そういうことから言えば、フランスのテレビ局が勢作したものと思える。子どもの頃には、本の類は兄だけの特権で、読み古しか、留守に隠れて読んだ。

 近所のお兄ちゃんの所には、『少年』があった。発売日には、こっそり兄について行き、ちゃんばらに混ざり、ずるをして読ませてもらう。その内、お兄ちゃんは、私の魂胆がわかり、黙って置いて見せてくれた。実の兄より優しかった。

 学校の図書室は、小学校の5年生位から本が増えていき、当時無医村に着任した医師が、善意から揃えていたらしい。学校医も兼ねている所から、田舎の貧しい小学校を、不憫に思ってのことだろう。図書室には医師の名の文庫がある。

 それにしても、この年になってもまだ、読みたい本は増えていく一方だ。仕事絡みで読まなければならないのもあるが、多数は児童書で、次が好みの作家である。断トツ、平岩弓枝、宮部みゆき、宮城谷昌光。後は、文庫で買ってあるのを読み直す。

 最近、木村秋則著作が加わった。借家住居であるので、床が抜けるか、眠る場所がなくなるかは不明。泥棒も、持って帰るものが無いのか、2度ほど玄関が開いていたが、盗られなかった。盗る物がなかったら、遠慮はしません。現金を置いて行ってね。

 山茶花。濃い赤や、薄桃、赤等があるが、白がいいなぁ。初冬の空に咲く、白い山茶花が、詩の情景に似合う。

 

 

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