ラスト・スパート
いつも
待っていた
そして
待ちぼうけ
そんな
人生だった
もう
待たない
だって
時間が勿体ない
ほら
いくらもないだろう
そう
ぼくの余生
だから
待ってられない
悔いなく
ゴールするために
いつも
待っていた
そして
待ちぼうけ
そんな
人生だった
もう
待たない
だって
時間が勿体ない
ほら
いくらもないだろう
そう
ぼくの余生
だから
待ってられない
悔いなく
ゴールするために
コラム・男の家事
夫が定年退職してスーパーのパートに。働く時間は大幅に減った。時間のゆとりが出来たので、わが家の食事作りは、彼が一手に引き受けた。夫は調理の仕事に従事していたから、料理はお手のものだ。しかし、家庭料理はまた勝手が違う。
カレーやハンバーグなど、夫が得意とする同じメニューが繰り返された。子どもたちは少々げんなり。家族の顔色を悟ったのか、あるいは夫自身もまずいと感じたらしい。そこでネットやレシピ本を引っ張り出した。
さっそく炊き込みご飯やちらし寿司、グラタン、パスタ、中華風惣菜店と新メニューが続々。初めての料理も「家族に美味いものを!」と夫の思いが込められてご馳走に。
この変化には子どもらが大喜び。たまに母親のわたしが作ると、「おとうさんの方が美味しい」と歓迎とはいかない。
キッチンもすっかり変わった。調理器具も使いがってよく整理された。食費も、チラシや店頭でしつこく値段比較のうえ買ってくれる。かなり節約になった。男の家事も捨てたものじゃない。
この調子なら、いっそ掃除も洗濯もと欲が出そうになるが、それは止した。主婦業の完全譲渡は、家庭でわたしの存在場所がなくなりかねないからだ。
(読売・言わせて掲載)
夫が定年退職してスーパーのパートに。働く時間は大幅に減った。時間のゆとりが出来たので、わが家の食事作りは、彼が一手に引き受けた。夫は調理の仕事に従事していたから、料理はお手のものだ。しかし、家庭料理はまた勝手が違う。
カレーやハンバーグなど、夫が得意とする同じメニューが繰り返された。子どもたちは少々げんなり。家族の顔色を悟ったのか、あるいは夫自身もまずいと感じたらしい。そこでネットやレシピ本を引っ張り出した。
さっそく炊き込みご飯やちらし寿司、グラタン、パスタ、中華風惣菜店と新メニューが続々。初めての料理も「家族に美味いものを!」と夫の思いが込められてご馳走に。
この変化には子どもらが大喜び。たまに母親のわたしが作ると、「おとうさんの方が美味しい」と歓迎とはいかない。
キッチンもすっかり変わった。調理器具も使いがってよく整理された。食費も、チラシや店頭でしつこく値段比較のうえ買ってくれる。かなり節約になった。男の家事も捨てたものじゃない。
この調子なら、いっそ掃除も洗濯もと欲が出そうになるが、それは止した。主婦業の完全譲渡は、家庭でわたしの存在場所がなくなりかねないからだ。
(読売・言わせて掲載)
コラム・ふら~っと散歩のススメ
定年退職して、しばらくすると、「ハッ!」と気づいた。何にもないのだ、自分のすることが。したいことも…ない。家でゴロゴロも、長くなると飽きるし、家族の嫌みを聞き流しながらで、空しいだけだ。
(これは大変だぞ。まだ十年以上も生きていかなければいけないのに、どうする?)
ふら~っと家を出た。目的もなく歩いた。いつの間にか辿り着いたのは……。
廃止寸前まで追い詰められながら、図太く生き残った国鉄赤字ローカル路線。今は北条鉄道に変身して一時間に一本レールバスを走らせている。その始発駅、北条町駅の駅舎だった。高校の通学や勤め始めた加古川へ行くのに、毎日利用した駅舎は、もうアk下も形もない。立派なビルになっている。
ふと思いついた。学校につながる乗り継ぎ駅まで五つの小さい駅がある。その駅舎はどうなっているだろうか?懐かしい思い出を追っかけ巡ってみよう!……かと。
線路に沿って歩いた。田園地帯のど真ん中を縦断するレールバスの軌道の側道や、農道、あぜ道…と、その場任せで歩いた。
時々レールバスが一両仕立てでとことこと走る。のんびりした風景が続く。いつしか心は穏やかな癒しを手にしていた。
北条鉄道の終着駅、粟生駅に辿り着いた時、わたしが余生の日々に感じた焦燥感は微塵もなかった。胸を張ると、生きている実感があった。晴れ晴れした気持ちはいつ以来だろうか。
プラットホームにレールバスが到着スト、ぞろぞろと乗客が降り立った。学生の姿がかなり目立つ。わたしが通ったように彼らも頑張っている。あの頃の記憶が鮮やかに蘇る。
あの日以来、ローカルトレイン北条鉄道の沿線ウォークは、今も続いている。生きることであくせくする日々のストレスを忘れさせてくれる。四季折々の魅力を惜しげもなく楽しませてくれる、何とも贅沢な散歩である。
定年退職して、しばらくすると、「ハッ!」と気づいた。何にもないのだ、自分のすることが。したいことも…ない。家でゴロゴロも、長くなると飽きるし、家族の嫌みを聞き流しながらで、空しいだけだ。
(これは大変だぞ。まだ十年以上も生きていかなければいけないのに、どうする?)
ふら~っと家を出た。目的もなく歩いた。いつの間にか辿り着いたのは……。
廃止寸前まで追い詰められながら、図太く生き残った国鉄赤字ローカル路線。今は北条鉄道に変身して一時間に一本レールバスを走らせている。その始発駅、北条町駅の駅舎だった。高校の通学や勤め始めた加古川へ行くのに、毎日利用した駅舎は、もうアk下も形もない。立派なビルになっている。
ふと思いついた。学校につながる乗り継ぎ駅まで五つの小さい駅がある。その駅舎はどうなっているだろうか?懐かしい思い出を追っかけ巡ってみよう!……かと。
線路に沿って歩いた。田園地帯のど真ん中を縦断するレールバスの軌道の側道や、農道、あぜ道…と、その場任せで歩いた。
時々レールバスが一両仕立てでとことこと走る。のんびりした風景が続く。いつしか心は穏やかな癒しを手にしていた。
北条鉄道の終着駅、粟生駅に辿り着いた時、わたしが余生の日々に感じた焦燥感は微塵もなかった。胸を張ると、生きている実感があった。晴れ晴れした気持ちはいつ以来だろうか。
プラットホームにレールバスが到着スト、ぞろぞろと乗客が降り立った。学生の姿がかなり目立つ。わたしが通ったように彼らも頑張っている。あの頃の記憶が鮮やかに蘇る。
あの日以来、ローカルトレイン北条鉄道の沿線ウォークは、今も続いている。生きることであくせくする日々のストレスを忘れさせてくれる。四季折々の魅力を惜しげもなく楽しませてくれる、何とも贅沢な散歩である。