傾聴「聴き上手はつらいけど、でもーー」
● カウンセリングは聴く力が大事
カウンセリングはもはや日本の社会ではごく一般的な営みになってきています。心理学の出番がふえることはありがたいのですが、それを必要とする社会情勢はうれしいことではありません。
・ うつ病で悩んでいる人が年々増えて年間100万人越え
・ 全国で起きたいじめの件数が年間12万以上
こうした心をめぐる厳しい情勢の改善にカウンセリングだけで対処するには限界があるとは思いますが、しかし、カウンセリングには、心を元気にするために実にさまざまな心理技法があります。しかも、あえてカウンセリングを受けなくとも、心の元気作りのために、自分で自分なりに実践できるものがたくさんあります。
その一つが傾聴です。
傾聴ボランティアがあちこちで組織されているほど、その効果のほどには」定評があります。
● 傾聴とは
「傾いて聴く」から傾聴。からだを相手の方に傾けるほど熱心に相手の言うことを聴くことを傾聴と言います。英語では、active listeningです。
カウンセリングは、カウンセラーと来談者とがもっぱら言葉を介してやりとりしながら、来談者の悩みの解決をはかります。したがって、カウンセラーの聴き方がきわめて大事になります。そこから傾聴という聴き方の技術が出てきました。
傾聴の主なねらいは、相手を全面的に受け入れて(受容)、その言い分、気持ちを確認し理解すること(共感的理解)です。そして、いずれ相手が自然に自分の悩みや問題を自覚できるように助けることです。それに加えて、あなたも経験があると思いますが、「話してすっきりした」となってもらえることもねらうものです。
もちろん、カウンセラーの側には、クラエイントの悩みや問題についての情報収集という職業的なねらいもありますが。
さて、ここでは、傾聴をカウンセリングの技法として考えるのではなく、もっとルーズに、落ち込んでいる相手を元気づける会話の心理技法のひとつくらいに考えて、その効果的な方策の基本的なところを考えてみます。
● 気持ちを受容するーーー相手を元気にする傾聴の技法その1
まず、相手の気持ちそのまま受け止める(受容)」ことです。
では、「そのまま受け止める」とはどういうことでしょうか。
自分のやや恥ずかしい経験からお話させてください。
25歳からこれまで大学でずっと教えてきました。若い頃は、鬼教員と呼ばれるほど学生諸君に厳しく対応してきました。受容とはほど遠いものでした。それが自分の娘が大学生頃になると、だんだん、学生に優しくなってきました。
それでもまだ授業などではかなり厳しくしてきました。それが還暦を過ぎた頃から、まさに学生のすべてを、あるがままを受け入れるようになってきました。授業などでの多少の不作法、規則違反にも寛大になりました。はたからみると、甘くなっただけ、ということからもしれません。
教員側や保護者側からすると、そんなことでは、教育にならないと言われてしまうかもしれません。若い頃は自分ではそう思ってやっきました。しかし、それだけでは、やはり教育は十全なものにはならないと思います。厳しさと受容との使い分け、あるいは、受容あっての厳しさが、円熟した教育だと思います。
余談が長くなってしまいました。
こうした気持ちの変化。特に意識してそうしたわけではありませんが、傾聴の前提になる受容の心をわかってもらう手掛かりになるかと思い披露してみました。
この経験から言えることは、ひとつは、相手の良いところ悪いところすべてをそのまま認めること、2つは、相手には自分が勝てない世界があることを認めること、だと思います。2つ目については、少し注釈が必要です。
これも自分の経験からですが、加齢に伴って知力でも体力でも、学生にはかなわないと思わされることに遭遇する機会が増えます。自分の場合は50歳代に入った頃からでしょうか。
最初は見えも対抗心もありますから、負けまいとしてがんばります。自然に競争心から学生にも厳しくなります。しかし、年には勝てません。自分の衰えを受容する(せざるをない)ことになります。この自分のすべてを受容すること(できること)が、相手を受容できるようになるためにはまずは必要です。
自分の場合は、かなり高齢になってからそれができましたが、青年期も後期になると、それなりの自己受容ができます。それがないと、なかなか相手を受容するといっても、ちょっと無理があるかもしれません。でも、気持ちだけでも、その努力をしてみてください。
では、受容の気持ちがあったとして、それを相手にどのようにすれば見せられるかです。
まずは、相手の言い分、気持ちをたとえそれがどんなに理不尽であっても、奇妙奇天烈でも、その場にあわない支離滅裂なものであっても、それを批判したり、やめさせたりしないことです。かりそめにも、「忘れてしまいなさい」とか「泣かないで」などとは言わないのです。言い分、気持ちを受け止めようとする姿勢を見せることです。
「間違っていれば直す」「うるさければ騒ぐな」「泣いていればたまらせる」となりがちです。これが大方の対応です。そこを我慢する?ことが、相手の受容につながります。
「間違えたらー>まちがえたねー」
「うるさければー>大きな音だねー」
「泣いていればー>涙がでるんだ」
指示や批判はもとよりへたな?解釈はしないことです。
さらに、聴き上手という言葉があるのはご存知ですね。相手が話しやすいようにすることです。まずは、あなたが話さないこと。
そして、相手が話すのを待つ、話したらあいづちを打つ。
これくらいなら、誰でもできます。人と話すのが苦手、という人がいますが、話さなくともよいのです。聴くだけでよいのですから。それで、相手が元気になってくれるのです。
●相手の考えを理解するーーー相手を元気にする傾聴の技法その2
あなたも、これまでも、しばしば、自分のことをわかってもらえないつらさを味わったことがあるはずです。
自分のことを隅から隅まで知っていているはずの家族でさえも、時には、驚くほど聴く耳持たずを実感させられたことがあったはずです。中学生くらいからそんな実感を抱くことが」がはなはだ増えてきたはずです。
これは、青年期の発達段階で誰もが遭遇し、そしてそれなりに克服のための努力を求められる課題の一つです。
こんなときに頼りになるのが、聴き上手、そしてあなたを理解してくれる友達です。その友達の一人にあなたがなってあげるのです。
では、どうしたら、相手を理解できる聞き手になれるのでしょうか。
まずは、相手の話の内容を確認することです。
「あなたの言いたことは、こういうことですね」と相手の言ったことを反復して確認するのです。
たとえば、「なんだか、最近、上司の顔を見るとむしゃくしゃして困る」と相手が漏らしたとします。さてあなたは、どう反応しますか。まず、だめなほうから。でも、実にしばしばこうした言葉返しをしてしまいがちです。
・「自分にもそんなことがあったなー」
傾聴では、相手への安易な同情—共感とは違うーーはしないほう無難です。
・「できるだけ、上司の顔をみないようにすれば」
傾聴では、指示や忠告は禁物だからです。
・「どうしてむしゃくしゃするんですか?」
傾聴では、質問や追求も避けたほうがよい。
・「そんなこと忘れて、遊びにいかない?」
傾聴では、話題をそらすことはいけません。
・「それで、どうしたの?」
傾聴では、話をせくようなことはだめです。
・「長くなりそうですね」
傾聴では、とことん話を聴く姿勢がたいじです。
では、どうしたらよいのでしょうか。実に簡単にできることがあるのです。
さきほどの相手の訴えには、こう答えれば良いのです。
「上司の顔を見ると、むしゃくしゃするのかー(確認)。でも、なぜ、自分がむしゃくしゃするかはわからないんだ(共感)」
だだ、これだけで良いのです。あとは、相手がさらに話すのを待ちます。
確認とは、このように相手の話の内容を確かめるだけなのです。これなら、誰にでもできそうですね。
確認のための具体的な方策のいくつか。
① 相手の話が長くなると、確認する内容が増えてしまいますので、随所で、細かく確認をいれるようにします。
② おうむ返しでもよいのですが、先ほど「正解例」のように、自分なりの表現に変えて返してやると、相手も理解してもらっている感触が得られます。
確認には、要約も必要です。
相手の話が長くなってきたときには、一つ一つの細かい内容だけの確認よりも全体としての相手の言い分を要約して確認をとる必要があります。これは、かなり高度な頭の働きが必要ですが、これがうまくいくと、相手自身が「あーそうだったんだー」「自分のもやもやはそれだったんだー」「わかってもらえたー」となります。
ここまでできるようになれば、傾聴の達人ということになります。
●聴かされる方は、しかし、辛い
最後に余談。
昔、あるカウンセラーと長期間同宿したことがあります。そして、彼から夜ごと、ものすごいうなされ声に脅かされることになりました。1週間くらいしておさまりましたが。どうかしたのですか、と問うと、カウンセリングによって生じたストレスによるのだということでした。
相手(クライエント)のわけのわからない?話を傾聴するのも楽ではないようです。
ポジティブ・コミュニケーションでは、相手も喜び、その喜びの笑顔が自分の喜びになって、お互いが幸せ気分に浸れるのですが、傾聴は、その点で大変な非対称性があります。
カウンセリングの場面では、それを使命とする仕事ですからしかたがないところがありますが、普段のコミュニケーションでは、いつもいつも傾聴役は避けたいところです。適度の役割交代ができるのが理想です。
そのためには、コミュニケーションの場、雰囲気を読むことが大切です。
会話の天才・若きガールでは、「ねーねー聞いて、聞いて」で話し手になるきちを宣言してしまう人がいますね。そんなときは、「今日は聴き役」になってあげる。その代わり,おごりよ」なんて雰囲気は最高ですね。
会話力が貧弱な男には、お酒でも飲まないとなかなかできない芸当ですが、学んでもよい会話の心理技法のひとつだと思います。