こんな返事が戻って来るとは、親が自分の子を嫌いだなんて!。この時の私は確かに驚いた。
「私が嫌いなの?!。」
私にとっては、自分が人に嫌われているという事自体が思いも掛けない衝撃だった。物心ついてから習い覚えた善行ばかりを行って来たつもりでいた私だ。そんな私が何故人に嫌われるのか?、不思議で不思議で仕様が無かった。しかも、そう言ったのは私の身近に何時もいる家族、母なのだ。
私は思った。かつての私は、確かに母の目に余るような言動を目にした場合、遠慮なく良かれと思う事ばかりを進言して注意して来たものだ。しかし祖母に忠告されてからは、父だけでなく、母にも自分の親として思いやりを持って接してきたつもりだった。彼女に目に余る言動があってもある程度は口を噤み、愛想笑いで誤魔化して耐えて来たつもりだった。如何しても耐えられない場合にはすかさずその場を後にした。それさえ私にすれば余計な事を彼女に言わない様にと配慮しての事だった。そんな私の事を母は嫌いだと言うのだ。私は腹が立った。
正直、どちらかと言うと私も彼女が好きでは無かった。変だと思う事が多く、以前は本当に嫌な人だった。が、それでも彼女が自分の親だと思えばこそ、私は涙を呑んで凌いできた事が多かったのだ。今迄、人前でさえ彼女に何度げんなりさせられて来た事か、その思い出の場面が走馬灯のように私の脳裏に浮かんで来た。そうだ、それでさえ私は彼女に何の文句も言わずに来ていたじゃないか。
『これでは反対じゃないか!。』
私は腹立たしく思った。
今迄実際に私が目にして来た有様では、普通子供が腹を立てて親の事を大嫌いだ!と言い放つ場面はあっても、親が子の事を嫌いだなんて言う人がこの世の中にいただろうか。
『そんな大人の人がいるのだろうか?。』
私は思った。しかし実際にいたのだ。しかも私の母という人がその人だったのだ。確かにさっき彼女はそう言ったのだ。私は確かに自分のこの耳で聞いたのだ。私はまじまじと母の顔を見詰めた。
暫くして、落ち着いた私は自分達母子のこの現実という物を怪しく思った。それで思い付く儘に母に聞いてみた。
「お母さん、ふざけているの?。」
彼女が冗談を言っているのだろうか、もしかして本当に真面目なのだろうかと危ぶんで問い掛けてみたのだ。すると、母は呆れた事に全然と言うと、全く真面目に言っているのだと答えるのだった。