都会では、7月がお盆と知って軽い驚きがあった。
暦も旧暦で行なう行事があれば、新暦での事もあるので、ご先祖さまの供養もできるほうでしてあげればいいと妙な納得をした。
若い時には何かと腹が立っていた事も、年を重ねる毎に、そんなこともある、と投げやりになった。
自然に任せていくことで、自ずと周るようにできているのだろうか?
自分の気持ちの持ち方しだいで、寄ってくる人も変わってくるのか?
自分がこの世に生をうけたことは、親なくしてはなかったことだ。
その親に感謝の気持ちがあっただろうか? 何より自分の口で言葉に出していってあげよう、と眠れなかった。
じっと心を清ませていると、いつしか宇宙の中を漂っていた。
昨夜は、ペルセウス流星群がながれていた。
浮かんでいた星の海は静かで冷たくて、とてつもなく大きかった。
ご先祖さまが門口に立っているのが視えた。
白枇杷の、枝に鋏を充てていたところから、新芽が出ている。枯れたかと錯覚して切りかけたのだが、思い直して止めた。
枇杷の木は挿し木もできるって、そうだったんだ。よくよく考えてみれば、人間は自然に生かされているのではないかしら?