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■没後50年 神田日勝-大地への筆触 (2020年9月19日~11月8日、札幌)

2020年10月28日 20時11分10秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
 道内のアート好き、絵画愛好者は、筆者がことさらに何か言わなくても、見に行くだろうと思います。
 実際に会場に足を運ばなくても、図録がおすすめです。兄の画家・神田一明さんと、妻の神田ミサ子さんのインタビューが載っていて、読み物としてもおもしろいです。
 いま、系統だった論理的な文章をつづる余力がない上に、概説的な書物はすでに出ていて筆者がいまさら書くことでもないと思われ、ここでは、あれこれ考えついたことを断章で書いていくことにします。

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 代表作のすべてが網羅されている展覧会です。
 独立美術や全道展に出した大作は全点が出ていると思われます。
 彼の生涯の短さと、作品の大半が道立近代、道立帯広、神田日勝記念の3美術館に集中して収蔵されていることを思えば、他の画家に比してそれほどすごい事態だということではないのかもしれませんが、とはいえ、めったにない機会であることは確かです。

 従来、神田日勝記念美術館でその都度紹介されてきた小品類も、かなりの数が展示されています。
 これらの小品のなかには、筆者が初めて見たものもありました。
 ただし、今回の会場となった東京ステーションギャラリー、神田日勝記念美術館、道立近代美術館では出品作品に異同があり、近美がいちばん多いそうです。

 晩年の小品の風景画には、少ない色数ながら、空を反射する小川や、にお積みの影などを効果的に配した魅力的な作品があります。
 今回、小品が良いという一般の鑑賞者の声がけっこう耳に入ってきました。もちろん「室内風景」などの重要性にかなうものではありませんし、研究者や学芸員の間では「売り絵」扱いされ、大作よりも一段下の存在にみられてきたことは否定できません。
 ただ、それらの小品の中にも、初期からの地を這うようなリアリズムが貫かれているのは確かだと思いますし、独力でこれだけの技倆を得たことには驚かされます。


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 回顧展ですから、作品はおおむね初期から晩年へ、という順序で陳列されています。
 ただし完全な編年体ではありません。
 半ば過ぎぐらいに、代表作「室内風景」でひとつのヤマ場を設定し、その後で「晴れた日の風景」「人と牛」といった派手な色彩の絵の具をぶちまけた諸作を並べて、最後に、未完・絶筆の「馬」―という組み立てになっています。

 以前から日勝の代表作は「室内風景」と「馬(未完・絶筆)」の2点であるとされてきましたが、たとえば道立近代美術館編のミュージアム新書の表紙がそうであるように「室内風景」のほうが多く論じられ、日勝の到達点であるとされてきたという印象があります。
 この展覧会では「室内風景」よりも「馬(未完・絶筆)」を画業の到達とみる見方をとっているようで、順路にしたがっていくと、1970年の「室内風景」のあとに68年の「晴れた日の風景」が出てくる会場構成であることには注意したほうがいいかもしれません。

 「室内風景」と「馬(未完・絶筆)」のどちらが重要な作品かというのは、難しい問題で、正しい結論があるとも思われません。
 「室内風景」は日勝の知名度を一躍全国区にした作品で、道立近代美術館が開館時から所蔵しています。
 一方「馬」は、神田日勝記念美術館の所蔵で、今回のような大がかりな巡回展があるとき以外は、同館の「床の間」とでもいうべき一番良い場所に展示されています。同館のバナーにも使われ、高名な推理小説家である内田康夫の「幸福の手紙」でも重要な役割を果たしており、じわじわと知名度を上げてきています。

 筆者は、単純に
「未完成の作を代表作にされたら、画家はいい気分じゃないだろうなあ」
などと考えてきました。
 でも、夏目漱石「明暗」もドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」も実は、未完にして代表作、なんですよね。


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 未完の「馬」は、上半身だけが完成しており、下半身や背景が全く描かれていないという、いささか異様な作品です。
 いうまでもなく、こういう描き方をする人はあまりいないでしょう。日勝の特異な描法がうかがえます。

 従来は、日勝の出世作が56年の「痩馬」だったことから、彼の画業を、馬に始まり馬に終わる―的な、一種の円環のようなものとしてとらえる向きもありました。
 しかし、NHK教育テレビ(Eテレ)「日曜美術館」でも紹介していましたが、一見、茶色系の絵の具でリアリスティックに描かれているように見える未完の馬も、下地にはさまざまな色が隠されていることが分かってきています。
 そこに着目すれば、この馬が「人間」「人と牛」といった極彩色の諸作につながるものであるという見方は可能でしょう。
 そう考えれば、日勝は最晩年に、初心のリアリズムに回帰したのではなく、フォーブ調の派手な色彩のさらに「次の一手」を探っていた、といえるのではないでしょうか。


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 展示物のなかには、絵画のほか、彼が使っていたパレットナイフや、スケッチブックなどがあります。
 スケッチブックは展示室では、開いてあるページしか見ることができませんが、図録には全ページが収載されています。そのことも、図録入手をおすすめする理由です。


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 筆者は神田一明さんの展示を何度も見ているが、じつはご本人とお話をしたことがありません。
 だから、あまり断定的なことはいえないのですが、弟さんのほうが有名になっていくことに内心は複雑な思いを抱いていたのではないかと推察します。
 画家として、じぶんの絵を見てほしいときに、弟の話を持ち出されるとあまりおもしろくはないだろうな、と思うのです。
 ですから、図録でインタビューに応え、存分に思い出話をしておられることに、なんだかホッとしました。

 その中で兄は、弟の絵について
「空間がなってない」
ことを再三指摘しています。
 日勝の絵はどこまでも平面的で、絵の中に空間とか奥行きがとぼしいのです。
 空間をとらえることが苦手だからこそ、未完の「馬」のような奇妙な描き方をしていたのだともいえるでしょう。

 ただ、20世紀の美術は何でもありなので、ある意味いちばん大切な空間把握ができておらず平面的になっていることこそが、神田日勝の絵の魅力にもなっているということもできるわけで、絵の評価とはなかなかむずかしいものがあります。


 やっぱり長くなってきたので、つぎの記事に続くことにします。


2020年9月11日(土)~11月29日(日)午前9時半~午後5時(入場は4時半)、月曜・9月23日休み(9月21日と11月2日は開館)
道立近代美術館(札幌市中央区北1西17)

一般1100円、高大生600円、中学生300円、小学生以下無料(要保護者同伴)
※リピーター割引、ぶんぶんクラブ会員割引などあり


過去の関連記事へのリンク
同時代画家としての神田日勝 (2018、画像あり)
≪室内風景≫を巡る、これまでとこれからー神田日勝記念美術館 開館25周年記念展 (2018)

【告知】神田日勝と全道展 (2015)
「室内における人間像~その空間と存在」―神田日勝の『室内風景』の内奥へ (2013)
神田日勝・浅野修 生誕75年記念展 (2013、画像あり)

神田日勝と新具象の画家たち (2012)

【告知】神田日勝、画家デビューの頃 ~early1960's (2011)

神田日勝記念美術館だより28号の充実度がすごい件について/「室内風景」の発想源は? (2010)

平成21年度前期常設展「神田日勝の自画像~ 自分を見つめて」

神田日勝の世界 「室内風景」と「馬」の対面(2008年)
「信仰」と「芸術」

宗左近さんと神田日勝

関係があるかもしれない記事へのリンク
NHK朝ドラ「なつぞら」の山田天陽(吉沢亮)のモデルは神田日勝なのか
藤田令伊著『企画展がなくても楽しめる すごい美術館』 (ベスト新書)が神田日勝記念美術館を激賞



・中央バス、ジェイアール北海道バス「道立近代美術館前」で降車、すぐ(小樽、手稲方面行きは、都市間高速バスを含め全便が停車します)

・地下鉄東西線「西18丁目」4番出口から400メートル、徒歩6分

・市電「西15丁目」から700メートル、徒歩10分

・ジェイアール北海道バス「桑11 桑園円山線」(JR桑園駅―円山公園駅―啓明ターミナル)で「大通西15丁目」降車、約400メートル、徒歩5分
・ジェイアール北海道バス「54 北5条線」(JR札幌駅―西28丁目駅)「58 北5条線」(JR札幌駅―琴似営業所)で「北5条西17丁目」降車、約540メートル、徒歩7分
・ジェイアール北海道バス「50 啓明線」「51 啓明線」「53 啓明線」(JR札幌駅―啓明ターミナル)で「南3条西16丁目」降車、約830メートル、徒歩11分


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