ある退職教師のつれづれなるままに

38年間の教職26.3.31退職
4月1日再任用。自分の目でみたこと感じた事など
つれづれなるままに記します。

その80 宇宙飛行士 山崎直子 盛岡へ 

2012年03月20日 | 日記
20日(火)山崎直子の講演会。
聴衆者は約1000人。
宇宙飛行士のあのブルースーツで登場。
10年に3人~8人しかなれない宇宙飛行士。
内容は理路整然として無駄がない。
「夢をあきらめない」

人類初の宇宙飛行は50年前のソ連ガガーリン
飛行機は100年前。
どんな経歴か興味をもった。
父親は自衛官で千葉県生まれ。41歳。
東大大学院卒。宇宙工学専攻。
スーパーウーマン。

しかし、ものの見方は若いのに定まっている。
人との協調性などは「空気を読む」
などで疲れ果たすタイプではない。
逆に神経質ではなく、鈍感タイプ。
体力・知力・そしてなにより精神力が必要条件。
知らない男性などとも平気で雑魚寝しながらすごせるタイプ。
狭い空間での宇宙飛行士ならではである。

ではどのように夢をたぐりよせたか。
次回。


 
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たんぼに白鳥100羽

2012年03月19日 | 日記
3月18日 彼岸で墓参りの後、お寺の近くの田んぼになんと
白鳥は100羽近く。人が近づいても全く逃げる気配を見せず。
えをあさっている。
昨日の朝日新聞にも白鳥のことが話題になっていたが
まさかこんな近くでこんなにたくさんくるとは
思いがけない出来事だった。
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今終わる一つのこと 今日、卒業式

2012年03月17日 | 日記
 1年間の締めくくりの日
そして卒業生にとって6年間の締めくくりの卒業式です。

今終わる一つのこと
今こえる一つの山

風わたる草原
ひびきあう 心の歌

今おわるひとつのこと
今こえるひとつのやま

人は続き道は続く
遠い道遥かな道

今おわるひとつのこと
今こえるひとつの山

齊藤喜博 作詞

卒業式・修了式の節目にうたいつがれていたのがこの歌。
かの齊藤喜博は「島小」から「宮教へ」
教授学。国語の文学教材で出口論争をまきおこした教育学者です。。

 さて震災後歌われているのが「空より高く」
という蛍の光を一部とりいれた曲。
本校でも今年の卒業式でも歌われました。
君の心よ深くなれ 海より深く深くなれ

卒業生の前途に幸多きことを祈念。

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その79 みんなで千円だしあい被災者に1000万円の救済「無尽講」設置を

2012年03月16日 | 日記
 前前回からの続き
なぜ 復興が進まないのか
それは資金がないからである。

阪神大震災後一人当たり100万の震災立法ができた。
その後すこしずつ上がり、今では最高300万まで支払われる。

それで家は立てられるか
被災者の多くは高齢者である。
一人一人がローンを組める余力がはたしてあるだろうか。

この額では新築はむり。
自営の方の仕事再建もむり。補償が少ないために。

そこでみんなが千円だしあい災害者にいざという時、救済する。
 「無尽講」を創立したらいいとの提言
「これで1万の方に1000万円の補償ができる。」
と災害対策委員長は語っていた。

なるほど、でもそれは国民一人一人が負担をすればの構想である。
実際の労働構成から考えると半分。
1000万の補償をめざすには一人2000円の金額になる。

そのあと思いがけない言葉を述べられていた。続く

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その78 朝刊の論説に、その場にいた一人として

2012年03月15日 | 日記
 今日の朝刊での論説に『震災1年に思う」という記事があった。
震災を忘れないというテーマでの集会でのことが書かれていた。

(その69にその内容の記載)

色々な方面から参加していたシンポジウム。
被災に合った女子高校生は数人いた中で話そうとして
途中から言葉がとぎれ、話せなくなってしまった。
明らかにPTSDのようであった。
平和大使としてスイスに出向き親善した
しっかりした学生だと紹介されていたが。
途中退席して、別の方のコメントに移っていった。

最後にまた壇上の席についた。
最後のコメントを司会がふった。
が、またマイクをもったがまたなきじゃくるだけ。
言葉にならなかった。

会場から「ありがとう」ということばがけと拍手がおこった。

それでもある新聞の報道部長の司会は待った。
教師だったらここで終えるだろうと感じた。

この差は何だろう?

今日の新聞には「子どもたちの復興」
歩みだす姿を見守ろうとあった。
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