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ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2010.4.13 一期一会 

2010-04-13 20:10:55 | 日記
 初夏のように暑かったり、真冬に逆戻りしたように寒かったり、毎日の服装調整が実に忙しいことになっている。それでもこうして三寒四温、間違いなく暖かくなっていくのだろう。既に日はずいぶん長くなっている。6時を過ぎても薄明るい。お天気に左右されやすい情けない私としては、気持ちの上でのゆとりにつながるから日の長さの伸びもささやかな幸せのひとつだ。

 最近「またね。」が叶わない年齢になってきているんだなあ、と思う。
 実際、先日も書いたようにO先生との「またね。」は叶わなかった。先月の伯父の法事でも、伯母から「今度いつ会えるか分からないけれど・・・元気でね。」と言われた。

 確かにこうして冠婚葬祭があれば親戚とも一堂に会するけれど、次回の伯父の七回忌までにあと4年ある。70代後半、80代という伯母や父母が全員元気に法事に出られるかは“神のみぞ知る”である。もちろん私も含めて。

 背骨を圧迫骨折して相変わらず要安静で外出が出来ない義母も「娘夫婦はお出かけなのに、私はとんだ誕生日だ・・・」とご容態伺いの電話で愚痴っていた。哀しいかな、長く生きているとやはり思うに任せないことが多いのだな、とつくづく思う。

 かつてのように「いつでも会える(・・・だから今そんなに無理してまで会わなくてもいいか)」とある意味傲慢に構えていた季節は残念ながら終わりに近づいているなと思う。
 もちろん人間は生身だから、誰しも同じ。どんなに若くて健康でも交通事故や不慮の事故、もろもろ考え始めたらきりがないけれど、現に高齢になったり持病をかかえていたりというと、そのことの信憑性がぐっと増してくる。確かに一度大病をすると“今しかない(次はないかもしれない)”から、ちょっと無理をしても都合をつけて面会する、となることはあるのだろう。それもこれも“今、自分のしたいことをしておく”ということにもつながるのだろうけれど。

 16年近く前に、欧州研修先でまだ荷ほどきもままならないうちに「無事到着したか~」と突然宿泊先ホテルまで訪問してくださり、初めての街まで荷物持ち兼見送りに来てくれていた夫ともども街中を案内して頂いた母校の教授の言葉が今も鮮やかに思い出される。
 「今、このときは二度と来ない。この先どんなに似たようなシチュエーションがあっても、今この瞬間は今だけ、よく覚えておこう。」と。思えば教授も前年大病をされていた。もちろん今もとてもお元気でご活躍でおいでだが。

 ようやく気持ちが落ち着いて上向きになってきて、近々かつらが外せる日が来たら、ずっとご無沙汰していて休職中に心配してくれた友人たち―「会いたいけれど、今はちょっと・・・(誰にも会いたくないの)」と不義理をしていた友人たち―に会っておきたい、と思っている。
 沢山の感謝の気持ちをこめて、おかげさまで毎日こんなふうに過ごせるようになっている今の私を見ておいて頂くために。

 帰宅すると、先日頼んでいた「愛する家族のためのエンディングノート」が届いていた。気がつくといろいろメモで書きとめておくようにはしているが、さすがに88版も重ねているだけあって僅か24ページの冊子だが、実によくまとまっている。「私のこと・私の過ぎ去りし日々」から始まって、「私から家族へのメッセージ~介護・看病についての希望、尊厳死・延命治療・脳死・ホスピスケア・献体についての考え方、生前予約、伝えておきたい言葉ともの、遺言」や「葬儀・法事などについての私の希望~方法や費用、連絡してほしい友人・知人」「家族や親戚の記録」「財産について」等。
 “備えあれば・・・”ではなく、明るく験担ぎで“用意しておけばずっと使わない・・・”ということにして、今から楽しみながらちまちま書いておこうと思っている。
コメント
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