連載小説トリップ 10回 音の旅 「ジャンヌ」
『ジャンヌの肖像』=モディリアーニ
ー作者が誰なのか? モデルは誰なのか? いつ描かれたのか? 全ての分析は無意味に。ただ対峙するだけで、女はあなたに近づいてくるー
ロビーにあるグランドピアノを弾いていたのは白いドレスの美しい女性だった。
「なんという曲ですか?」
振り返ると、先ほどレストランで食事をしていた老人が立っていた。
「知りません」
僕は答えた。音楽のことは何も知らない。
「そうですか。私も音楽に詳しい方じゃないが、いい曲ですね」
僕も頷いた。老人は見事な白髪だった。血色のいい顔で思ったより若いのかもしれない。
「座りませんか」
彼はピアノからテーブル一つ離れた席を指さした。
「私は絵描きで田中といいます」
「僕は菊田です。仕事はありません」
会話がとぎれ、田中さんは僕から目を反らした。そして、腕組みをして目を閉じた。
ピアノの演奏は突然激しくなった。ピアニストは叩きつけるように弾いた。音は鋭利な刃物になり部屋中に鳴り響いた。突然、僕の背後で音がした。振り返ると女性が床にうずくまり両耳を手で塞いでいた。
「大丈夫ですか?」
田中さんが素早く立ち上がり女性に近づいた。
「大丈夫です」
女性は立ち上がった。ピアノはいつの間にか静かな調べになっていた。女性は田中さんにおじぎをして部屋から出て行った。
田中「思い出したんですよ」
僕「なにをですか?」
田中「津波です」
ピアノの演奏は何事もなかったように続いていた。
「新婚旅行でここに来たそうです。休暇の日数は決まっていたが、行き先は決まっていなかったから、ここのホテルも海も気に入って、ずっとここにいても良いなあと思っていた矢先だったそうです」
「津波ですか」
「ええ、男は未だに見つかってません」
ピアノの音が止んだ。
ピアニストは鍵盤蓋を閉じて立ち上がりお辞儀をした。立ち上がると、すらりとした長身であるのが分かった。
「ジャンヌです」
「えっ?」
「私たちがそう呼んでいるだけですが。でも、彼女もそう呼ばれるのを嫌がってません」
控えめな拍手が起こった。僕もそれに合わせた。
『ジャンヌの肖像』=モディリアーニ
ー作者が誰なのか? モデルは誰なのか? いつ描かれたのか? 全ての分析は無意味に。ただ対峙するだけで、女はあなたに近づいてくるー
ロビーにあるグランドピアノを弾いていたのは白いドレスの美しい女性だった。
「なんという曲ですか?」
振り返ると、先ほどレストランで食事をしていた老人が立っていた。
「知りません」
僕は答えた。音楽のことは何も知らない。
「そうですか。私も音楽に詳しい方じゃないが、いい曲ですね」
僕も頷いた。老人は見事な白髪だった。血色のいい顔で思ったより若いのかもしれない。
「座りませんか」
彼はピアノからテーブル一つ離れた席を指さした。
「私は絵描きで田中といいます」
「僕は菊田です。仕事はありません」
会話がとぎれ、田中さんは僕から目を反らした。そして、腕組みをして目を閉じた。
ピアノの演奏は突然激しくなった。ピアニストは叩きつけるように弾いた。音は鋭利な刃物になり部屋中に鳴り響いた。突然、僕の背後で音がした。振り返ると女性が床にうずくまり両耳を手で塞いでいた。
「大丈夫ですか?」
田中さんが素早く立ち上がり女性に近づいた。
「大丈夫です」
女性は立ち上がった。ピアノはいつの間にか静かな調べになっていた。女性は田中さんにおじぎをして部屋から出て行った。
田中「思い出したんですよ」
僕「なにをですか?」
田中「津波です」
ピアノの演奏は何事もなかったように続いていた。
「新婚旅行でここに来たそうです。休暇の日数は決まっていたが、行き先は決まっていなかったから、ここのホテルも海も気に入って、ずっとここにいても良いなあと思っていた矢先だったそうです」
「津波ですか」
「ええ、男は未だに見つかってません」
ピアノの音が止んだ。
ピアニストは鍵盤蓋を閉じて立ち上がりお辞儀をした。立ち上がると、すらりとした長身であるのが分かった。
「ジャンヌです」
「えっ?」
「私たちがそう呼んでいるだけですが。でも、彼女もそう呼ばれるのを嫌がってません」
控えめな拍手が起こった。僕もそれに合わせた。
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