洞爺湖にほど近い、胆振管内壮瞥町にアトリエを構える写実画家、野田弘志の個展は、2007年にも道立近代美術館でも開かれている。
画家本人が
と書いているにもかかわらず、テレビCMなどは「写真みたいにすごい絵画」などとアピールしているようで、内心やれやれと思っていた。
多くの美術愛好家にとって、いちばん知りたいのは、15年前とどこが違うのかということではないのか。前回と同じ内容なら、わざわざ同じ画家の展覧会をもう一度開催する意味がない。この画家の技倆の高さは誰もが知っている。ただ、髪の毛一本一本を描くような、技倆の高さを誇るための絵ではないのだ(ロープを描いた作品は、いくぶんそのきらいがあるとはいえ)。
今回の展覧会の特徴だと筆者が思えた事項を三つ、箇条書きにしてみよう。
・画家専業になる以前の、イラストレーター時代の初期作品がたくさん出ていた。創刊当時の「パーゴルフ」(学研)の表紙はさまざまなゴルファーの肖像だが、写真だと思っていた人も多いだろう。読売新聞1970年1月の未来予想図、吉行淳之介の作品に添えるエロティックな絵、婦人雑誌のイラスト、三菱自動車ミニカの広告など、驚くべき幅広さだ
・朝日新聞の連載小説、加賀乙彦の「湿原」の挿画が100点以上並んでいた
・当然のことながら、2008年以降に描かれた新作の人物画シリーズが最後のコーナーに展示されていた
個人的には、やはり「湿原」の挿し絵を約40年ぶりに見ることができたのは大きかった。
今回は会場にも図録にも、この画業こそが野田弘志が注目を集めるきっかけになったことが明記されているが、2007年の展覧会ではあまり触れられておらず、不満だった記憶があるからだ。
たんに「写真みたい」というだけではなく、鉛筆の濃淡によりぼかしを徹底した作もあれば、木口木版画のように細かい線の稠密で陰影を表した作もあるなど、複数の技法を駆使していることに、あらためて舌を巻いた。この水準の絵を毎日描いていたというのは、いくら小さいサイズとはいえ、ほんとうに信じがたい。
しかも、根室地方の荒涼とした大地や、冬の川など、いかにも北海道らしい風景がけっこう多いんだよね。よけいに心がひかれる。
新聞小説の母国であるフランスにはいまも挿し絵はないらしい。それはともかく、この「湿原」は、谷崎潤一郎・棟方志功コンビによる「鍵」と並んで、日本における小説の挿し絵の歴史に輝く金字塔であろう。
会場入口で単眼鏡が販売されていた。
筆者が行ったときはまだそれほど混雑していなかったが、おそらく最終の土日はかなりの人出が見込まれる。単眼鏡や双眼鏡をお持ちの方は持参するのも良いかもしれない。
「死を思う」という観点については図録などでもくわしく述べられているので、ここでは論じない。
筆者は彫刻家舟越保武のエッセー「巨岩と花びら」を会場で思い出していた。
人間が「死よ、驕るなかれ」と胸を張るとき、おそらく芸術はひとつの武器になるのだろう。
2022年11月19日(土)~2023年1月15日(日)午前9時45分~午後5時 ※入館は4時30分まで
月曜日(ただし1月9日は開館)、年末年始(12月29日~1月3日)、1月10日(火)休み
札幌芸術の森美術館 (札幌市南区芸術の森2)
https://artpark.or.jp/tenrankai-event/nodahiroshi2022/
札幌芸術の森ツイッター @sapporo_artpark
札幌芸術の森美術館Polaire ツイッター @mshop_managers
札幌芸術の森美術館 フェイスブックhttps://www.facebook.com/sapporoartmuseum/
過去の関連記事へのリンク
■存在の美学 第3回伊達市噴火湾文化研究所同人展 (2014年)
野田弘志展 (2007)
壮瞥で若手写実画家育成 「野田私塾」を支援 道銀文化財団 5年間、塾生を職員採用 (2007)
・地下鉄南北線真駒内駅からバスターミナル「2番のりば」=上の地図を参照=から出るバスに乗りつぎ、「芸術の森入口」降車。どのバスでもOKです。のりばは、改札口を出て左に曲がり、直進です。バスを降りてからは約360メートル、徒歩5分
画家本人が
私の展覧会を見に来られて「写真みたいに描いていてすごい」と言って感心してくださる方がいらっしゃいます。でも、もし写真のように描くことが目的ならば、写真を撮ればいいのだと私は考えてしまいます。
と書いているにもかかわらず、テレビCMなどは「写真みたいにすごい絵画」などとアピールしているようで、内心やれやれと思っていた。
多くの美術愛好家にとって、いちばん知りたいのは、15年前とどこが違うのかということではないのか。前回と同じ内容なら、わざわざ同じ画家の展覧会をもう一度開催する意味がない。この画家の技倆の高さは誰もが知っている。ただ、髪の毛一本一本を描くような、技倆の高さを誇るための絵ではないのだ(ロープを描いた作品は、いくぶんそのきらいがあるとはいえ)。
今回の展覧会の特徴だと筆者が思えた事項を三つ、箇条書きにしてみよう。
・画家専業になる以前の、イラストレーター時代の初期作品がたくさん出ていた。創刊当時の「パーゴルフ」(学研)の表紙はさまざまなゴルファーの肖像だが、写真だと思っていた人も多いだろう。読売新聞1970年1月の未来予想図、吉行淳之介の作品に添えるエロティックな絵、婦人雑誌のイラスト、三菱自動車ミニカの広告など、驚くべき幅広さだ
・朝日新聞の連載小説、加賀乙彦の「湿原」の挿画が100点以上並んでいた
・当然のことながら、2008年以降に描かれた新作の人物画シリーズが最後のコーナーに展示されていた
個人的には、やはり「湿原」の挿し絵を約40年ぶりに見ることができたのは大きかった。
今回は会場にも図録にも、この画業こそが野田弘志が注目を集めるきっかけになったことが明記されているが、2007年の展覧会ではあまり触れられておらず、不満だった記憶があるからだ。
たんに「写真みたい」というだけではなく、鉛筆の濃淡によりぼかしを徹底した作もあれば、木口木版画のように細かい線の稠密で陰影を表した作もあるなど、複数の技法を駆使していることに、あらためて舌を巻いた。この水準の絵を毎日描いていたというのは、いくら小さいサイズとはいえ、ほんとうに信じがたい。
しかも、根室地方の荒涼とした大地や、冬の川など、いかにも北海道らしい風景がけっこう多いんだよね。よけいに心がひかれる。
新聞小説の母国であるフランスにはいまも挿し絵はないらしい。それはともかく、この「湿原」は、谷崎潤一郎・棟方志功コンビによる「鍵」と並んで、日本における小説の挿し絵の歴史に輝く金字塔であろう。
会場入口で単眼鏡が販売されていた。
筆者が行ったときはまだそれほど混雑していなかったが、おそらく最終の土日はかなりの人出が見込まれる。単眼鏡や双眼鏡をお持ちの方は持参するのも良いかもしれない。
「死を思う」という観点については図録などでもくわしく述べられているので、ここでは論じない。
筆者は彫刻家舟越保武のエッセー「巨岩と花びら」を会場で思い出していた。
人間が「死よ、驕るなかれ」と胸を張るとき、おそらく芸術はひとつの武器になるのだろう。
2022年11月19日(土)~2023年1月15日(日)午前9時45分~午後5時 ※入館は4時30分まで
月曜日(ただし1月9日は開館)、年末年始(12月29日~1月3日)、1月10日(火)休み
札幌芸術の森美術館 (札幌市南区芸術の森2)
https://artpark.or.jp/tenrankai-event/nodahiroshi2022/
札幌芸術の森ツイッター @sapporo_artpark
札幌芸術の森美術館Polaire ツイッター @mshop_managers
札幌芸術の森美術館 フェイスブックhttps://www.facebook.com/sapporoartmuseum/
過去の関連記事へのリンク
■存在の美学 第3回伊達市噴火湾文化研究所同人展 (2014年)
野田弘志展 (2007)
壮瞥で若手写実画家育成 「野田私塾」を支援 道銀文化財団 5年間、塾生を職員採用 (2007)
・地下鉄南北線真駒内駅からバスターミナル「2番のりば」=上の地図を参照=から出るバスに乗りつぎ、「芸術の森入口」降車。どのバスでもOKです。のりばは、改札口を出て左に曲がり、直進です。バスを降りてからは約360メートル、徒歩5分