散日拾遺

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ウクライナの地図とアルザスの磔刑図と

2022-02-24 08:21:15 | 日記
2022年2月23日(木)

 「・・・ですから、ウクライナとロシアの一体性というのは、日本が中国と一体と言うくらい乱暴な議論と感じます。しかも、歴史的にも宗教的にもウクライナ(キエフ)のほうがロシア(モスクワ)より先輩のはずです。」

 この地域の事情に詳しいE君のコメント。ロシア生活が長くてロシア語にも堪能な彼だが、ウクライナは訪れたことがないという。現地からの映像を視聴して「言葉はかなり違う」と感想をもらした。データブックを見てもウクライナの言語は「ウクライナ語」と明記されている。某テレビ局の特派員はロシア人とウクライナ人を「同じ民族」と言ったが、民族の異同を論ずるうえで言語は重要な必要条件のはず、粗雑であり軽率に過ぎる。同文同種論はいつの世にも、併呑をもくろむ側が好んで用いるロジックであるだけに。
 半世紀も昔に習ったことが、こんな時に役立ちそうだ。うろ覚えの記憶を掘り起こしながら、さらってみれば…
 西暦862年、ノルマン系ルス族のリューリックがノヴゴロド公国を建て、これを引き継いだキエフ大公国がこの地で最初の大勢力となった。その北東辺にモスクワ大公国が起こり、ノヴゴロド公国の正統の継承者を自ら任じて歴史に登場するのは遅れて13世紀のことである。東方教会の主教座も、はじめキエフにあり後にモスクワに移った。E君の託宣通りで、とりわけキエフの側からは軽々しく「同じ」と言われたくない理由が十二分にある。
 他人のことはいえない、自分自身がろくに区別できていない大きな一因は、ロシアもウクライナもベラルーシもかつてはソビエト連邦という巨大な全体の中に埋もれて弁別できず、その時代に初等中等教育を受けたからである。いまあらためてウクライナの地図を眺めてみるに、「ソ連」のものとして聞き知っていた地名の何と多いことか。
 ハリコフはチェーホフの小説に出てきた。ポルタヴァはそういう名前の軍艦が日露戦争に就役した。クリボイログは鉄、ドネツクは石炭で有名だったはずである。北辺のチェルノブイリ、南岸クリミア半島のヤルタやセバストポリは、歴史上の役割をいちいち記すまでもない。映画『オデッサ・ファイル』の血の凍るようなラストシーン、国土の中央を滔々と流れるドニエプルの大河、そのほとりの旧都キエフ、『キエフの大門』は「黄金の門」とも呼ばれる大公国のシンボルだった。
 これら全てが「ソ連」に属していたが、「ロシア」の一部ではなかったのである。




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 Y牧師が今日のレクチャーの中で、一枚のキリスト磔刑図を示してくださった。描き手はアルザスの画家グリューネヴァルト(Grünewald, 1470/75頃-1528)、緑の森とは麗しい名だが、これは17世紀の著述家の誤りによるもので、本名はマティアス・ゴットハルト・ナイトハルトであることが20世紀に入って分ったという。「薔薇は違う名で呼んでも良い香りがする」(Shakespeare)
 ドイツ絵画史上最も重要な作品の一つとされる『イーゼンハイム祭壇画』は、現フランス、コルマールのウンターリンデン美術館所蔵。もとはといえば、コルマールの南20kmにあるイーゼンハイムの聖アントニウス会修道院付属施療院の礼拝堂を飾っていた。その表面中央が磔刑図である。


 この絵について、「鞭打ちで打ち破られた、見るもおぞましい皮膚」であり、「皮膚病に侵された人々が治癒のためにきたこの病院において、強烈な衝撃を与えたに違いない」と書いた人がある。「強烈な衝撃」とはどういう意味かわからないが、肯定的な意味にはとりにくい。しかし、そんなことなら施療院の礼拝堂に飾られたはずはないのである。
 病者たちは、救い主の破れた皮膚に自分の患部を重ねた、救い主が御自らわれらの病を負ってくださったことに慰められた、そのように解くY師が必然的に正しく、それ以外の読み方はここではあり得ない。
 祭壇画の裏面がそれを裏づける。降誕、そして復活である。



 絵をめぐる地勢学的事情に、ふと思いを致した。フランス語の Colmar、ドイツ語の Unterlinden、ついでに Musee d'Unterlinden という仏独語混合の美術館名が、両文化圏の相争い入り交じったアルザスの事情をよく示している。今は平和なアルザスだが、ここに至るまでどれほどの苦悩と悲しみを経てきたことか。
 絵の描かれた1515年という年代にも注意を牽かれる。修道士マルティン・ルターが、同じドイツの一隅で95ヵ条の提題を敢行する直前のことである。その後の長く深い分裂を経てヨーロッパ世界が「寛容」を学ぶまで、どれほどの痛みと忍耐が必要とされたか。

 今日まさに戦火に呑まれようとしているウクライナに、明日の平和を心から祈る。

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