「お前、余り親の機嫌を損ねる様な事は言ったりしたりしない方がいいよ。」
またある日の事、祖母は外から帰った私を待ち受ける様な風情で玄関次の間に佇んでいた。遠慮がちにこんな事を言ったものだ。
「親も人の子だからね。」
「どんな出来た人間でも、怒る時には怒るものだからね。ましてやそうでない人間は尚更というものだよ。」
「人間態度や口には気を付ける物だ。お前も気を付けないとね。」
そう言いながら、悪戯っぽそうに瞳を輝かせて優しそうに頬を染める祖母がそこにいた。
彼女はホホホと目を細めて微笑みながら、向こうにも言って置いたけどねと、言葉を止めて、私に何を如何言ったらよいかと思案しているようだった。
「あまり逆らうと、あの人とあの子の様になってしまうからね。」
そうならない様に、お前にも言って置かないとね。喧嘩両成敗という物だ。
「向こうに言って置いたのだから、この機会にお前にも言っておくよ。」
彼女はそう言うと、私に、「自分達より両親との方が、お前のこの先の人生長い付き合いになるのだから、お前は親に付いたものでいなさい。」と前置きするのだった。
親にはあまり逆らわないで、はいはいと言っておけばいいんだよ。そうすれば物事丸く収まるからね。でも、悪事には染まらないでおくれ、それだけはダメだと言うんだよ。お前にはそれが分かるんだから、その点お祖母ちゃんは安心しているよ。
そう祖母は言うと、時には親を立ててやるもんだ。大抵は親は自分が子供より上だと思っているんだから。特にあれはそうだよ。そう言うと、ね、親を立てておくもんだよと、私に念を押したのだった。
常日頃から、自分の事をよく分かってくれていると感じていた祖母だ。私は彼女を尊敬していたと言ってよかった。その祖母が場を設ける様にして改まって忠告してくれたのだ。私はこの事、この言葉を真摯に受け止めて、今後は真面目に父についての態度を改めようと考え出した。母についても如何付き合ったらよいかと思案しだした。父と母が私の親であり、2人で両親なのだから。