当初あけぼの会HPの「治療日記」を引き継ぎ、治療を中心軸にすえながら、読んだ本、ちょっと嬉しかったこと等、前向きに治療を続けていく上で日常の出来事等も加えながら、細く、長く綴っていきたいと始めたこのブログだが、最近、治療以外の身辺雑記等の話題で更新することが当初よりかなり増えていると思う。
夫からは「よくまあそう毎日のように書くことがあるね。」と言われる。確かに自分でもそう思う。ごく普通の平凡な人間だから、そうそう他人(ひと)様に読んで頂くほどのネタなど持ち合わせていないし、基本的には治療のことだけで、あとはそれに関わる歯科検診とかかつらのお手入れのこととか書ければ十分・・・と思っていた。けれど、書き始めてみると、今まで心の中で暖めていたことが思いのほかあったのだな、と気づき、我ながら驚いている・・・というのが本当のところだ。
私は2年半前に完治が難しい遠隔転移のある再発乳がん患者になったのだけれど、当然のことながら365日朝から晩まで患者としてだけ生きているわけではない。毎週水曜日の通院日以外週4日はフルタイムでこれまでどおり働いているし、息子を出産したときも、育児休業も取得せずに産休だけで職場復帰した。今思えば実に無謀であったが、これは“知らぬが仏”でやってしまった、という感じ。もちろん保育園時代はお迎えの時間等には勝てなかったけれど、就職した時から定年まで細く長く(ともするとのめりこむ傾向が強いのを抑えるための私の基本的なスタンスだ。)働くつもりで選んだ職業だったので、病気になるまでは仕事のウエイトはかなり高かった。(息子がゼロ歳児だった頃には、仕事と育児の両立どころか共倒れ・・、という感もよぎったことがあるが。)これまで実にいろいろな仕事をさせて頂き、それなりに活用して頂いてきた、とも思っている。
それでも、前にも書いたけれど、インターネットで自分の名前を検索してみたところで、こうしてなんとか続けてきた仕事に関しては一切ヒットすることはなく、まるで“再発乳がん患者”という属性だけで自分が存在している、ということになんとも言いようのない哀しさと焦りを感じたことは事実だ。
そこで、最近ではこれまで仕事をしてきて想うことなどもぽつぽつと書き留めている。「治療日記、闘病記ブログ」と思ってそうした内容を期待して訪れてくださる方にとって、なんだかなあ・・・、かもしれないけれど。
そういうときは、遠慮なくどんどん読み飛ばして頂いて全く問題ない。
私は25年間仕事を持ってきたのと同時に、妻であり(これについては大したことは何もしていないので、夫に対して申し訳ない、という気持ちもあるが、ともあれあまり書くことがない・・・。)、中3の1人息子の母である。妻としてよりは、母として息子が生存していく上で最低限のことをしているつもり・・・、なので、それなりに思いや書くことがある。
そして子どもの頃から描くこと、書くこと、つまり筆記用具を持って(今はこうしてタイピングしているが)何かすることが好きで、旅行が好きで、読書も映画も絵もお芝居も見ることも好きで、学生時代まではずっと音楽になんとなく関わってきた、という人間である。
これからも出来るだけ自分の“表現したい”という思いに正直に、細く長くこのブログに綴って行きたい、と強く思うこの頃である。
夫からは「よくまあそう毎日のように書くことがあるね。」と言われる。確かに自分でもそう思う。ごく普通の平凡な人間だから、そうそう他人(ひと)様に読んで頂くほどのネタなど持ち合わせていないし、基本的には治療のことだけで、あとはそれに関わる歯科検診とかかつらのお手入れのこととか書ければ十分・・・と思っていた。けれど、書き始めてみると、今まで心の中で暖めていたことが思いのほかあったのだな、と気づき、我ながら驚いている・・・というのが本当のところだ。
私は2年半前に完治が難しい遠隔転移のある再発乳がん患者になったのだけれど、当然のことながら365日朝から晩まで患者としてだけ生きているわけではない。毎週水曜日の通院日以外週4日はフルタイムでこれまでどおり働いているし、息子を出産したときも、育児休業も取得せずに産休だけで職場復帰した。今思えば実に無謀であったが、これは“知らぬが仏”でやってしまった、という感じ。もちろん保育園時代はお迎えの時間等には勝てなかったけれど、就職した時から定年まで細く長く(ともするとのめりこむ傾向が強いのを抑えるための私の基本的なスタンスだ。)働くつもりで選んだ職業だったので、病気になるまでは仕事のウエイトはかなり高かった。(息子がゼロ歳児だった頃には、仕事と育児の両立どころか共倒れ・・、という感もよぎったことがあるが。)これまで実にいろいろな仕事をさせて頂き、それなりに活用して頂いてきた、とも思っている。
それでも、前にも書いたけれど、インターネットで自分の名前を検索してみたところで、こうしてなんとか続けてきた仕事に関しては一切ヒットすることはなく、まるで“再発乳がん患者”という属性だけで自分が存在している、ということになんとも言いようのない哀しさと焦りを感じたことは事実だ。
そこで、最近ではこれまで仕事をしてきて想うことなどもぽつぽつと書き留めている。「治療日記、闘病記ブログ」と思ってそうした内容を期待して訪れてくださる方にとって、なんだかなあ・・・、かもしれないけれど。
そういうときは、遠慮なくどんどん読み飛ばして頂いて全く問題ない。
私は25年間仕事を持ってきたのと同時に、妻であり(これについては大したことは何もしていないので、夫に対して申し訳ない、という気持ちもあるが、ともあれあまり書くことがない・・・。)、中3の1人息子の母である。妻としてよりは、母として息子が生存していく上で最低限のことをしているつもり・・・、なので、それなりに思いや書くことがある。
そして子どもの頃から描くこと、書くこと、つまり筆記用具を持って(今はこうしてタイピングしているが)何かすることが好きで、旅行が好きで、読書も映画も絵もお芝居も見ることも好きで、学生時代まではずっと音楽になんとなく関わってきた、という人間である。
これからも出来るだけ自分の“表現したい”という思いに正直に、細く長くこのブログに綴って行きたい、と強く思うこの頃である。