2012年11月3日(土)
鈴鹿山脈北端にある霊仙山は、20年以上前に柏原から登って槫ヶ畑へ下山した記憶がある。今回は車で醒井養鱒場先の廃村槫ヶ畑まで入り、そこから山頂まで往復のコースを選択した。
午前9時、槫ヶ畑手前の駐車スペースはすでに満車状態で、やや下って駐車場所を探す。登山口から歩き始めるとすぐに廃村跡。以前に通ったときの記憶はないが、立派な石積の跡が続き、何軒もの民家があったようだ。槫ヶ畑の終点には小さな山小屋が営業中だった。これもまったく記憶にない。登山道はよく整備されており、二合目の汗フキ峠から先は一合毎に立派な標識が設置されていた。
汗フキ峠
八合目はお虎ヶ池、九合目の経塚山で柏原道と合流した。その先で一般的に山頂となっている三角点峰と最高点の分岐があり、まずは山ランのために最高点に登る。登山口から2時間5分で最高点に到着。西よりの風が強くじっとしていられないので、やや東に移動して風を避け、430MhzでCQを出す。高岡市のJA9MGH局や16年ぶりのQSOとなったJF2WJW局、JE2CBQ局など5局と立て続けに交信できた。
八合目の霊仙神社、小さな池はお虎ヶ池(傍の看板には「この池はお虎ヶ池ではない」との地元の注釈もあった)
九合目の経塚山から柏原道の避難小屋
最高点(1098m)、後に薄っすらと伊吹山
最高点での山ランを終え、一応三角点峰も踏んでおこうと向う。こちらには人が多いが、相変わらず風が強いので写真を撮ってすぐに下山にかかる。同じコースを1時間40分で車まで戻った。
三角点峰、こちらに山頂の標識がある
この後、時間があれば寄ろうと思っていた長浜市の低山に向う。
勝山(131m)は姉川の合戦で徳川家康が陣を敷いたところで、この戦に勝ったことから名前を岡山から勝山に変えたと解説があった。神社の右手に大杉があり、その右側から入るとすぐに三角点あるの山頂だった。7Mhzで千葉県我孫子市移動のJL3YJL局と交信した。
大杉の右から入るとすぐに山頂
勝山山頂の三角点
勝山の由来を書いた解説
田村山(138m)は北陸本線田村駅の東にある低山で、登山口は幾つかあるようだ。南西の短大側にある慰霊碑から登ると忠魂碑があり、琵琶湖の展望があった。尾根筋の広い道を三角点に向って歩く。途中、左右方向に降りる道があり、いろんなところから登れることがうかがわれた。三角点名は加田村とあった。7Mhzで福岡県嘉麻市のJL6PIP局他と交信し、忍海神社に下山した。
南西の忠魂碑前からの眺望
田村山山頂
忍海神社鳥居横に下山した