今日はクリスマスイブ。そんな日くらいこんな数値の呪縛から解き放たれなければならないのだけれど、いつものyomiDr.高野先生のコラムでまたもなるほどな、と思った。
長文なのだが、またもうまく割愛が出来ないので、以下、転載させて頂く。
※ ※ ※
がんと向き合う~腫瘍内科医・高野利実の診察室~(2013年12月23日)
腫瘍マーカーの意味、誤解していませんか?
「気持ちが晴れないまま、悶々と過ごしています」
Yさん(76歳男性)は、5年前に早期肺がんの手術を受け、その後、順調に経過しているのですが、一つだけ、とても気になっていることがあります。それは、術後の経過観察の際にチェックしている、血液検査の「CEA」の値が、3年前から、高めで推移していることです。
肺がん再発を心配するYさん
CEAは、「腫瘍マーカー」と呼ばれる、血液検査の項目の一つで、がんの患者さんで上昇していれば、がんの勢いを反映している可能性があります。Yさんも、そのことはよくご存じで、「肺がんが再発したに違いない」と、絶望的な気持ちになっていました。
経過観察していた外科の担当医は、CTやPET-CTなどの画像検査を行ったり、胃カメラや大腸カメラの検査を行ったり、体じゅうを、くまなく検査しましたが、がんの再発や、新たながんの出現は見つかりません。
「これだけ検査して、がんが見つからないのだから、安心していいですよ」と説明を受けても、Yさんの気持ちは晴れません。
1年前、CEAがさらに少しだけ上昇したところで、Yさんの不安はピークに達し、外科医からの紹介で、私の診察室にやってきました。
「もう、肺がんが全身に広がって、私は末期なんです。早く診断して、治療をすぐに始めなければ、死んでしまう。腫瘍内科に行ったら、もっと細かい検査をしてもらえるはずだと言われて、すがるような気持ちでここに来ました」
不安という「後遺症」
このような患者さんが、私の診察室に来られるのは、珍しいことではありません。Yさんのような、手術後の経過観察中に腫瘍マーカーが上昇したという患者さんも多いですが、より多いのは、「健康診断で腫瘍マーカーが高いことがわかり、腫瘍内科を受診するように言われた」という患者さんです。
「患者さん」と書きましたが、腫瘍マーカーが上がること自体は、「病気」ではありませんので、適切な表現ではないかもしれません。実際、「腫瘍マーカーが高い」という理由で病院に来られる方の多くは、「病気」が見つからないまま、通院を終えます。ただ、そういう方々は、「大丈夫でしたよ」と言われても、気分が晴れることはなく、不安という「後遺症」に苛まれます。これは、現代医療の生み出す悲劇の一つと言ってもいいかもしれません。
日本の医療現場では、腫瘍マーカーが漫然と測定され、この数値に翻弄されている方は数多くおられます。時に役に立つこともある腫瘍マーカーですが、その意味を理解しながら適切に活用しないと、このような悲劇を生むことがあります。
腫瘍マーカーが使われる目的には、主に次のようなものがあります。
(1)がん検診(がんの早期発見)
(2)早期がん手術後の経過観察(再発の早期発見)
(3)進行がんの「病気の勢い」の評価(治療効果判定)
数値は、あくまでも「参考」
腫瘍マーカーが上昇するのは、一般に、体じゅうにがんが広がっている「進行がん」の場合です。進行がんでは、(3)の「治療効果判定」の目的で使う意義が、ある程度確立しています。腫瘍マーカーが上がれば、病気の勢いが増していて、治療が効いていないということ、腫瘍マーカーが下がれば、治療が効いているということを示唆します。
ただし、腫瘍マーカーは、あくまでも、「参考」にするべきものであって、それを下げることが治療の目的ではありません。患者さんや医療者の中には、数字でわかりやすく示される検査値を、あたかも、患者さんの運命を決定するものであるかのように思い込む人もいて、腫瘍マーカーが上がったり下がったりするたびに一喜一憂していますが、そこまで思い詰めるほど本質的なものではないという理解が必要です。
CEAを含む、多くの腫瘍マーカーは、「早期がん」で上昇することはありませんので、(1)の「がんの早期発見」の目的で使うことには、無理があります。健康な人に検査を行って、腫瘍マーカーが高かった場合、それをきっかけに、「進行がん」が見つかることもありますが、がんとは診断されないことも多く、「早期がん」が見つかることは稀(まれ)です。逆に、腫瘍マーカーが正常値であったとしても、「早期がん」がないという保証にはなりませんので、それだけで安心してしまうのは、正しい理解とは言えません。
「偽陰性」や「偽陽性」は多い
本当はがんがあるのに、検査では陰性(腫瘍マーカー正常)の結果が出ることを、「偽陰性」と呼び、本当はがんではないのに、検査では陽性(腫瘍マーカー高値)の結果が出ることを、「偽陽性」と呼びます。
(1)の目的で行う腫瘍マーカー検査では、早期がんがあっても、「偽陰性」となることが多い一方で、がんではないのに、「偽陽性」となって、余計な不安を与えられ、余計な検査を受けなければいけない人が、たくさん出てくるわけです。真の「陽性」であっても、見つかるのは「進行がん」であることが多く、がんを早期発見するという目的にはかなっていません。
こう考えると、(1)の目的で腫瘍マーカー検査を受けても、何もいいことはないように思えます。
ただ、前立腺がんのPSAや、卵巣がんのCA125や、肝臓がんのAFPなど、一部の腫瘍マーカーは、「早期がん」でも数値が上昇するため、がんの早期発見に活用できる可能性があります。
このうち、PSA検査による前立腺がんの検診については、以前取り上げたことがあります(本当に必要ながん検診とは=2013年7月4日=)が、その意義がないことを示した臨床試験もあり、また、PSA検診によって救われる命があるとしても、それよりもはるかに多い人々に、偽陽性や過剰検査や過剰治療などの不利益が生じることがわかっており、世界的にも意見が分かれています。
最有力候補のPSAですら、議論が定まっていない状況ですので、早期発見には向かないCEAなどの一般的な腫瘍マーカーを、(1)の目的で使うのは、避けるべきなのですが、今も、「健康診断でCEAが高いと言われました」と言ってやってくる「患者さん」は、後を絶ちません。
健診では受けない方がよい
健康診断を扱う業者の中には、腫瘍マーカー検査を「オプション」として提案し、追加料金を取っているところもあるようです。「オプション」と聞くと、なんだか、やっておいた方がよさそうな気になりがちですが、腫瘍マーカー検査の目的や、それに伴う不利益をよく理解した上で、適切な判断をする必要があります。
「健康診断では、腫瘍マーカー検査は受けない方がよい」というのが、私からのアドバイスです。
それでも、腫瘍マーカーをはかってしまい、「高値」の結果が出た場合は、安心のために、やむをえず、いろんな検査をすることになります。
そして、精密検査で異常がないことを確認できた場合は、こう説明します。
「がんの所見は見つかりませんでしたので、安心してください。腫瘍マーカーは、『偽陽性』だったと考えられます。今回は、過剰な検査を行うことになってしまいましたが、次に健康診断を受けるときは、腫瘍マーカーをはからない方がよいと思いますよ。もう腫瘍マーカーのことは忘れましょう」
不安にかられながら、いろんな検査を受けて、「がんでなくてよかったです。これですっきりしました」と満足する方もいますが、「肉体的にも精神的にも疲れたし、今も、もやもやが残っています」という人の方が多いようです。追加料金を払って受けたオプション検査で「得たもの」は、なんだったのでしょうか?
「再発の早期発見」に意義はあるか
(2 )の「再発の早期発見」の目的で腫瘍マーカーを使うことについても、いろいろと議論があります。(1)と同様、「偽陰性」や「偽陽性」の問題は、ここでも生じます。冒頭のYさんは、「偽陽性」の結果に苦しんだわけです。
真の「陽性」であった場合、がんの再発を早期に発見できたということになりますが、再発を早く見つけて、症状が出現するより前から治療を開始する意義があるのか、というポイントも考える必要があります。
大腸がんであれば、再発を早期に見つけて、手術などで根治を目指すことがあり、その意義は、臨床試験でも証明されています。国内外の、大腸がんのガイドラインでは、CEA等の腫瘍マーカーを、(2)の目的で測定することが推奨されています。
一方、肺がんや乳がんの場合は、(2)の目的で、CEA等の腫瘍マーカーを測定する意義は示されておらず、国内外のガイドラインでは、「手術後の経過観察中に、腫瘍マーカーを漫然と測定すべきではない」とされています。
乳がんについては、手術後の経過観察中に、腫瘍マーカーを含む検査を頻繁に行うグループと、行わないグループを比較するランダム化比較試験が、日本でも行われており、その結果が待たれています。
腫瘍マーカー検査をめぐっては、いろいろな考え方があるわけですが、いずれの場面においても、
•検査を受ける目的は何か
•検査の精度はどうか(偽陰性や偽陽性の可能性がどれくらいあるのか)
•検査結果をどう解釈し、どう行動するか
•検査を受けることによって得られる利益は何か
•検査を受けることによって生じる不利益は何か
といったことを、きちんと考えておくことが重要です。何でもかんでも検査は受けた方がよいとは考えず、検査による不利益の存在も知っておく必要があります。
医療は、人の幸せのためにある
CEAが上昇し、不安に苛まれ、切羽詰まった思いで私の診察室に来られたYさんに対し、私は、時間をかけて説明しました。
「CEAが上昇してから2年経ちますが、最新のPET-CT検査も含め、これまでの検査で、がんの所見はみられていませんので、『偽陽性』と考えていいでしょう」
「CEA検査を受けていなければ、今ある不安はなかったはずです。でも、検査は受けてしまったわけですから、あとは、考え方の問題でしょう。検査を受けたこと自体を忘れて、『CEAの呪縛』から逃れた方がいいのではないでしょうか」
「症状がない限り、余計な検査を受けるのはやめて、気楽に過ごしましょう」
「今見つかっていないがんや別の病気が、これから出てくる可能性は、もちろんあります。でも、そのときになってから、最適な選択を考えればいいのではないでしょうか。今起きていないことをあれこれ考えて、不安になる必要はありません」
「がんが見つかったら、そのときは、私が担当医となって、Yさんのために、最善の医療を行うことを約束します」
Yさんは、こう言いました。
「先生の言っていることは、頭ではわかるけど、やっぱり、気持ちは晴れないんですよ。もう私は、CEAの呪縛から逃れられない気がしています。いつも家にこもって、誰ともしゃべらず、悶々と過ごしています」
「でも、これからも先生のところに通っていいですか?」
それ以来、Yさんは2か月に1回、私の診察室に通院しています。毎回30分ほど、同じようなことを繰り返しお話ししているだけですが、最近は、少しずつ、病気以外のことも考えられるようになってきたようで、雑談にもバリエーションが出てきました。最初にお会いしたときより、表情も明るくなってきたように思います。
Yさんのような方々とお話ししていると、「医療の意味」を考えずにはいられません。たった一つの検査をするときでも、「医療は、人の幸せのためにある」という原点は、忘れないでいたいものです。
(転載終了)※ ※ ※
私のような進行再発がん患者は (3)進行がんの「病気の勢い」の評価(治療効果判定)ということで毎月腫瘍マーカー値を測定している。
だから、生きている限りこの数値の呪縛からは逃れられない。さりとて数値が上がったら、即増悪確定ということだけでもなさそうで、数値の上昇に加え、実際に患部画像の確認、自覚症状の出現の有無と、ダブル、トリプルで良くない事態が起こった時に初めて治療変更に踏み切っても決して手遅れではないというのは、6年近く続けている治療で実感している。
主治医も「数値より画像です。」という主義だ。最初の1年ほどはCA15-3ともう一種類測定してもらっていたが、病院の方針で2種類のマーカー測定はダメということになり、以降CA15-3のみの測定で、転院以来CEAは測定してもらったことがない。まあ、ちょっと数値が上がっていちいち落ち込んでいたら、とてもではないが日々穏やかになど暮らしていられない。
これは、現在このマーカー値が正常範囲内ではないにせよ、ぐんぐんウナギ登りに上昇している、という事態でないという状況だから言えることなのかもしれないけれど。
が、健康診断時の追加オプション等で気楽に出来る―即ち(1)がん検診(がんの早期発見)でマーカー値を測定すること-を否定するのはどうなのだろう。
検査をして、要二次検診、要精検等になったら、やはり心穏やかではいられないだろう。結果が出るまでいろいろ思い悩むのは、当然のことながら精神衛生上いいものではない。
そういえば我が家の夫、数年前の健康診断でPSA値が高くなったことがあった。すわ、夫婦でがん患者か!?と慌てたけれど、結果的に偽陽性だったのか、一時的なものだったのか、はたまた喫煙のせいだったのかコーヒーの飲みすぎだったのか、数回経過観察で通院はしたけれど、生検をしたわけでもなく、翌年以降は数値が下がって事なきを得、今は元気に暮らしている。それがきっかけで禁煙に踏み切れたかもしれないので、結果オーライである。
まあ、Ⅳ期の患者である私が人並みには長生きできないのが明らかな状況で、まだ世話の焼ける息子を遺して貴方に迄早世されてしまったら一体どうするの、というのが本音だけれど、検査の後、がんかもしれない・・・と思い患う時間というのは、図らずも家族を巻き込んであまり気持ちが良くないものだ、と感じる。もちろん、部位によっては自覚症状が出てからでは遅いから検診を推奨する、ということなのだけれど。
私の再発転移が分かった時のこと。痛みが出てから数カ月の時間差でCA15-3がぐんぐん上昇し始めた。痛みを訴えてもマーカー値が上がっても、画像上は何にも出ていなかったから、再発確定までには時間的にかなりの誤差があった。けれど、上昇する前に自覚症状(胸骨・鎖骨痛)は既にあったのだから、やはり体の声を聴くのが一番なのかもしれない。これは(2)早期がん手術後の経過観察(再発の早期発見)にあたるのだろう。けれど、今は再発を早期発見したところで、予後が変わるというわけでもなさそうだから、いつかも書いたように結局のところ、あまり不安に苛まれることなく、「起こってから考える」ので十分なのだろうと思う。もちろんこうして悟るまでにはいろいろな葛藤があったわけだけれど。
いずれにして、起きてしまったことはなかったことには出来ないし、受け容れるしかないわけだから。
どの先生も高野先生がおっしゃるように、たった一つの検査をするにしてもその意味を考えたい、と思ってくだされば良いのだろうけれど、実際にはそうでもないのかもしれない。
が、私は自覚症状等が全くない(従来と違う痛みが出ている等、明らかに状況が変わっていない)中で、必要以上にあれもこれも、の検査を望むことはしたくないと思っている。そして、先生が示さない(教える必要がないと判断されている)数値についても、必要以上にプリントアウトして頂いて自分で悩むのも、控えておきたい。素人の自分だけで悩んでいても堂々巡り。時間は湯水のようにはないから、それはもったいない、からだ。
長く患者をやっていて、そして頻繁に病院に通っているから、他の人たちに比べれば検査から結果を聴くまでの時間は格段に短い私でさえ、ああ、明日はCT検査の結果だなあ、と思うとやっぱりふと憂鬱になるには違いないから。
昨日はプチ虹のサロンの月例会だった。クリスマスイブ前夜祭と称して、今回も気付けば5時間があっと言う間に過ぎた。全員が再発治療中であるから、それぞれが測定しているマーカーについての話題が何度も上がったことも事実だ。年内の治療がひとまず終了した人、まだこれからの人、それぞれ。今年はメンバーの入院あり、家族の訃報ありで各々にとって受難の一年だった。が、こうしてまた全員で集うことが出来たことに感謝しつつ、来年もまた元気な再会を約束して(息子の受験が恙無く進行して穏やかに参加できることを祈って)お別れした。
さて、そんな中、明日はクリスマス。そして年内最後の通院日でもある。考えると憂鬱な検査読影結果を伺うことになる。
長文なのだが、またもうまく割愛が出来ないので、以下、転載させて頂く。
※ ※ ※
がんと向き合う~腫瘍内科医・高野利実の診察室~(2013年12月23日)
腫瘍マーカーの意味、誤解していませんか?
「気持ちが晴れないまま、悶々と過ごしています」
Yさん(76歳男性)は、5年前に早期肺がんの手術を受け、その後、順調に経過しているのですが、一つだけ、とても気になっていることがあります。それは、術後の経過観察の際にチェックしている、血液検査の「CEA」の値が、3年前から、高めで推移していることです。
肺がん再発を心配するYさん
CEAは、「腫瘍マーカー」と呼ばれる、血液検査の項目の一つで、がんの患者さんで上昇していれば、がんの勢いを反映している可能性があります。Yさんも、そのことはよくご存じで、「肺がんが再発したに違いない」と、絶望的な気持ちになっていました。
経過観察していた外科の担当医は、CTやPET-CTなどの画像検査を行ったり、胃カメラや大腸カメラの検査を行ったり、体じゅうを、くまなく検査しましたが、がんの再発や、新たながんの出現は見つかりません。
「これだけ検査して、がんが見つからないのだから、安心していいですよ」と説明を受けても、Yさんの気持ちは晴れません。
1年前、CEAがさらに少しだけ上昇したところで、Yさんの不安はピークに達し、外科医からの紹介で、私の診察室にやってきました。
「もう、肺がんが全身に広がって、私は末期なんです。早く診断して、治療をすぐに始めなければ、死んでしまう。腫瘍内科に行ったら、もっと細かい検査をしてもらえるはずだと言われて、すがるような気持ちでここに来ました」
不安という「後遺症」
このような患者さんが、私の診察室に来られるのは、珍しいことではありません。Yさんのような、手術後の経過観察中に腫瘍マーカーが上昇したという患者さんも多いですが、より多いのは、「健康診断で腫瘍マーカーが高いことがわかり、腫瘍内科を受診するように言われた」という患者さんです。
「患者さん」と書きましたが、腫瘍マーカーが上がること自体は、「病気」ではありませんので、適切な表現ではないかもしれません。実際、「腫瘍マーカーが高い」という理由で病院に来られる方の多くは、「病気」が見つからないまま、通院を終えます。ただ、そういう方々は、「大丈夫でしたよ」と言われても、気分が晴れることはなく、不安という「後遺症」に苛まれます。これは、現代医療の生み出す悲劇の一つと言ってもいいかもしれません。
日本の医療現場では、腫瘍マーカーが漫然と測定され、この数値に翻弄されている方は数多くおられます。時に役に立つこともある腫瘍マーカーですが、その意味を理解しながら適切に活用しないと、このような悲劇を生むことがあります。
腫瘍マーカーが使われる目的には、主に次のようなものがあります。
(1)がん検診(がんの早期発見)
(2)早期がん手術後の経過観察(再発の早期発見)
(3)進行がんの「病気の勢い」の評価(治療効果判定)
数値は、あくまでも「参考」
腫瘍マーカーが上昇するのは、一般に、体じゅうにがんが広がっている「進行がん」の場合です。進行がんでは、(3)の「治療効果判定」の目的で使う意義が、ある程度確立しています。腫瘍マーカーが上がれば、病気の勢いが増していて、治療が効いていないということ、腫瘍マーカーが下がれば、治療が効いているということを示唆します。
ただし、腫瘍マーカーは、あくまでも、「参考」にするべきものであって、それを下げることが治療の目的ではありません。患者さんや医療者の中には、数字でわかりやすく示される検査値を、あたかも、患者さんの運命を決定するものであるかのように思い込む人もいて、腫瘍マーカーが上がったり下がったりするたびに一喜一憂していますが、そこまで思い詰めるほど本質的なものではないという理解が必要です。
CEAを含む、多くの腫瘍マーカーは、「早期がん」で上昇することはありませんので、(1)の「がんの早期発見」の目的で使うことには、無理があります。健康な人に検査を行って、腫瘍マーカーが高かった場合、それをきっかけに、「進行がん」が見つかることもありますが、がんとは診断されないことも多く、「早期がん」が見つかることは稀(まれ)です。逆に、腫瘍マーカーが正常値であったとしても、「早期がん」がないという保証にはなりませんので、それだけで安心してしまうのは、正しい理解とは言えません。
「偽陰性」や「偽陽性」は多い
本当はがんがあるのに、検査では陰性(腫瘍マーカー正常)の結果が出ることを、「偽陰性」と呼び、本当はがんではないのに、検査では陽性(腫瘍マーカー高値)の結果が出ることを、「偽陽性」と呼びます。
(1)の目的で行う腫瘍マーカー検査では、早期がんがあっても、「偽陰性」となることが多い一方で、がんではないのに、「偽陽性」となって、余計な不安を与えられ、余計な検査を受けなければいけない人が、たくさん出てくるわけです。真の「陽性」であっても、見つかるのは「進行がん」であることが多く、がんを早期発見するという目的にはかなっていません。
こう考えると、(1)の目的で腫瘍マーカー検査を受けても、何もいいことはないように思えます。
ただ、前立腺がんのPSAや、卵巣がんのCA125や、肝臓がんのAFPなど、一部の腫瘍マーカーは、「早期がん」でも数値が上昇するため、がんの早期発見に活用できる可能性があります。
このうち、PSA検査による前立腺がんの検診については、以前取り上げたことがあります(本当に必要ながん検診とは=2013年7月4日=)が、その意義がないことを示した臨床試験もあり、また、PSA検診によって救われる命があるとしても、それよりもはるかに多い人々に、偽陽性や過剰検査や過剰治療などの不利益が生じることがわかっており、世界的にも意見が分かれています。
最有力候補のPSAですら、議論が定まっていない状況ですので、早期発見には向かないCEAなどの一般的な腫瘍マーカーを、(1)の目的で使うのは、避けるべきなのですが、今も、「健康診断でCEAが高いと言われました」と言ってやってくる「患者さん」は、後を絶ちません。
健診では受けない方がよい
健康診断を扱う業者の中には、腫瘍マーカー検査を「オプション」として提案し、追加料金を取っているところもあるようです。「オプション」と聞くと、なんだか、やっておいた方がよさそうな気になりがちですが、腫瘍マーカー検査の目的や、それに伴う不利益をよく理解した上で、適切な判断をする必要があります。
「健康診断では、腫瘍マーカー検査は受けない方がよい」というのが、私からのアドバイスです。
それでも、腫瘍マーカーをはかってしまい、「高値」の結果が出た場合は、安心のために、やむをえず、いろんな検査をすることになります。
そして、精密検査で異常がないことを確認できた場合は、こう説明します。
「がんの所見は見つかりませんでしたので、安心してください。腫瘍マーカーは、『偽陽性』だったと考えられます。今回は、過剰な検査を行うことになってしまいましたが、次に健康診断を受けるときは、腫瘍マーカーをはからない方がよいと思いますよ。もう腫瘍マーカーのことは忘れましょう」
不安にかられながら、いろんな検査を受けて、「がんでなくてよかったです。これですっきりしました」と満足する方もいますが、「肉体的にも精神的にも疲れたし、今も、もやもやが残っています」という人の方が多いようです。追加料金を払って受けたオプション検査で「得たもの」は、なんだったのでしょうか?
「再発の早期発見」に意義はあるか
(2 )の「再発の早期発見」の目的で腫瘍マーカーを使うことについても、いろいろと議論があります。(1)と同様、「偽陰性」や「偽陽性」の問題は、ここでも生じます。冒頭のYさんは、「偽陽性」の結果に苦しんだわけです。
真の「陽性」であった場合、がんの再発を早期に発見できたということになりますが、再発を早く見つけて、症状が出現するより前から治療を開始する意義があるのか、というポイントも考える必要があります。
大腸がんであれば、再発を早期に見つけて、手術などで根治を目指すことがあり、その意義は、臨床試験でも証明されています。国内外の、大腸がんのガイドラインでは、CEA等の腫瘍マーカーを、(2)の目的で測定することが推奨されています。
一方、肺がんや乳がんの場合は、(2)の目的で、CEA等の腫瘍マーカーを測定する意義は示されておらず、国内外のガイドラインでは、「手術後の経過観察中に、腫瘍マーカーを漫然と測定すべきではない」とされています。
乳がんについては、手術後の経過観察中に、腫瘍マーカーを含む検査を頻繁に行うグループと、行わないグループを比較するランダム化比較試験が、日本でも行われており、その結果が待たれています。
腫瘍マーカー検査をめぐっては、いろいろな考え方があるわけですが、いずれの場面においても、
•検査を受ける目的は何か
•検査の精度はどうか(偽陰性や偽陽性の可能性がどれくらいあるのか)
•検査結果をどう解釈し、どう行動するか
•検査を受けることによって得られる利益は何か
•検査を受けることによって生じる不利益は何か
といったことを、きちんと考えておくことが重要です。何でもかんでも検査は受けた方がよいとは考えず、検査による不利益の存在も知っておく必要があります。
医療は、人の幸せのためにある
CEAが上昇し、不安に苛まれ、切羽詰まった思いで私の診察室に来られたYさんに対し、私は、時間をかけて説明しました。
「CEAが上昇してから2年経ちますが、最新のPET-CT検査も含め、これまでの検査で、がんの所見はみられていませんので、『偽陽性』と考えていいでしょう」
「CEA検査を受けていなければ、今ある不安はなかったはずです。でも、検査は受けてしまったわけですから、あとは、考え方の問題でしょう。検査を受けたこと自体を忘れて、『CEAの呪縛』から逃れた方がいいのではないでしょうか」
「症状がない限り、余計な検査を受けるのはやめて、気楽に過ごしましょう」
「今見つかっていないがんや別の病気が、これから出てくる可能性は、もちろんあります。でも、そのときになってから、最適な選択を考えればいいのではないでしょうか。今起きていないことをあれこれ考えて、不安になる必要はありません」
「がんが見つかったら、そのときは、私が担当医となって、Yさんのために、最善の医療を行うことを約束します」
Yさんは、こう言いました。
「先生の言っていることは、頭ではわかるけど、やっぱり、気持ちは晴れないんですよ。もう私は、CEAの呪縛から逃れられない気がしています。いつも家にこもって、誰ともしゃべらず、悶々と過ごしています」
「でも、これからも先生のところに通っていいですか?」
それ以来、Yさんは2か月に1回、私の診察室に通院しています。毎回30分ほど、同じようなことを繰り返しお話ししているだけですが、最近は、少しずつ、病気以外のことも考えられるようになってきたようで、雑談にもバリエーションが出てきました。最初にお会いしたときより、表情も明るくなってきたように思います。
Yさんのような方々とお話ししていると、「医療の意味」を考えずにはいられません。たった一つの検査をするときでも、「医療は、人の幸せのためにある」という原点は、忘れないでいたいものです。
(転載終了)※ ※ ※
私のような進行再発がん患者は (3)進行がんの「病気の勢い」の評価(治療効果判定)ということで毎月腫瘍マーカー値を測定している。
だから、生きている限りこの数値の呪縛からは逃れられない。さりとて数値が上がったら、即増悪確定ということだけでもなさそうで、数値の上昇に加え、実際に患部画像の確認、自覚症状の出現の有無と、ダブル、トリプルで良くない事態が起こった時に初めて治療変更に踏み切っても決して手遅れではないというのは、6年近く続けている治療で実感している。
主治医も「数値より画像です。」という主義だ。最初の1年ほどはCA15-3ともう一種類測定してもらっていたが、病院の方針で2種類のマーカー測定はダメということになり、以降CA15-3のみの測定で、転院以来CEAは測定してもらったことがない。まあ、ちょっと数値が上がっていちいち落ち込んでいたら、とてもではないが日々穏やかになど暮らしていられない。
これは、現在このマーカー値が正常範囲内ではないにせよ、ぐんぐんウナギ登りに上昇している、という事態でないという状況だから言えることなのかもしれないけれど。
が、健康診断時の追加オプション等で気楽に出来る―即ち(1)がん検診(がんの早期発見)でマーカー値を測定すること-を否定するのはどうなのだろう。
検査をして、要二次検診、要精検等になったら、やはり心穏やかではいられないだろう。結果が出るまでいろいろ思い悩むのは、当然のことながら精神衛生上いいものではない。
そういえば我が家の夫、数年前の健康診断でPSA値が高くなったことがあった。すわ、夫婦でがん患者か!?と慌てたけれど、結果的に偽陽性だったのか、一時的なものだったのか、はたまた喫煙のせいだったのかコーヒーの飲みすぎだったのか、数回経過観察で通院はしたけれど、生検をしたわけでもなく、翌年以降は数値が下がって事なきを得、今は元気に暮らしている。それがきっかけで禁煙に踏み切れたかもしれないので、結果オーライである。
まあ、Ⅳ期の患者である私が人並みには長生きできないのが明らかな状況で、まだ世話の焼ける息子を遺して貴方に迄早世されてしまったら一体どうするの、というのが本音だけれど、検査の後、がんかもしれない・・・と思い患う時間というのは、図らずも家族を巻き込んであまり気持ちが良くないものだ、と感じる。もちろん、部位によっては自覚症状が出てからでは遅いから検診を推奨する、ということなのだけれど。
私の再発転移が分かった時のこと。痛みが出てから数カ月の時間差でCA15-3がぐんぐん上昇し始めた。痛みを訴えてもマーカー値が上がっても、画像上は何にも出ていなかったから、再発確定までには時間的にかなりの誤差があった。けれど、上昇する前に自覚症状(胸骨・鎖骨痛)は既にあったのだから、やはり体の声を聴くのが一番なのかもしれない。これは(2)早期がん手術後の経過観察(再発の早期発見)にあたるのだろう。けれど、今は再発を早期発見したところで、予後が変わるというわけでもなさそうだから、いつかも書いたように結局のところ、あまり不安に苛まれることなく、「起こってから考える」ので十分なのだろうと思う。もちろんこうして悟るまでにはいろいろな葛藤があったわけだけれど。
いずれにして、起きてしまったことはなかったことには出来ないし、受け容れるしかないわけだから。
どの先生も高野先生がおっしゃるように、たった一つの検査をするにしてもその意味を考えたい、と思ってくだされば良いのだろうけれど、実際にはそうでもないのかもしれない。
が、私は自覚症状等が全くない(従来と違う痛みが出ている等、明らかに状況が変わっていない)中で、必要以上にあれもこれも、の検査を望むことはしたくないと思っている。そして、先生が示さない(教える必要がないと判断されている)数値についても、必要以上にプリントアウトして頂いて自分で悩むのも、控えておきたい。素人の自分だけで悩んでいても堂々巡り。時間は湯水のようにはないから、それはもったいない、からだ。
長く患者をやっていて、そして頻繁に病院に通っているから、他の人たちに比べれば検査から結果を聴くまでの時間は格段に短い私でさえ、ああ、明日はCT検査の結果だなあ、と思うとやっぱりふと憂鬱になるには違いないから。
昨日はプチ虹のサロンの月例会だった。クリスマスイブ前夜祭と称して、今回も気付けば5時間があっと言う間に過ぎた。全員が再発治療中であるから、それぞれが測定しているマーカーについての話題が何度も上がったことも事実だ。年内の治療がひとまず終了した人、まだこれからの人、それぞれ。今年はメンバーの入院あり、家族の訃報ありで各々にとって受難の一年だった。が、こうしてまた全員で集うことが出来たことに感謝しつつ、来年もまた元気な再会を約束して(息子の受験が恙無く進行して穏やかに参加できることを祈って)お別れした。
さて、そんな中、明日はクリスマス。そして年内最後の通院日でもある。考えると憂鬱な検査読影結果を伺うことになる。