月刊「祭御宅(祭オタク)」

一番後を行くマツオタ月刊誌

282.他所がやるからうちもやるの危険(月刊「祭」2020.6月2号)

2020-06-12 22:04:00 | 新型コロナと祭、民俗

●ウィズコロナ下の祭開催可否の基準
 少しずつ、今年の秋祭の開催の可否が決まってきました。知る限りではほとんどが中止の決断、そして、それが、賢明と言わざるを得ない状況です。新規感染者数が2桁なのは少ないのではなく、感染爆発前夜の数です。
 さて、ここで気になるのがどうやって開催を決めるかです。
  例えば、昭和天皇の危篤時のような宗教的な議論で開催の可否が決まる場合は、他所の祭の「様子見」も選択肢としては有ると思います。
 しかし、新型コロナで「他のところがやるからうちもやる」は、大きな不幸につながるとこの記事に書きました。今回はその理由をシンプルに書きます。

●なぜ「他のところがやるからうちもやる」は、大きな不幸につながるのか
 この冬から春にかけての大規模な国内での流行は、ほとんどが都市部でのものでした。都市部の場合、人口は多く手狭なものの、比較的(といっても今回は優秀なお上のおかげで不足だらけでしたが)医療施設は整っていると言えるでしょう。
 では、祭がさかんな地方で同様のことが起きた場合どうなるでしょうか。多くの祭のさかんな地域の状況は概して下のようなものでしょう。

①主要都市部より、60歳以上の住民の割合が高い。つまり、重症化する可能性が高い。

②主要都市部のようなPCR検査ができる機関がない(例えば三木市内にはありません。)

③主要都市部のような、入院施設がない。
 兵庫県だと加古川と神戸が拠点?

 祭がさかんな他の多くの地域も、上の①②③に当てはまるところはかなりあると思われます。いいかえれば、祭が盛んな地域の多くは、都市部より重症化リスクは高いけど、医療資源に乏しいと言わざるを得ません。
 
このような中で、「他所がやるからうちもやる」が連鎖すると、「他所もうちも棺桶の山」となるのが、現状だと思われます。

 現状では開催は厳しいです。万が一近隣の他所が出したら、うちは余計に無理と言わざるを得ないのが、祭がさかんな地域の医療資源と人口割合から考えられそうな結論です。

●編集後記
 中国で良心的な医者が口止めされ感染が広がり、国内で良心的な専門家の口が塞がれました。愚かな知事や首相の選手の健康を考慮しないオリンピック志向により感染は見事に広がりました。
 緊急事態宣言が解除され、経済は動き出しています。しかし、「不要不急の出勤」をしている人も増えているように見えます。
 愚かなオリンピック志向、愚かな出勤志向によって祭ができない可能性が高いことに落胆しています。