創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

レッド・バイオリン(THE RED VIOLIN )

2006-08-06 16:34:42 | 映画・舞台
THE RED VIOLIN (1998年 /カナダ/イタリア)。17世紀のイタリアを手っ取り早く調べようという不埒な動機から行き当たった。スケール、音楽、ストーリー、全ての面で傑出した作品である。殆ど予備知識なしで観た。それが幸せ。

物語のかけら⑱

2006-08-06 10:29:56 | 創作日記
時の博物館で起こっている異変を彼女に知らせる。あの人には通じるかも知れない。でも、あの人のいる場所を知らない。名前も知らなかった。いずれにせよ、彼女は旅の途中だろう。
今日も訪れる人はなかった。昨日も。扉の鍵をかけ、札をCLOSEにする。夏の6時過ぎは暑く、まだ、明るい。路地を行く人々に混ざって大通りに出た。人の数は増える。全てが理路整然とした世界だ。何も間違っていない。自動車は信号を守り停車し、動き出す。黙って家路を急ぐ人。語り合う人。寄り添う恋人たち。一人々が異なる自分を生きている。不思議な世界だ。その中で自分の精神は狂い始めている。優はそう思った。
ショットバーに入った。そこにも沢山の男女がいた。こんな場所に入るのは初めての事だった。興味もなかった。
「ご注文は?」
バーテンが聞いた。
「ウィスキー」
「どれに?」
「普通の」
「ロック?水割り?」
「ロック」
優はウィスキーの最初の一口に少しむせた。整然と並ぶ洋酒の瓶。磨き抜かれたグラス。何かが違っている気がした。ふと、この世界の方が異質なのではないかと思った。誰かが精密な線を引いたような世界。そんな世界に自分だけが取り残されている。いつの間にかグラスは氷だけになっていた。
「お代わりは?」
「もういいです」
優はコインを二つカウンターに置いた。
「忘れ物ですよ」
バーテンは言った。そして、棒状の鍵をカウンターに音をたてて置いた。見慣れた鍵だった。なぜそこに突然現れたのか。ポケットを探ると二つの鍵が手に触れた。

外はやっと夕闇が落ちていた。
古い図書館。映画のスクリーンの中にいた。美しい女が優を見ていた。フィン・デル・ムンド。二つの世界の果ては繋がっているのかも知れない。
「6時に閉館?」
「早いと思う」
「ええ」
「遅くなると人が来る」
あの時は気にとめなかった老婦人の言葉が頭をよぎった。優は博物館への道を歩き始めた。
「世界の果ては別の場所にあるのかも知れない」
老婦人はそうも言った。
路地に入ると歌声が聞こえ始めた。札はCLOSEのまま、扉を開けた。電気をつける。いつものフロアーが照らし出された。直ぐ違いに気づいた。時の秤は平行を保って静止し、全ての時計が止まっていた。歌声は徐々に大きくなり、建物全体か歌声に包まれた。優は階段を駆け上がった。ためらわずにもう一つの鍵を差し込んだ。そして、ゆっくりとドアーを押した。
アーチ型の窓から月明かりが漏れていた。古い本に囲まれた図書館がそこにあった。