耐寒訓練にも色々あって、寒稽古と称しての運針は、息使いだけが聴こえる講堂で、乙女が一心に針を運ぶ。その前に、1年間に使わせてもらった針を、豆腐に刺して供養する。そういった習わしがあったものだが、ミシンは愚か、針など見向きもしない。
勤務先の繕い物は、ひたすら見つけた時点で持って帰り、ゴム紐を換え、裾を縫い、解れを留める。破れた箇所には布を当て、針を動かす。休みの日の仕事だ。高齢者にとっての衣類は、思い出もさることながら、物資の乏しかった記憶が残っている。
破れれば、捨てることしか頭にない、今時の者には、そういった配慮は乏しい。針と糸さえあればできることだ。物は大切に扱おう。誰がするしないではなく、できる者がすればいい。もったいない気持ちを大切にしたい。直した物を手渡すと、顔が綻ぶ。
その喜んでくれる気持ちがうれしい。貧しかったけれど、継ぎ当ても厭だったが、親の思いへと通じる。お金があっても、物を大事にする気持ちは一緒であろう。当たり前のことを自然に、何気なく行える自分でありたいもの。人生の先輩として敬いたい。
昨日の暖かさは、雨の前触れだった。天変地異ではないが、よからぬことが起きないよう、願うばかりだ。南極では、ロシア船が立ち往生しているとか、救助に向うべく筈が、ミイラ取りがミイラになってしまう。ペンギンは飛び出す、雪に埋もれそうだった。
よく見ると、冷凍庫の向うに何か挟まっている。気づいて取り除けたら、やっと静かになった。朝っぱらからうるさいこっちゃ。泳げが流れ着いてから、やたらとペンギンが出没する。きっと次号まで、そこら中を迂回しているのだ。あ~!柚味噌の入り干を。
明日の弁当のおかずは、何にしようか。ここ数日、年末のお煮しめが続いている。作り過ぎた。来週には、菜の花が来るので、散らし寿しをしよう。蜆も、旬の食べ物だ。味噌が旨い。宍道湖の黄蜆がめちゃくちゃ美味しい。いや、だからおかずなんだよ。
月末の荒神さまへ参る筈が、友人は留守をすると言う。仕方ないや、独りで行ってこよう。お参りだけだから、お砂を買ったら直ぐ帰る。蝮除けが目的なので、のんびりとはしない。金柑と大判焼きはお土産。結構人出が多いのですが、こればっかりは行く。
淡い色のバラが、何とも云えない。鉢仕立てなので、一向に育たない。農薬を使わないので安心してジャムにできる。